第2話 皇太子! お前とは絶っっ体結婚しないからな!!!
私は今、絶賛ドレスの裾をひっつかんで、お城の廊下を疾走中。淑女としてはあるまじき行動である。
しかし、そんなことはどっちでもいい!
お父さん! お父さんが生きている!!
前世の父、帝国第一騎士団団長ミカエル·サーシス·ヨアンナ·カルディナン·シシリー·ジョン·エリエナ·ドミトリアス·ローヤル。
私は第一騎士団の執務棟に、誰の制止もきかずに勢いそのままで、執務室の扉を両手で思い切り開けた。
扉はバンッと壁にぶち当たり軽く跳ね返った。
驚きのあまり、書類に目を落としていた父は何事かと、目を見開きバッと顔を上げたが、それが娘と解るや否や更に驚いた。
「アリス!? 何かあったのか!?!?」
「―――――お父さんっ……!」
父が生きている!!!
私は泣き崩れそうになるのを、必死にこらえて唇を噛み締めた。
「陛下? イヤ殿下と何かあったのか?」
「ちっ……違うの……。あんな奴どうでもいいの。お父さんに会いたかったから……。」
言った後になって
“あ。ここお城だった。あんな奴はマズったワ。”
と、気づいたがもう手遅れだ。
父は周りをサッと見渡し、手を一回払って人払いを命じた。すると、ペンを走らせていた将校達は、無言で頷きそっと部屋を出た。
それを見送った父は、立ち上がり私の肩を抱いて言った。
「アリス。ここはお城の中だ。言葉には気をつけなさい。何があった? 殿下に当たられたのか?」
父は当惑して訪ねたが、“殿下に当たられた”と言ったことに、ちょっと驚いた。
「お父さん。知ってたの?」
父は少し気まずそうに
「あぁ。」
と答えて目を伏せた。
解ってたんだ。父は私が殿下に嫌われてたこともうこの頃から。
それでも私を嫁に出したのは……―――。
解ってる。でも、
「お父さん。殿下と結婚したくないって言ったら……やっぱり困る?」
私は少し不安を覚えながら、父を見上げた。すると、父は申し訳無さそうに笑って、私を抱き上げた。
「すまない。お前を随分我慢させていたようだ。大丈夫。もう我慢しなくていい。私にはお前の幸せが一番なんだから。」
「うん!」
私は子供らしく、お父さんの首にしがみついた。この時、私は心底安堵したのだ。
本当に前世一周目の私は馬鹿だった。今となっては、あんな顔だけ捻くれヤローのどこが好きだったのか、本当に解らないほどなのに……。
それに私は嫌だとハッキリ意思表示したのだ。
もう奴と不毛な結婚をせずに済むだろう。と……、思ってたんですがね……。
あの王宮ヤダヤダ事件勃発三日後、奴から呪いの手紙……もといお茶会のお誘い。
「………サーシャ。この手紙今すぐ燃やしていい?」
真顔で蝋燭の火にくべようした私を、メイドのサーシャは血相変えて止めにかかった。
「なっ! 何を仰っているのですか!!! 王宮の皇太子殿下からのお手紙ですよ!? 不敬罪に処されます!!!」
私の心底嫌そうな顔を見てサーシャは困惑した。
「どうなさったのですか? こないだまでお会いになられること楽しみにしておいででしたのに?」
あ、そうか。
この頃、当時十歳の頃の私はメルヘン思考で、奴の上辺だけで理想の王子様像を妄想していたのだ。
あのときは子供だったから、アレがお客様対応の態度であったなんて、全く解らなかった。
あぁ……。
子供だったとはいえ、恥ずべき黒歴史!!!
「サーシャ。私も10歳よ? 色々と不都合な現実を知ってしまったのよ。」
と、遠い目でサーシャに言うと。サーシャはなんとも言えない微妙な顔で見返した。
「はぁ。」
「ハァー……、行きたくない。病気デースって返事しようかな?」
お父さんに相談しなくちゃ。と思いながらはたと気付いた。
そういや奴から個人的なお茶会のお誘いなんて初めてだな?
どういう風の吹き回しよ!?💢
そして、父に相談。
病欠おk頂いたので、堂々とラベンダーティー片手でお庭でリラックス〜。
今日もいいお天気〜。小鳥さんが歌ってるよ〜。アハハハハハー♪
なんてやってると……。
「大変です!! お嬢様!! 殿下がお見えです!!」
思わずお茶を吹く私。
「
この後、“天変地異でも起こるの!? 頭おかしくなったの!? 世界がひっくり返ったの!?”と、続けそうになったが、なんとか思い留まれてよかった。
だって____。
「ほう……元気そうで何よりだ。病気と聞いていたが?」
背筋がゾクッときましたよ!?
「…………。殿下。」
振り返れば、腕組み仁王立ちの殿下。
叫ばなかった私は偉かったと思う。
気を取り直して
「帝国の小さな太陽のお越しを光栄に思います。」
と椅子から立ち上がり、ご挨拶申し上げた。
すると、殿下はジッと私を見たかと思えば質問をぶつけてきた。
「なぜだ? 僕との結婚を嫌がるのは? どうしてだ?」
は? ナニ言ってんのコイツ。
自分が言えばどの娘も、ハイ! ヨロコンデッ!! なんて飛びつくとでも?
顔が良いから? 皇太子殿下だから?
うん。ムカつく💢
しかしなー。どう答える? 前世一周目の話なんて与太話にしか聞こえないし。かくなる上は……。
「……………。不毛ではございませんか。立場を固めるためとはいえ、嫌っている私と結婚だなんて。お互い、不幸になるだけにございましょう? ご無理を為さる必要はありません。」
どうだ皇太子。図星だろ。
すると、殿下はやはり少したじろいだ。
「嫌ってなど……。」
「好いてもいないでしょう?」
「それは…………。」
私、小さなため息をついて言った。
「私にはささやかな夢がございます。愛し愛される結婚がしたいと。」
これは本当。
どうせ結婚するなら、お互い納得できて合意できる方がいい。
少なくとも、どちらかが我慢したり、妥協したりする関係では、お互いを幸せにする責任を全うできないと思うのである。
「愛など! 気持ちなどなくなるかもしれないではないか!!」
オマエが言うな。
聖女タンとイチャこいてたオ・マ・エ・が!!
「そうかもしれません。ただそうなったとして、自分で選んだことですもの。そうなったらそうなったで、頑張ろうと発奮することができます。
それに……幸せになろうとすることは、父と母に対する義務だと思っています。そのための努力はしますし、妥協もしたくないのです。」
ぐぬぬっとしつつも殿下食い下がる。
「君が私の子を産めば、父君の権勢も強くなるではないか。地位も権限もやるぞ? それでもか?」
嘘つけぇ~~~~~っ!!!!!!
オメーは私を排斥したんだよコノヤロー!!!
心の中では大絶叫。
勿論表情には出しておりません。体は10歳、中身はオトナですので。
「えぇ。だって殿下は、私の心まで責任取ろうと思っておられないでしょう? 生憎、私はお人形ではないので。」
「……………………………君は貴族だろう? そんなの我儘だ。」
殿下が、拗ねた子供のように口をとがらせた。
美形だからカワイイけど、前回が前回なもので響かなーい。
つーか、オメーそれ私を道連れにしようとか考えてたわけか?
自由恋愛できない腹いせに? 私も自由な恋愛すなと?
ハラタツわー💢
「ご心配なさらずとも、皇帝派閥内でお相手を探すつもりです。」
私ニッコリお答えして差し上げました。
「君の思うような相手がいなかったら、どうするのだ?」
「うーん……。まぁその時考えます。ですから、このようなつまらない私のことなど、捨て置けばよいのです。殿下に釣り合うお方は、他にもいらっしゃいましょう?」
だからハヨ帰れ。
「……。しかし、父上がそなたを迎えたがっている。」
…………………………………………だから?
もう喉元まで出かかって、抑えるの大変。
まーっ、陛下が相手だし、親子だけど臣下みたいなもんだし、逆らいにくいのわかるよ? 今のお前はケツの青い13歳だしな。
だからって、陛下を引き合いに出すとか。卑怯もいいとこ。やっぱコイツ小物。いっそのこと廃嫡にならねぇかなぁ。
と、思いながら何とか笑顔をキープできるように表情筋に力を入れた。
でも、もうイヤになってきた。
これ以上我慢したくない!!! ここはキツイこと言って突き放すか。
「……そうやって、父君の言う通りしてれば楽ですね? 何かあっても、父君のせいにできますし。」
「なっ!!??」
殿下はカッとなった。
よーし畳み掛けてやろう。
「ご自分の意志をお持ちなさいませ!! 陛下もご自分の意志で、日々決断され責任を負っておいでです! 貴方は!? どうです!?」
私は決め台詞とともに、殿下をキッと睨めつけた。
すると言われてすぐは、カッと目を見開いて、殴りかからんばかりの形相だったのだが、そこは腐っても皇太子、怒りを抑えグッと奥歯を噛み締めた。
チッ! 一発殴ってくれりゃ直ぐ婚約破棄できんのに……。
そう言えば、私に対しだけ情け容赦なかっただけで、対外的には我慢強かったんだよなぁコイツ。
今その我慢強さいらんかったんだが。
つーか……
「殿下。貴方様は我が国唯一の皇位継承者であらせられます。
それに、私は皇帝派閥の貴族と婚姻を結ぶと申しておりますのに、何故に私との婚姻に執着しておいでなのです?」
「それは………。」
殿下は何か言い辛そうに眉根を寄せた。
ハンっ!! いい気味!!
そう言えば前回の前世では、奴をここまで攻めて追い詰めたことはなかったな?
こんな簡単なこと、何でできなかったんだろう? 前回の自分ショボすぎて凹むわ〜。
まぁ……何にしろ、コレでヤツを追い返せる。
「殿下。私も貴方も、今好意的にお互いを見ることはできていない状況です。ですからここは、暫くお互いの距離を取りましょう。」
「!!……それでは! 不仲を周知したことになるではないか!!!」
「恐れながら、私達は子供です。まだ結婚には程遠い。この機会に、他の御令嬢方とも交流され、ご判断の材料になさるのも良いかと存じます。」
私がそうピシャリと跳ね除けると、皇太子も渋々同意した。
「解ったそ。うしよう。ではこれで失礼する。公爵にもよろしく伝えてくれ。」
「畏まりました。」
そうしてやっと皇太子は玄関のドア前ホールへ歩いていった。
フーッやっと帰る。
私は一応、馬車前までお見送りをしたがその時、
「君は……これまでとはまるで別人のようだ。ここまで率直に、自身の意見を僕にぶつけたことは今までなかった。」
……。そりゃオマエに一回殺されてるからよ。
とは皇太子相手に言えず。
「えぇ。私も知りませんでした。私は元来我儘のようですわ。」
とニッコリ返した。
「そうか。」
と、何か諦めたように、ため息交じりに言うと、ようやく馬車に乗って帰った。
アデゥー皇太子!!
聖女ちゃんが来るまで、しばらく会わなくてもいーよー。
と、塩まで撒きたい気持ちで、殿下の馬車をお見送りしました。ところが……更に1週間過ぎた頃。
「お嬢様。」
サーシャがおずおずと、一通の金の封蝋の手紙を持ってきた。
金……。皇族の刻印。これは……。
「陛下から?」
「えぇ。」
私、渋々手紙を受け取り中身を確認。
“親愛なるアリス。
アロルドとは少しばかり喧嘩をしているようだな?
しかし、そち等はまだ子供。お互い誤解があってのことやも知れぬ。そこでどうだろう?
税制のことで意見を交わしてみるのは?”
…………………………………………………。
それは……どういう意図の意見交換なのだろうか?
先日の私の問題行動を鑑みて、后妃の資質を計ろうということか?
ふむぅ……。
10歳の子供らしい(不敬にあたらん程度の)アホなことを言えば、候補から外れるかなぁ。
イヤ、
お父さんに迷惑かかる。ダメ。それダメ。
うーん。
しかも税制でしょ?
確か、貴族派閥は財政難を安易な増税で、国民からの搾取を提唱してて、暴動が起きても簡単に鎮圧できると、思い込んでたのよね。
実際は国中の暴動鎮圧に3年かかり、暴動が始まった領の領主は無惨に殺されたのよね……。
この間、他国から侵略されなかったのは、大陸全体に異常気象が発生したため、他所も食糧難に陥ってたからだ。
不幸中の幸い。
ウチの領も他人事じゃない……。
そのせいで、お父さんが3年も各地で暴動を鎮圧して回る羽目になった。
この隙に、皇太子との婚約を押し切られる可能性だってある。(アイツ姑息だしな。)
うーん。ここは、アレしかない!
登城当日________。
「勝負時よ!! 結婚阻止もお父さんも守って見せる!!!」
気合を入れて馬車に乗り込んだ。
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