前世二回目とかあり得ねぇ
泉 和佳
第1話 おぉ!神は無情なり!!
今日も疲れた。
慣れた道のりを、アパートに向かって進んでいく。
コーヒーショップを通り過ぎ、スマホ片手に歩く青年とすれ違い、カンカンカンカンと降りる遮断器で立ち止まる。
いつもと何一つ変わらぬ日常。
努力の末につかんだ日常だ。
だからナウで社畜な私だけど、文句なんてありようもない。
でも、何故かたまに
「帰りたい。」
と、呟いている。
帰るってドコにだよ? セルフツッコミで我ながら寒い。
厨二病属性じゃないはずなんだけど……。
まぁ、でも帰りたくなるような実家には憧れる。
なにせうちの親はカスで、父はパチンコ以外に興味がないし、母はチャラい男と消えた。
故に努力しかなく、努力を重ねまくった。
そのお陰で今こうして、どうにか短大は出て、派遣からの正社員になれている。
イヤ頑張った。頑張ってるよ私ぃ!
そんないつもの帰り道、カンチュウ一杯でも買ってこうかなーと、道を挟んだ向いのコンビニに寄ろうと、車道に片足を突っ込んだときだった
「危ないよ。」
と、不意に後ろから、甲高い声で話しかけられ、パッと振り返った。
すると、つま先から頭まで全身真っ白な、小学生低学年くらいの少年が立っている。
彼の姿を認めるやいなや、後ろから一台の車が、流した髪全部を前に巻き上げて走り去っていった。
彼に声をかけられなければ、轢かれているところだ。しかし、
「あ……ありがとう。その……キミお家は?」
現在、時刻を夜中の10時を回ったところである。
お子様が出歩いていていい時間ではない。
すると少年はクスリと笑ってこう答えた。
「お気遣いドーモ。神様に門限はないから気にしなくていいよ。つか人間とか、秒で殺せるし?」
どこから突っ込めばいいのか……神サマ??
何? 宗教? ンなムダの極みに金なんかつぎ込む気は、サラサラ無いんですけど……(推しにつぎこむほうが有意義な気がする。)
無視して帰る? イヤ子供を置き去りにして帰るのはチョット……人としてアレだし……。
「……………自分失礼じゃね? まーいーけどー。こちらから一応お願いしに来たわけだし。」
少年は半目で私を見つめる。どうやら顔に心の声が出まくっていた模様。それにしてもお願い? 宗教に入ってください的な??
「だーかーらー……宗教じゃないって!! チートやるからぁ、前世二回目挑戦しない? ってこと!!」
「は?」
「“は?”じゃなくって!! マジ困ってんだよぉ~!!
あっちの人間全滅しちゃって! 知的生命体って進化までちょー時間かかるだろ? このままじゃ責任問題に発展しちゃうの!! だから! オマエ行って!! チートやるから自堕落バカ聖女を抑えてゲームチェンジャーになれって言ってんの!!
いいだろ!? 今のお前の人生冴えない感じだしさ~。
前世のお前、貴族だぜ? 悠々自適のラグジュアリーライフよ!? ハイ! ヨロコンデー!! でいいじゃん!!」
私ドン引き。この年で厨二病……ヲタの闇が深すぎる。
「…………えー……と、お姉さん。お巡りさん呼んでくるから、ここで待っていようネー……。」
私の声が多少裏返ったのは仕方がないと思う。
すると、少年癇に障ったのか顔つきが険しくなった。
その時、
なぜだか知らないが全身総毛立つような感覚がして足が一瞬竦んだ。
そして少年は言った。
「も説明とかメンドーだわ。
二度手間三度手間もウザイし。
チートはやる。赤ん坊からやり直すのも待ってらんないし……うん。
切り良く10歳くらいからで。
さぁ……"帰りたい"んだろ? 帰れるぜ懐かしい家に……じゃァな!!」
“帰りたい”
なぜ見ず知らずの少年が知っているのか?
「まっ待って……。」
と言いかけた瞬間、胸の中心、心臓にとんでもない激痛が走った。
痛すぎて声も出ない。頭も痛くて涙が出る。息もできない。陸に揚げられた魚はきっとこんな状態に違いない。地に突っ伏してもがき苦しんだ。人が二三人よって来て声を掛ける。何言ってるか解らない。
どうしよう! た助けて!! 助けて!! タスケテ!!! タスケテ!!!
∏∆⊅κλ∩!!!
え!?!?!?
何語!?
でも“助けて!!!”って言った。
その瞬間、走馬灯が流れた。
激痛が走る。
豪華な玉座に座る若い夫婦。
一人はブルネットの白人青年で、もう一人は日本人? 中国人? 色白のアジア人。
首を切られた。
ギロチン? ドンドン離れてゆく……。
あ・コレ逆再生みたいになってるんだ。
鉄格子の中に入りる。
ギロチンがよく見える。男性の首が掲げられている。
男性……銀髪で虚ろに開いてる目には、藍色のキレイな目、少し皺が入っている。割と年がいってるのかも……。
あれは……“お父さん”だ。
ヤメテ!
お父さんが断頭台に上げられている。ギロチンの刃が上に戻る。
ヤメテ!!
お父さんが執行人に両脇を抱えられながら台を降りる。
ヤメテ!!!
屋敷に陛下直属の憲兵が来て罪名を読み上げた。
后妃ユミナ及び陛下両名に毒を盛ったと、大逆罪だと。
嘘よ!! やってないもの!!!
ユミナ。
いきなりやって来た聖女。
彼は彼女を愛した。
私は嫌われていた。
子供を設ければ何か変わるかと思った。
何も変わらなかった。
ユミナは私を恨んだ。
「立場が悪くならないように、則妃に許したのに! 裏切るなんて!!」
そう言ったわね?
何もできないあんたの代わりに、事務仕事要員にこき使われてただけなんだけど??
私は自分の身を守りたかっただけよ!!
お父さん!!!
死なないで!!
私は馬鹿だった。
プライドなんてどうでも良かった!! 后妃なんてどうでも良い!!
お父さんの方が大事だった。
知らなかったの! 私……お母さんのことで恨まれてるって思ってたから。
ずっと私を守ってくれていた!!
ごめんなさい!!!
何でもするから!!
お父さんを殺すのはヤメテ!!!!!
バチッ…… !
私はここで目覚めた。
と思ったが、目の前には前世結婚していたクソ夫が、陛下の隣で偉そうに鎮座している。
と言っても、まだ中坊くらいの年の頃なので、結婚する前の姿だ。それに陛下もまだお若いナイスミドル。
おや?
まだ夢の中だったか?
そう思っていると陛下が私に尋ねた。
「どうかね? アリス? このままアルとの結婚を進めても?」
アル? そこのクソ殿下のアロルド君ですか?
私は、オイルの切れた機械のような動きで、ギギギッと首を殿下の方に向けた。
すると、奴は満面の愛想笑いを繰り出すも、私真顔のまま。
そして、
「ヤダ。」
と、答えた。
!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?
部屋にいた一同ビックリ。
固まってしまったのをいいことに、私は積年の思いをぶちまけた。
「ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダ!!!!!!!!!!!!!
お前と結婚とか……もう〜〜―――――――絶ッッッッッ体ヤダ!!!!!!!!!!
第一オマエ、私のこと嫌いでしょ!!??
なんでそんな意味のない不毛な結婚しなきゃいけないの!!!???
わけ解んない!!!!
心配しなくても、異世界から脳味噌ツンツルテン聖女ちゃんがやってくるから、ソイツとイチャこいてりゃいいでしょ!!??
アンタの顔なんて、金輪際もう二度と絶対見たくなかったのに!!!!!!!!!!!
なんで目の前に居んの!?!?!?!?
最悪っ!!!!!!!!!!!!!!!!」
ハァーっハァーっハァーハァーっ……。
大声で、しかも一気に言ったものだから、息切れしてしまった。
陛下も殿下も、お目々まん丸で暫し沈黙。そして、殿下が咳払いして
「キミ。少し落ち着いたほうがいい。
それにこれは政略結婚だ。貴族の義務であろう。今のは聞かなかったことにするから一度家に帰るといい。」
と驚きを隠しきれずとも、皇族の威厳はなんとか保とうと、厳然と言った。
しかし、私はもう感情スイッチがぶっ壊れてるのか、この殿下の態度に苛つきしか覚えず
「イヤッつってんだろ!? このボケッ!!」
と更にダメ押し。
「なっ!!」
殿下も流石に顔を歪め、立ち上がろうとしたが、陛下が片手を軽く上げ制した。
「二人共落ち着きなさい。
何も今すぐの話ではない。ローヤル公爵令嬢。
そなたは……少し休んだほうがいいだろう。
今の状態は普通ではない。公爵にも伝えておく。
それからアル。そなたもこれしきのことでいちいち取り乱すな。話は以上、続きはまた今度だ。」
そうして、陛下と殿下の謁見は終わった。
部屋出てから私は思った。
あれ? なんかおかしいなぁ?
さっきの夢は、私、何もできなかったのに、喋ったり動いたりできる。
自分の手をグッパーしながら、自分の体を確認した。
手が……なんか小さい? し、すごく白い。
服も量販店で買ったスーツなどではない。ボリューミィなパニエを重ねたドレス。
お胸もまな板。いくらなんでも、普段の私の体はそれなりに凹凸があった。
それに辺りを見ると目線が全て高い。窓や椅子、調度品など全て大きく感じる。何より、この地面にしっかり付いている足の感覚が、リアルだと物語っている。
これは……子供の頃に戻ってる? 前世の?
私が廊下で道を塞いでたのか、不意に後ろから声がかかった。
「ローヤル公爵令嬢! 道を開け給え!」
振り返ると、侍従を連れたむくれ顔のアロルドがいた。
さっき散々言ったから、機嫌最悪なのだろう。
前世の頃の私はこのアロルドの表情に怯え、何とか機嫌を取ろうと必死だった。が、今いる私は来世で35年生きた記憶と前世で24年生きた記憶がしっかりある、過去と未来を行き来した魂の私である。
今のアロルドなんて、ケツの青い少々ヒネたクソ餓鬼でしかない。
それに、首を切られたことはしっかり覚えているコチラとしては……―――
ボコりてぇ……。
貴族としもう表情管理もままならない。て言うか、コイツ相手に、毛ほどの労力も使いたくない。
口をへの字に半開き、歯をギリッとむき出し、眉間には深い渓谷、目は血走っていたに違いない。
ここまであからさまな態度は、初めてなのだろうアロルドは少し引いていた。皇太子だもんね、一応。
この度を超えまくった無礼な態度に、唖然となっていた従僕がハッ、と我に返りアロルドの前に出た。
「ご令嬢無礼が過ぎます!! 今すぐお下がりを!!!」
この従僕の一喝で、私も一瞬冷静になった。
そうだ! ここは現実だ!!
すごーーーーーーーーーーーくイヤだが、皇太子には礼を尽くさねばならない。
私は一転、貴族人生と勤続14年の社会人生活で培った渾身の作り笑顔を繰り出し、カーテシーをして、そっと廊下の端に下がった。
自慢じゃないが、今の私は後ろに花背負って立てる色白美少女である。
奴らは一瞬たじろぎ、目を見張ったが、何事もなかったかのように取り澄まして、廊下を去って行った。
奴の従僕は振り返って、訝しげに私を見ていたが、知らんがな。
皇太子が去ってから私はさっと頭を上げてドレスの裾を掴んで走り出した。
お父さん!! 今はまだ生きてるはず!!!
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