第36話:帰宅

「ただいま戻りました! 留守中、何もなかったですか?」


 キャンプ地に転移のリングで戻ってきた俺は、直ぐに完成したばかりの家の戸を叩いた。


「やぁ、おかえりラル。こっちは平和なものだ。それよりアーゼさんから聞いた。そっちは随分大変だったよう──ん?」


 出迎えてくれたオグマさんが、さっそく見慣れない人物を見つけて首を傾げる。

 ダンダさんだ。

 ドワーフなので背丈は低いが、横がはみ出ているのでするに分かる。


「ドワーフ族のダンダさんです。マリンローの住民だったんですが、今日からその……」

「ダンダじゃ。新しくお仲間に加えて貰うことになった。大工仕事なら任せてもらおう」


 と言ってダンダさんはニカっと笑う。

 そう。ダンダさんはドワーフで、ドワーフの男というのはたいていが職人なのだ。


 戦士兼職人。それがドワーフという種族の特徴だ。

 そしてダンダさんが得意なのは、木を使った物造り。大工としてもそうだし、木工細工も得意だと話す。


 大工──今の俺たちにとって、これほど有難い存在はいない。

 特に家族がいるという訳でもなく、十年前からマリンローで暮らすようになったという。


 住人が増えたから家造りで大変そうにしている──とレイから話を聞き、それならばと移住を決めたんだとか。

 

「元々わしは流れもんのドワーフじゃった。十年前に港町へやって来て、酒が上手いもんだからそのまま居ついてな。だがそろそろ別の所へ行こうかと思っておったところなんじゃよ」

「どこか目的の場所でも?」

「いや、ない。そもそもわしは、東の大陸から渡って来たばかりだったのでな」


 到着した港町の酒が気に入り、せっかくやって来たのにどこにも行かず十年間過ごしたそうな。


「十年もいて、ほとんどどこにも行ってないってことですね」

「そうとも言う。しかし、この人数でまだ家が一軒だけとはな」

「はは。これだってやっと完成したんですよ。素人ばかりで頑張ったんですから」


 住民の数が少ないとはいえ、全員が入れば座る場所にも困る広さの家が一軒だ。

 まずは留守をしていたシーさん、ラナさんに挨拶をした後、外に出てテントの中で寛いだ。

 テントとはいえ、何カ月も過ごしている場所だ。帰って来たなという安心感はある。


 ダンダさんがさっそく建築の話をするので、王都で描いて貰った設計図を見せた。


「ふむふむ。素人でも作りやすい親切な設計図だの」

「一軒目もそうやって、なんとか建てました。でも二軒目は部屋数があるので、なかなか難しそうではあるんですよね」

「何を言っておる。こんなもん、ドワーフの子供でも造れるわ」


 ドワーフと人間を同じ基準にしないで頂きたい。


「で?この家には誰が住むんじゃ?」

「あ、それはオグマさん一家が。もうすぐ赤ちゃんも生まれますし」

「ほぉ。赤ん坊か。ん? さっきの家に住んでおった魔族か?」

「えぇ、そうです。リキュリアのお兄さんなんですよ、オグマさんは」


 このキャンプ地に住むのは、あとは俺──とティーもそうなるだろう。

 アーゼさんご夫妻は、家の建設が終われば蜥蜴人の集落に戻るという事も話した。


 つまり必要になる家は……


「一家が住める家一軒と、お主、ティーが暮らす家じゃの」

「俺は今オグマさんたちが暮らしている家を使うので、ティーと、あぁダンダさんが住む家が必要ですね。結局二軒か」

「え? ボ、ボクはラルと一緒に暮らすよっ」

「は? いや何言ってるんだ。あの家に二人で住むなんて、ダメに決まっているだろう」


 ティーの言葉で思い出した。

 ──「何かあっても、その時はティーを嫁に出すだけさ」

 というアーゼさんの言葉を。


 もしかして──そう思って彼を見た。


「ラル殿。いつでもティーを嫁に出す準備は出来ている」


 そう言ってアーゼさんは親指を立てた。隣でシーさんもにこにこ顔だ。ティーまで親指を立てているし。

 この親子は……いったい何を考えているんだまったく。


「ちょ、ちょっと待ってよ! と、年頃の女の子が、若い男の人と二人っきりなんてダメでしょ!」

「そうだ。リキュリアの言う通り。もっと言ってやってくれよリキュリア」

「えぇ、言わせて貰うわ! あたしもラルと一緒の家に住むわ!!」

「そうだ! リキュリアも一緒に……え?」

「あ、ありがとうラル!」


 どっとリキュリアに抱き着かれ、そのまま後ろに倒れ込んだ俺。


 いったい、どういうこと?


「ふむふむ。ではこっちの家はオグマ夫妻と産まれてくる子供用か。まぁ将来のことを考えて、二人目三人目が出来てもいいように、間取りはこのままの方がよかろう。少し手を加えるがの。では今夫妻が使っている小屋はわしの家にさせてもらおうか。おぬしら用に新しく一軒、図面を引くとしようか。三人じゃから、部屋は三つとリビングでいいかの」

「いやダンダさん! 普通に納得して話進めないでくださいよっ」

「ラルとボクとリキュの三人で暮らす家! ボクもお手伝いするよっ」

「あたしももちろん、お手伝いするわよ」


 そうじゃない!

 な、なんで君たち二人と一緒に暮らすことになっているんだ?

 え?

 俺にはさっぱりわからないよ。なにがなにしてどうしてこうなった?


 パニックを起こしている俺の隣で影がもぞもぞと動く。

 そしてアリクイの威嚇ポーズで飛び出してきたのは、ドヤ顔のクイ。


「ちょーっと待ったぁぁぁーっ!」

「クイ!?」


 え、まさかクイが俺の味方をしてくれるのか?


「聞き捨てならん! なんでや! なんでオレの部屋がないんや!! オレ、ラル兄ぃ、ティー、リキュリアの四人やろ!!」


 ばーんっという音が聞こえてきそうな、見事なポージングのクイ。


 一瞬でも……一瞬でもこいつに期待した俺が馬鹿だった。


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