限りなく真黒な深海……。

 何処までも虚ろなる闇の中を僕はポツンと仄かな光を灯しながら潜って行く。イヨイヨ深く……深く……。

 もうどれくらい泳いで来たろう。極彩色の珊瑚礁……果しなくたいらかな砂底……海藻の森……。ただ当てもなく泳いで来た。己が何者かも分らぬ儘……。しかし今となっては、己が何者であるかなど些細な問題であった。自分はサカナである……最早それだけで充分であった。

 サテ僕は今どれくらいの処に居るのかしらん……と到底計り知れぬ深度に思いをめぐらせつつ泳いでいると、不意に何やら気配を感じた。振り向けば果せるかな何か居る。よくよく見てみると、のっぺりとした影がボンヤリと、眼を白く光らして此方を見ている。それは何となくサメのようであったが、しかし見たこともないような奇妙な姿であった。開けっ放しの口に剝き出し整然とならぶトゲトゲした歯……ジッと此方を見据える、まるで考えの読取れぬまなこ……。

 此方もジッと見返していると、奇妙なサメは口を徐にパクパクさして何か言っているらしかった。しかし僕には何も聞えない。益々奇妙であったが、虚ろな、しかし澄んだその眼を見ていると、僕は何だかタマラナイ気持になってきた。

 すると一時いちどきにサアッと頭が冴えてきて、刹那スッカリ忘れていた何かを思い出しかけたが、しかしまもなく、それが何かも分らぬうちに、その何かは泡沫のように何処かへ消えてしまった……。

 気が付くと、奇妙なサメはクルリと此方に尾鰭を向け、今に去り行かんとするところであった。そうして忽ち深海の闇にスーッと溶けて見えなくなった。

 僕は暫くボーッと彼のサメの居た処を眺めていた。

 そうしてやがて何を思うともなく、後を追うように……導かれるように……吸い寄せられるように……暗黒の世界をまた独り泳ぎ出す。

 ……僕はサカナ……。

 何処までも深く潜って行く……。

 ……深く……深く…………………………。

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アンダーカレント 傍野路石 @bluefishjazz

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