第34話:海の底

 大きな波が船着き場を襲う。

 不思議なことに、俺たちだけはその波に流されることなくその場にとどまっていた。

 リデン兵はもちろん波に飲み込まれてどこかへと流されている。


「ひぃぃっ。き、貴様ら! こ、こんなことをして、ただで済むと思っているのか!?」

「あれ? 領主がいるぜ? スレイプニールさんよ」

『その者は容易く死なせはせん』

「あ、そういうことで」

「ひいいぃぃぃっ」


 スレイプニールの言葉に恐怖を覚えた領主が、腰を抜かしながらも逃れようとする。

 が、その動きは超が付くほど鈍く、あっという間に魚人族によって囲まれた。


「こ、この町を襲えば、ドリドラ国が黙っていないぞ!」

「元はと言えばあなたが我らを裏切ったのでしょう」

「だからなんだ! 亜人の分際で、人間と同盟を組めると思っているのか!? 貴様らはわしの奴隷として一生働けば良いのだ!!」


 汚い。

 これが人間という生き物なのか。

 同じ人間として情けない。


 それが分かっているから、俺は先手を打ったんだ。

 はは、俺もまぁ汚い人間のひとりってことだよな。


「リデン領主。残念ながらドリドラ国王はあなたを助けてはくれない。それにこの件でドリドラ国が報復することもない」

「な、なにを言っておる、若造めが!」

「魔王を倒した勇者パーティーに参加させて貰っていたのもあってね、フォーセリトン王国の王様とは懇意にして貰っているんだ。王様に頼んで、ドリドラ国王に確認したんだよ。今回の件は国絡みなのか、領主がひとりで勝手にやったことなのか」

「ゆ、勇者……勇者パーティー……ひっ」


 領主は俺ではなくレイを見た。

 まぁバッファーってあんまり目立つポジションじゃないからね、いいんだよ別に。うん。


「せ、聖騎士レイ!?」

「俺こんな奴に名前覚えられてんの、なんか癪なんだけど」

「いいじゃないか、覚えられるだけまだマシさ。俺なんて速攻でスルーされて、レイのこと言われてんだぜ?」

「悪いなぁ、ラル」


 レイが肘で突いてくる。たぶん彼的には『軽く』なんだろうけど、筋肉質なレイの軽くは結構痛い。

 俺ももう少し筋肉付けたいなぁ。


「へ、陛下がわしを見捨てるというのか!? わしは……わしは陛下のために!?」

「この件に関して、ドリドラ国王は無関係だと言っている。同盟を破り、マリンローを襲撃し、大勢の死傷者を出した責任は全てあなたにあると」

「だからよぉ、リデンを襲撃して壊滅させても、ドリドラ国王は全て目を瞑るって約束してくれたんだよ。うちの王様とさ」

「な、何故フォーセリトン王国が関与する!?」


 なんでって、魚人族が助けを求めてやって来たのがフォーセリトン王国領内で、俺の所だったから。

 正確には元魔王領の蜥蜴人の集落なんだけど、そこまでたどり着けなくてこうなった訳だ。


 そもそもフォーセリトン王国とマリンローは、一応領地が接触しているんだよね。

 まぁ数百メートル程度だけど。

 だから隣人として助けた──というのはまかり通る訳だ。


「マリンローはドリドラとの同盟を破棄し、フォーセリトン王国と新たに同盟を結ぶことにした。その件に関しても、ドリドラ国王は承知してくれたそうですよ。リデン領主」


 同行したマリンローの町長が、冷たくそう言い放った。


「あんたは国から見放されたんじゃ。そうしなければ次は王都が水没する番じゃからの」


 そう言って、町長はスレイプニールを見上げる。

 純白な海馬は、ただ黙って領主を見下ろす。真っ青な空を映しだした海の色をした瞳に、暖かさの欠片も感じられない。


「ひっ」


 何かを察したのか、領主が短く悲鳴を上げた。

 その瞬間、辺りを濡らしていた海水がまとまって領主の体を持ち上げる。


『さて、では行こうか』

「ひぃいぃっ!?」

『我が子を連れ去り、陸に上げたのだ。お前にも同じように、まずは海底に連れて行ってやろう。それから三日間、我が結界で守ってやるゆえ、海底を存分に楽しむが好い』

「そ、そそ、それだけですか? そのあとは、か、かかか、か、解放、してくださるのですか!?」


 領主の言葉にスレイプニールが笑った──気がした。


『それを望むか?』

「は、はははは、はい!」

『よかろう。では三日後に結界が解けるようにしてやろう』

「ああ、ありがとうございます!!」


 領主は愚かだな。

 海底で結界が解ければどうなるか、ちょっと考えればすぐに分かることだろうに。


 水圧で死ぬか、それとも海底に生息する大型の水棲モンスターに食われるか。

 二つに一つだ。


 しかも三日間、結界内でずっとそのモンスターたちに睨まれ続けるのだから、生きた心地はしないだろうに。

 死が確定している状態で、三日間精神がまともでいられるかだな。


「じゃあリリアン。終わったって陛下に伝えてくれよ」

「分かったわ」


 伝達の珠で陛下にこのことを告げると、陛下からドリドラ国王へと伝えられる。

 そしたらドリドラ国から魔法で誰かが転移してきて、避難した住民たちの世話を任せることに。


 町の建物はほとんどなくなっている。

 住民に罪はないけれど、スレイプニールの怒りを納めるにはこうするしかなかった。

 そしてドリドラに対し、海馬を怒らせると怖いぞ──というのを見せしめにするためにもだ。


 ま、悪いことばかりじゃない。

 建物は『ほとんど』なくなったが、とりあえず夜風を凌げる程度には残してある。

 しばらくは共同での暮らしになるだろうけど、新しい建物を作るなら働き手が必要で、これまで仕事もなくその日の食べ物にも困っていたような人たちも働けるだろう。

 お金ならある。

 領主が貯えた財貨は海水で流してしまわないよう、スレイプニールには頼んでいたから。

 それは住民たちの分もそうだ。

 

 何を流して何を流さないか。

 そんな細かい区別まで出来るんだから、スレイプニールの魔力というのは計り知れない。


 やがて王都から数人の役人らしき人たちが転移の魔法でやって来ると、こちらに書状を手渡してきた。


「此度の件、陛下はまこと心を痛めておられました。リデン候の犯した罪を、お金で償うのも間違っているのでしょうが……」

「お待ちください。そういった話でしたらマリンローの町長に」

「や、そうでしたそうでした。しかし我が王からは、あなた方にもこちらの書状を──フォーセリトン国王にお渡ししていただきたく」


 異国の王様が自国の王様に当てた手紙なので、中を見ることは出来ない。

 けどまぁ、今回のことのいい訳みたいなものだろう。

 特にフォーセリトン王国が不利益になることもないのだが、要は「自分は何も知らなかったのだ」と正当化させたいのだ。

 それとフォーセリトン王国との関係を悪くさせたくないというのもあるんだろうな。


「金なぞいりません。失った同胞は戻ってはこんのだから」

「分かります。分かりますが、それでは我が王の気が済まないのです。ですから……」


 役人のお偉いさんと町長との間で話が進められていたが、どうにもうまくまとまらないらしい。

 確かにお金の問題じゃない。

 だけど……貰えるものは貰っておくに限る。

 しかしそれでは魚人族が納得できないだろう。金で解決などしたくないのだから。

 だから提案した。


「リデンの町を復興するのに、いろいろ物入りになるのでは?」

「え?」


 きょとんとした顔の役人は、一瞬首を傾げてからはっとして俺を見た。

 この役人、結構頭がきれるかも。


「町長、こうしてはどうでしょうか? リデンは復興に向けて木材やらなにやらいろいろ必要になります」

「そ、そうですな。建物も七割ぐらいは流されてしまっておりますし」

「えぇ。その資材をマリンローで用意してやるというのは? もちろん、買い取って貰うんです」

「え? しかし、マリンローでも建物が燃やされ、材木が……」


 そう。あちらの町でも木材は必要だ。

 じゃあその木材はどこから?

 魚人族は体が乾くと動けなくなるので、彼らが森に木を伐りに行くことは出来ない。買うしかないのだ。

 とはいえ、マリンローの建物は石造りやら煉瓦造りの家が多く、使用している木材の量は少ない。

 それでもゼロと言う訳にはいかず、やはり木材は調達しなければならなかった。


 そこでだ──


「町長。あなたはフォーセリトンから人を雇ってくれませんか? その人材でマリンロー周辺の森の木を伐採し、必要な分は町で、それ以外をリデンに売ればいいんです」


 他にも必要なものは、全部マリンローで買うようにして貰えばいい。

 その利益でマリンローを建て直すんだ。


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