第51話 イブとラブ(1)

 ピンクスライムは魔王をにらむ。

 魔王は雷撃によって今や体から無数の煙を立てていた。

 だがその足は健在。

 いまだに大地にしったりと立っていた。

 奴の目は、依然、赤き輝きを失っていない。

 相も変わらず体力は残っているご様子だ。

 しぶとい……

 俺は苦虫をつぶすように吐き出した。

 ピンクスライムは、何かを催促するかのように俺の足を引っ張る。

 俺には、そのピンクスライムの目が、何かを決意したように尖って見えた。


 そういう事か……

 お前も闘うという事か……

 いや、お前が戦うという事なんだな……

 そうだよな……

 お前が、アイツをどつかんと、おそらくアイツは一生あのままだからな……


「ラブ! 奴とのケジメをつけに行こう!」


 俺は左手首に右手を重ね初級のエアーカッターを詠唱する。

 言葉の終わりとともに俺の手首から勢いよく血が噴きあがった。

 やべぇぇえ! 今、魔力回路バイパスしとんやった! これ以上、威力が強かったら、俺の手首が切れ飛んでしまうとこやった!

 その傷口から体にほとんど残っていない血液を絞り出すと、ピンクスライムにかける。

「行くぞ! ラブ! 超進化!」

 うごおぉぉぉぉ!

 その呼びかけに応じるかのように、再びピンクスライムの体がドラゴンへと変貌した。


 暗い空の中、二つの巨体が激しくぶつかった。

 ぶつかるたびに重い空気が振動する。

 魔王の触手がドラゴンの頬をひっぱたく。

 パン!

 打たれた頬を押さえたドラゴンが、小さき手で負けじと魔王の頬をひっぱたく。

 パン!

 その勢いで横を向いた魔王の顔が即座に正面へと戻ると、また触手でドラゴンをひっぱたく。

 パン!

 ドラゴンもすかさず魔王をひっぱたく。

 パン!

 ひっぱたく。パン!

 ひっぱたく。パン!

 パン! パン! パン!

 小気味いい音とはよほど程遠い鈍い轟音が、夜空にまるで大砲の音のように響き続けていた。


 あぁ! うっとおしい! と言わんばかりの魔王の触手が、いきなり左右に翼を広げるかのように広がった。

 その動きにテンポを狂わされたドラゴンの体。次の動作が、一瞬おくれる。

 その刹那、その無数の触手が一斉にしぼむ。

 まるで小籠包でも作るかのように目の前のドラゴンの体を包み込み、一気に締め上げた。

 ギシギシと嫌な音を立てるドラゴンの体。

 いや……あいつ、スライムドラゴンだから骨ないよな……

 と言うことは何の音だ?

 よくよく見ると、スライムドラゴンの口が魔王の頭に噛みついていた。

 ギシギシと魔王の頭をかじっている。

 もう、これでもかと言わんばかりにガジガジと。

 両の手で魔王の頭を掴んで、その天頂部分に噛みついているのだ。

 悲鳴を上げる魔王。

 ドラゴンを包んでいた触手がいったん離れ、そのアゴを押しのけようとする。

 しかし、固く食い込んだドラゴンのアゴは外れない。

 離れた触手は休むことなくまとまりだすと、今度は一気にドラゴンを締め上げた。

 まるでプロレス技のベアハッグ

 スライムドラゴンが苦しんだ。

 もがくドラゴンの口が、ついに魔王の頭から離れると天に向かって悲鳴をあげた。


 魔王の触手がぐいぐいと締め上げる。

 しまるドラゴンの体がまるでヒョウタンようにくびれていく。

 ピンクの頭が嫌がるかのように左右に大きく振れる。

 だが、その戒めからは到底、逃れることができなかった。

 透き通るピンクの体から魔王の胸が透けて見える。

 その胸につく光球が、どんどんと光を増していく。

 魔王が叫ぶ!

「ラブ! いい加減に! くたばれぇぇえっぇえ!」

 次の瞬間、激しい衝撃音と共に無数のピンクの塊が乱れ飛んだ。

 ドラゴンの背後にはじけ飛んだ大小さまざまのピンクの塊が地面に落下し、ぶつかって次々と弾けていく。

 悲痛な叫び声とともにドラゴンの頭が垂れ落ちた。

 今や、スライムドラゴンの背中には大きな穴が空いていた。

 穴のふちが、ふつふつと無数の気泡を立てている。

 湯気とも煙とも分からぬ白き揺らめきが、穴を覆う。

 その白き揺らめきの中、穴の奥底に魔王の光球がハッキリを見てとらえた。

 魔王の光球から放たれた光の矢が、スライムドラゴンの腹を貫いて背中の肉をまき散らす。

 だが、光球には先ほどまでの輝きはない。


 0距離での攻撃。

 その衝撃は魔王自身をも襲う。

 いまや、魔王の胸の光球はひび割れ、輝きを保てない。

 懸命に次のエネルギーをためようとするも、その光は、すぐに散逸した。


 だが、魔王はそんな事に構うことなく、力なくうなだれるドラゴンの体を勝ち誇ったかのように頭上に掲げた。

 そして、力いっぱいに地面に叩きつける。

 巨大なドラゴンが地面に激突するとともに、激しい衝撃が地面を揺らした。

 まるで、地面が大海原にでもなったかのように大きくうねる。

 叩きつけられたドラゴンの体は、一度小さく跳ねた後、地面の上でピクリとも動かなくなっていた。

 それを見下ろす魔王もまた、肩で息をしている。

 奴もまたかなりの体力を失っているようである。


 ドラゴンを投げ落とした魔王が、自身の体を起こすと、己が頭上に無数の触手を振り上げた。

 それらは、互いに絡み合い徐々に一本にまとめ上げられていく。

 それはまるで一本の槍。

 先端が鋭利に尖った巨大な槍がその穂先をドラゴンに向けて浮いていた。

 そして、とどめとばかりにドラゴンの頭めがけて突き落とす。




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