第10話:心配ない

「川岸で倒れていたティティスを見つけたのは、わたしなのだ」


 そうアーゼさんは言った。

 ティティスを里へ連れ帰り、そしてこれまで育ててきたのも彼だ。


「ティティスを拾う一月前に、わたしは娘を──」


 そこでアーゼさんは唇を噛んだ。

 たぶん……彼の娘は生贄として、カオス・リザードに捧げられたのだろう。

 悲しみに暮れている時に、ティティスを拾ったってことか。

 種族は違えど、亡き娘にティティスの姿を重ねたのかもしれない。


「アーゼとティティスの二人に、ラル殿を手伝わせたい。許可して貰えるだろうか?」

「うぅん……確かに俺ひとりで作業するのは大変だけれども」

「魔法のことは気にしないでくれ。ラル殿にしても、その、支援したくなる癖というのを治す練習にもなるだろう?」


 治す必要が無いように、人のいない場所で慎ましく暮らそうと思っていたのになぁ。


 だけど──人との交流を全て断ち切ることは難しいかもしれない。

 

 ポーション類はたくさんある。

 あるけれど、数年後まで残っているかと言えば怪しい。

 彼らに使ったからではない。そもそも使用期限だってあるのだから、当然残っていたとしても瓶の中身の効力が消えてしまう。

 野菜や肉だって、無限じゃない。

 そのうち畑も作るつもりだけど、豊作になるという保証だってないんだ。


 集落があれば、物々交換でもいい。交流があるのに越したことはない。


 アーゼさんのいうように、バフる癖を矯正するチャンスでもある。

 間違ってバフってしまった時には作業を中断し、効果が切れるまで全力で守る。


 うん。それでいこう。


「分かりました。お二人の申し出を受けさせていただきます」

「おぉ、それはよかった!」


 グンザが喜び、アーゼさんが手を差し出してきた。

 その手を掴み握手を交わす。






 ──その翌日だ。

 カオス・リザード討伐の知らせを早く仲間に知らせたいからと、蜥蜴人たちは帰ることに。

 解毒が済み、怪我の方もポーションで回復している。出血した血はさすがにポーションでは戻ってこないが、歩く分には支障はないという。

 心配ではあるけれど、それよりもこっちが大変だ。


「ティ、ティティスだけ残るだって!?」


 アーゼさんと二人で建築を手伝うのだと思っていたら、アーゼさんは一度里に戻るという。

 その理由が──


「里から家内も連れてくる。三人のほうが捗るだろう。あとテントも持って来るので、四日ほど待ってくれ」

「お、奥さんを?」

「心配無用だ。蜥蜴人の女は強い。きっとラル殿より力があるだろう」


 まぁそれはたぶん、そうだと思う。

 いやでも、四日間ティティスと二人っきりってのはマズくないですかね?


 豹人のティティスは、恐らく十六、七歳といったところ。

 銀色の髪に、豹の耳と尻尾は真っ白で、彼女は雪豹さん族なのだろう。

 気の強そうな印象だが、顔立ちは整っており、その……かなり美人だ。いや、幼い印象もあるから、愛らしいというべきか。


 とにかく、


「と、年頃の女の子と、ここで二人っきりっていうのかっ」

「何、心配ないさ」

「心配ないって……」


 養父であるアーゼさんはにこやかに笑みを浮かべた。

 そして、


「何かあっても、その時はティーを嫁に出すだけさ」


 ──と、とんでもないことを口にした。


 何かってなんだよ!

 嫁に出すってそんな……それでも育ての親かぁぁーっ!


 アーゼさんは満面の笑みを浮かべ、他の蜥蜴人たちと里へ帰って行った。

 

 残されたティティスは、特に不安そうにもしていない。


「ラル! 何をする? 家はどうやって建てる?」

「えっ。いや、あの……ど、どうって」


 突然、目をキラキラさせたティティスが迫って来た。


「ボク手伝う! なんでも言うがいい!」


 ティティスは男の子のような口調で話す子だな。本当に男の子だったら、こんなに困ることはないのに。

 だけど、その体形からして男の子だと言うのには無理があった。


「て、手伝うと言われても……そ、そうだっ。図面を見せてあげよう」

「図面?」


 慌てて収納袋から取り出した図面を彼女に差し出すと、ティティスは首を傾げてそれを開いた。


「これがラルの家か?」

「の予定だ」

「ふぅん。地面の上に家を造るのだな」

「ん? 集落では違うのかい?」


 ティティスは頷き、それから木を指出した。


「蜥蜴人の集落では、巨木の枝に家を掛ける感じで建てている」

「へぇ。ツリーハウスか。知らなかったな、蜥蜴人がツリーハウスに住んでいるなんて」

「あの集落ではそうってだけで、他の蜥蜴人たちは地面に建てた家に住んでいるぞ。と聞いた」


 グンザたちの集落が変わっているってことか。

 理由を尋ねると、納得の答えが返って来た。


「集落のある場所は、地面が温かいのだ」

「温かい?」

「地下に温水が流れていて、それで温かい」


 この辺り一帯は、冬になれば雪も降る。だいたい1メートルほどの積雪量になるそうだ。

 寒さが苦手な蜥蜴人がこの地で暮らせるのは、その温水のおかげなんだと話す。


「温水のおかげで、集落とその周辺だけは少し暖かいんだ。だけど雪は降る。降った雪はそこだけ積もらず、すぐに溶けてしまう」

「溶けた雪が地面に沁み込んで、地面がぬかるんでいるのか?」

「そうだ。湿地帯というほどではないけれど、雪の季節にはべちゃべちゃになる」


 だから木の上に住居を構え、地面から溢れ出す熱気の恩恵だけ得ているのだろう。


 ツリーハウスというのにも驚くが、それ以上に温泉があることに驚かされた。

 その温泉、こっちの方まで流れて来ていないかなぁ。

 

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