第37話:石弾の使い方
キャンプ地に帰って来た翌日から、さっそく木を伐採するためにまずは蜥蜴人の集落に説明をしに行くことになった。
「徒歩ですと往復でだいたい六日でしょうか」
「結構かかりますね」
「えぇ。深淵の森は広大ですから」
そう。この森は桁外れの大きさがある。
モンスターが数多く生息し、魔王領と人類圏の境界線にあることから深淵の森と名がついたけど、単純に大きいからという者もいるぐらいだ。
「蜥蜴人の集落近くまで、川が通っておるじゃろ」
「えぇ。しかし川沿いを歩けば時間は余計にかかりますよ?」
「誰が歩くと言った。ほれ、せっかくアレを貰ったんじゃから、活用せんかい」
「「あれ?」」
俺とアーゼさんが首を捻る。
「鱗じゃ、ウロコ。スレイプニールの鱗を貰ったじゃろうが」
「あぁ、鱗。え? 鱗をどうするんです?」
俺の返事にダンダさんが頭を抱えた。
それから建築用の図面をひっくり返し、そこにサササっと絵を描いていく。
「筏じゃ! 筏を作って鱗をくくりつけりゃ、上りでも下りでも、すいすい焦げるようになるじゃろい!」
「すいすい……あぁー。あぁぁぁ!」
そうだ。この鱗には特別な力があったんだった。
すいすいがどのくらいになるか分からないけど、速度次第では確かに歩くより早いかもしれない。
「それだったら帆も付けたら? 帆に風を送れば速度もでるでしょ?」
「おぉ! リキュ頭いぃ~。ボクらが団扇で扇げばいいんだね!!」
「あ、扇がないわよ! ラルの魔法で風を送って貰うのっ」
「え? お、俺の魔法!?」
でも俺の魔法は効果が反転──はまぁ、土魔法を使えば風が起こるか。
効果反転の問題が解決したとして、俺の魔法なんて……
「ゴミみたいな効果しか出ないんだよ?」
「それでいいのよ。むしろそうじゃないと、帆が破れて意味がないわ」
「む? どういうことじゃ?」
あぁ、ダンダさんは知らないんだった。
効果が反転する呪いの事は教えていたけれど、元々俺はバフ魔法以外に才能がないってことを。
そのことを話すと、ダンダさんは目をぱちくりさせて驚いていた。
「はぁーっ。勇者パーティーのバッファー様は、バフだけ特化だったのか」
「まぁそういうことなんです。魔法は一通りなんでも使えるんですが、バフ以外は見習い魔術師のほうがまだマシだってレベルしかなくって」
「そう落ち込むな。確かにリキュリア嬢ちゃんの言う通り、今回ばかりはそのゴミ火力が役に立つだろう」
ゴミ火力が役に立つなんて……とほほ。
朝からさっそくダンダさんが筏造りに取り掛かった。
筏といっても丸太ではない。
建築用の資材を使って、ダンダさんはものの三十分足らずで立派な筏を作り上げた。
「五人ぐらいなら乗り込めるが?」
「アーゼさんは案内役で必要でしょう」
「では私も。一度帰って、少し家の掃除もしておきたいですし」
そう言ってシーさんも名乗り出た。
あと木を伐るならわしも必要だろうと、ダンダさんも。これで四人だ。
ティーが手を上げるかと思ったが、その素振りは見せない。
蜥蜴人の集落には行きたくない──という気持ちの方が強いのかもしれないな。
「アタシも行きたいけど……あまり大勢がここを空けるのも良くないだろうし」
「じゃあ留守番を頼むよ、リキュリア」
「えぇ。早く帰って来てね」
そう言ってリキュリアは俺の手を取った。
な、なんだろう……このシチュエーションはいったい!?
「早く帰って来るんだぞ、ラル!」
今度はティーだ。彼女は俺の手を握るリキュリアの手の上から自分のそれを重ねてニコニコ顔になる。
「ちょ、ちょっとティー! 邪魔しないでよっ」
「え? なんでだリキュ。一緒にラルを見送ろうよ」
「あ、あたしはあたしひとりでラルを見送りたいのっ」
「えぇーなんで、なんで?」
さ、早いとこ出発しよ。
「鱗を括りつける……と言われても、どうやって括りつければいいんだろう?」
「ほれ寄こせ。そんなもんこうしてだな──」
ダンダさんは鱗を奪い取ると、それを持って筏に手をついた。
特に何かが変わったとも思えない。
「ほれ、繋いでおる縄を解いてみ」
「あー、はい」
川に浮かべた筏は、流されないように縄で括ってある。
その縄を解いて──だが流されない。その場で止まったままだ。
「流れに逆らっているわけでもないのに、どうなっているのかしら?」
「少し漕いでみるか」
アーゼさんがオールを手に水をかくと、すぅーっと筏が動き出す。
「おぉ! 軽く漕いだだけだというのに、これはいい」
「あとはラルの魔法で帆に風を送れば……さぁ、やってくれ」
「分かりました。では──"エア・シュート"。あ……」
風を送ってくれと言われて、つい風魔法を使ってしまった。
杖の先には風ではなく、小石が現れてころんっと筏の上にころがる。
……恥ずかしいので足で蹴って川に沈めた。
「こほん。気を取り直して──"ロック・シュート"」
小さな石礫を飛ばす魔法だ。もちろん石ではなく、風が吹いて帆を揺らす。
「お、良い感じじゃねーか」
「早すぎる訳でもなく、ちょうどいい具合だ。この先に分岐点がある。北上して上流を目指せばいい」
分岐点を過ぎると川幅は一気に広くなる。
ロック・シュートを連射して速度を上げると、なんとその日の夕方には蜥蜴人の集落へと到着した。
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