第35話:鱗

「本当にみなさん、ありがとうございます。なんとお礼を言っていいやら」


 マリンローへと戻って来た俺たちを待っていたのは、魚人族をはじめとした多くの町の住民たちだった。

 一緒にリデンへと向かった町長も、改めて下船後に頭を下げる。


「特にレイ様、リリアン様。わざわざフォーセリトンからお越しいただいてまでのご助力、感謝してもしきれません」

「あー、そのことなんだけどさ町長さん。実は──」


 とレイが話を持ち出す。

 町長は「分かっております」と返事をしてから俺たちを町の中にある教会へと案内してくれた。

 町長の家は燃やされてしまって、招待できる状態ではないと苦笑いで伝えてきた。

 再建……手伝えることがあればいいのだけれど。


「レイ様が仰りたいことは承知しております。フォーセリトン王国との同盟の件でございましょう?」

「まぁそれもあるんだけど……えぇっと……こういうの苦手だからさ、リリアン頼むよぉ」

「もうっ。あんた一応は代々お城に使える騎士の家系なんでしょ? ったくぅ。実はですね町長さん。同盟は前提みたいなものでして」

「前提?」


 フォーセリトン王国は、大陸屈指の大国のひとつになる。

 ただ王国は海に面した場所がまったくなく、交易という点では諸外国に一歩劣る国だ。

 国内には大きな川が流れていて、船で海に出ることは可能なのだけれど……。


「あの川はドリドラとリセントの二国を通ります。通行税に入国税と、それぞれの国に支払ってようやく海に出ますが……海にでたら出たで、ドリドラ国には海洋税を支払うことになっておりまして」

「そんなに支払っておいでだったのですか!? しかし我がマリンローに停泊する際にも、入港税を確かドリドラに……」

「そうなんです。ですから我が王は、直接マリンローへと向かえるルートを確保したいとお考えでして」


 川は途中で北上して、俺が暮らす辺境を流れる川に繋がっている。

 ただその川もほんの数百メートルだけど、ドリドラを通る箇所があり。


「そこを迂回する運河を造ろうとお考えなのです」

「ほぉ。しかしマリンローに何をお望みで?」

「いえ、マリンローにというより──」

「うぅ……ラルぅ、ボク外に出てもいい? 難しい話はわっかんないし」


 よっぽど退屈だったのだろう。ティーが大きな欠伸をしながらそう訴えてきた。

 実は俺もちょっと退屈だったんだ。


「ラル、あとは私とレイで交渉するからいいわよ」

「ラル様、よろしければ今夜はマリンローでお休みください。東と北地区はほとんど被害もありませんので、宿屋食事の提供が出来ます。食料などもそれほど奪われておりませんので、ご馳走の用意も出来ております」

「ご馳走だって! ラル行こうっ。今すぐ行こう!」

「ラル兄ぃ、行くで!」

「あー、はいはい。じゃあレイ、リリアン。俺たちは北区のほうに行ってるよ」


 同盟とかそういう話は、また後日王国から使者が来るだろう。その前に、陛下の希望を伝えるためにリリアンがこれから頑張って説明してくれるはずだ。


 運河を作る働き手として、魚人族に協力して欲しい。

 そういう話を。


 教会を出て町の北へと向かうと、そこにはたくさんの魚人族、そして亜人がいた。

 港に近い地区と西地区はだいぶん建物が壊されたり燃やされたりで、人が住めないようなものも多い。

 ただ北区や東区の端のほうだと、そこまで行くのが面倒だったのか、比較的被害は少ない。


 住む家を失った人たちは、暫くここに避難することになるんだろうな。


「お、おい。あれ、勇者様じゃないか?」

「そうだ。町長と一緒にいるの、俺みたぞ!」

「勇者様だ、勇者様だ!」


 あぁ……なんかいろいろ説明するの面倒だから、もういいや。


 わぁっと集まったのは子供たちだ。

 魚人族の子供、ドワーフ族の子供、獣人族の子供、蜥蜴人もいるな。

 蜥蜴人の子供たちはアーゼさんを見つけると、目を輝かせて彼に群がる。


「おじさんも勇者パーティーの人なの!?」

「え? いや、俺は……いや、その……ラ、ラル殿ぉ」

「あっはっは。俺が勇者なら、アーゼさんは間違いなく勇者パーティーの一員ですね」


 俺がそう答えると、子供たちは更に目を輝かせた。


「すげー! おじさん勇者パーティーの戦士なんだ!!」

「蜥蜴人から勇者様のパーティーに選ばれる人がいたのね!」

「ああぁぁぁ、ラル殿おぉぉ」


 ふふ。少しは俺の気持ちが分かって貰えたかな?

 それはティーも同様で、獣人族の若き英雄だとかなんとかでもてはやされていた。






「勇者様ぁ。船着き場まで来てくださいって、町長さんが言ってたよ」

「町長さんが? うん、分かったよ。伝言、ありがとう」


 翌朝、キャンプに戻るため早めに支度をした。

 アーゼさんは奥さんやオグマさん、身重なラナさんを心配して先に戻っている。

 戻ると言っても、リリアンの転移魔法てパパっと一瞬だけども。


 帰る前に町長さんには話をしておこうと思っていたので、丁度いい。


 レイとリリアン、それにティーとリキュリアの五人で船着き場へと向かうと、そこにはスレイプニールが待っていた。


『住処へ戻るか、ラルよ』

「おはようございます、スレイプニール。キャンプに残してきた隣人がいて、あまりゆっくりも出来ませんので」

『そうか。では簡潔に済ませよう』


 そう言ってスレイプニールは自身の尾びれにある鱗を抜いた。

 子供の掌ほどもある大きな鱗だ。


『子の救助に協力してくれた者の数だけ、その鱗を差し上げよう。蜥蜴人はもう帰ったか?』

「アーゼさんですね。奥さんが待っていますから」

『なるほど。家族を大事にするのは、とても良いことだ。彼の分はラルに渡しておこう。この鱗を身に着けておれば、水に溺れることはなくなる。住処に飾って置けば、その周辺では水害が起こらなくなるだろう。船に括りつければ、海であろうと川であろうと、流れに関係なく漕ぐことが出来るようになる。王国は交易のためにマリンローと同盟を結ぶそうだな。ではその船に掲げるとよかろう』

「水害が防げるのですか!? それはありがたい。キャンプ地は川から近いので、万が一のことを考えて堤防が必要かなと思っていたんです」

『そうか。主は川の近くに暮らすのか。ではもう一枚やろう。これはそのままそのキャンプ地なる町に掲げるが好い。いかなる大雨が降ろうと、水がそなたの町を犯すことはなかろう』


 キャンプ地……という名の町だと思っているようだ。

 ここは素直に受け取り、帰ったらさっそく鱗を飾るためのものを作ろう。


 あぁ、戻ったらさっそく家造りも再開しなきゃな。

 それに合わせてマリンローの復興に向けて、町長にはある提案をしなければならない。


「町長さん。蜥蜴人の暮らす森には、たくさんの木があります。その木を伐って、川を使って町まで流そうと思うのですが」

「え? 木を流すのですか?」

「はい。そうすれば運搬の手間も省けますし、費用も掛かりません」


 木を間引きして森の中にも太陽光がしっかり降り注ぐようにしてやらないと、あの森はいつまで経っても深淵の森の名に相応しい場所のままだ。

 今回の事で思いついたのだけど、これは魚人族にとっても、そして王国にとっても利益につながる。

 森に光が差し込めば、モンスターの弱体化や減少化も望める。すなわち蜥蜴人の集落や王国の安全にも繋がるんだ。


「深淵の森は王国領ではありません。魔王領ですが、今はその魔王もいないし、そもそも魔王領というのは人類が統治していない、ただの無法地帯ですからね。誰がその木を伐って使おうと、文句も言われません」

「ま、まぁそうでしょう。ふむ、なるほど。流れて来た木を、こちらで受け取って加工し、それを使えばよいのですね」

「そうです。ただまぁ一度川流すわけですから、乾燥に時間がかかるでしょう。それまでは王国から木材を仕入れて頂くことになりますが」

「それは問題ありません。王国から仕入れた木材に、五割上乗せしてリデンに売りつけてやりますから」


 そう言って町長は笑った。


 それが合図にでもなったのか、スレイプニールと小さなスレイプニールが海へと潜る。


『ラルよ。そなたが我が力を借りたいと思ったなら、その鱗に願うがいい』

『ありが、とう、ラル。魔力、いっぱい、あり、がとう』


 まだカタコトな人語を話す小さなスレイプニール。

 小さな体を弾ませ、親の背へと飛び乗る。

 甘えるように親の首に鼻を擦りつけると、やがて二頭はゆっくりと海中へと潜っていった。


 しばらくスレイプニールが消えた海を見つめ、それからレイとリリアンが


「んじゃ俺らもそろそろ」

「帰るだけならラルのリングで大丈夫よね?」

「あぁ、大丈夫だよリリアン。二人ともありがとう。今度そっちの盗賊討伐の手伝いもするよ」

「あぁ、頼むぜラル。やっぱお前のデバフはすげーぜ。っと、バフだったな、アレも」

「ふふ。効果が反転しても、ラルのバフは凄かったってことよ」


 そう言って貰えると有難いよ。


 二人が転移魔法で王都へと戻り、次は俺たち三人の番となった。

 町長さんにお別れを告げ、キャンプ地まで重傷を負いながら泳いできたウーロウさんとも握手を交わす。


「ありがとうございます、ラル殿。あなたと出会えたこと、きっと海の神のお導きなのでしょう」

「それを言うなら、スレイプニールの導きなのかもしれませんよ」

「ははは、なるほど。確かにそうかもしれませんね」


 それから最後にもうひとり。


 ドワーフのダンダさんだ。

 しかし彼はこんな時だというのに、あの巨大ハルバードを手に持って船着き場に突っ立っている。

 しかも大きな荷物を背負って……まさか町を離れるのか?


「話は聞いた」

「え? 話?」

「レイにだ」

「レイに?」


 うむっと頷いたダンダさんは、白い歯を光らせて言った。


「わしもラルの町に住むぞい」

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