第8話:豹人の少女

「"あらゆる属性への抵抗を高める力となれ──レジスト・エレメントアップ"」


 属性の乗った攻撃に対する抵抗力を高めるバフ魔法だ。

 これなら俺のゴミクズのような攻撃魔法だって、少しは効果があるんじゃないか?


「"全てを燃やし尽くす、煉獄の炎よ! 赫き刃となりて、我が敵を浄化せん!! ヴェルファイア"」


 唱えた呪文に、蜥蜴人たちから歓声が上がる。


 その効果は、赫く燃え盛る十二本の炎の槍を召喚して敵を串刺しにするという、炎属性でも最高クラスの火力を有する攻撃魔法。

 本来は人の身長の二倍もある大きな槍を召喚する魔法なんだけど、俺の場合はスプーンかフォークかっていう、短い、そして炎ではなく水を召喚する程度。

 数だって六本しかでない。


 そんなしょぼしょぼな水の棒がカオス・リザードンの頭上に現れると、周囲からは落胆の声が上がった。


「そんなもんで奴が倒せるか!?」

「ダ、ダメだ! 全然期待できねぇーっ」


 再び焦る蜥蜴人の前で、俺の水のフォークがカオス・リザードに降り注いだ。


「ンゲエエェェェーッ!?」


 悲鳴は普通、痛みにのたうちまわるのは超スロー。


 結構いけてる?


 そう思ったのは俺だけではないはず。

 悲鳴を上げるカオス・リザードンを見て、蜥蜴人たちが再び唖然と俺を見つめた。


「なんで? お前、使った魔法は支援魔法だろ?」

「魔法に疎い俺たちにも、呪文の内容でだいたい分かる。何故火属性魔法を唱えて、水が出てくるんだ?」


 その問いに俺は杖を構えて答える。


「俺は元支援職バッファーだ。だけど魔法の効果が反転する呪いを掛けられ、今は妨害職デバッファーになった!!」


 ──と。


「デ、デバッファー?」

「バフ魔法が、デバフに反転するというのか?」


 蜥蜴人の問いに俺は頷いた。


「元々攻撃魔法の才能はさっき披露した通り。奴を倒すにはあなた方の力も必要だ。今なら奴の鱗は紙同然!」


 ちょっと誇張し過ぎかもしれないが、槍で突けば簡単に貫通させられるはず。

 蜥蜴人の男たちには勇敢な戦士が多い。腕力も人間の平均よりは上だ。

 やれる!


「俺は戦う。もうこれ以上家族を失うのは嫌だ!」


 そう言って、ひとりの蜥蜴人が槍を構えて突進した。


「ギャオオォォォォォォォォンッ」


 カオス・リザードが倒れるのに、そう時間は掛からなかった。

 ひとりの蜥蜴人が突撃し、その槍がいとも簡単にカオス・リザードの鱗を貫通すると、他の蜥蜴人も雄叫びを上げて突っ込んで行った。

 みな口々に仇だなんだと叫びながら。


 カオス・リザードはBランクモンスターで、知能もある。

 蜥蜴人数十人で挑んでも、倒すのは困難だろう。


 もしかすると、蜥蜴人の集落を襲ったのかもしれない。

 甚大な被害が出ただろう、きっと。


 憎悪の槍が奴の心臓を貫いたのは、最初にカオス・リザードに突っ込んで行った蜥蜴人だった。

 彼の槍が心臓を捉えたのは、ほんの四、五突き目。

 動かなくなったカオス・リザードに対し、彼ら蜥蜴人は攻撃の手を緩めなかった。

 それだけの恨みがあったのだろう。


 やがてひとりの蜥蜴人が「勝ったぞ!」と声を上げると、蜥蜴人はようやくその手を止めた。






 歓声が上がったのは一瞬だけ。

 その後はただ静かに肩を震わせ、傷ついた仲間の手当てを始めた。

 

 勝ち鬨の声を上げた蜥蜴人がこちらへとやって来る。


「人間、助かった。感謝する」

「いえ。しかしよくカオス・リザードなんかと……」


 戦おうなんて、無謀なことをとは言えず言葉を濁す。

 相手もそれを察してか、しかし首を横に振った。


「好んで奴と事を構えた訳ではない。奴がこの森に住み着いたのは五〇年ほど前の事──」


 まずカオス・リザードは蜥蜴人の集落を襲った。

 三〇〇人ほどいた村人のうち、三〇人ほどが殺された。


「その時、奴はこう言ったのだ。毎年ひとり、年頃の生娘を生贄として差し出せ。約束が守られた年は、それ以上集落の者を喰わないと」

「……知能の高いモンスターは、ときおりそうやって生贄を要求することもあると聞きます。そうだったのですか……」


 全滅するか、毎年ひとりの犠牲を出して生き延びるか。

 その選択では、必ず後者が選ばれる。

 誰も責められないさ。


「しかし、生贄を出せなかった年も何度かあり、今では我らの集落の人口は百人近くにまで減ったのだ」

「それでカオス・リザードを討つ選択をしたと?」


 彼は頷く。

 このままでは二、三〇年後には集落は壊滅する。なら万に一つの可能性に賭けたのだと。


「しかし、人間が来てくれて助かった。本当にどう感謝してよいやら」

「いえ、それはもう……。それより、カオス・リザードの血の臭いを嗅ぎつけて他のモンスターが寄って来るでしょう。ひとまず森を出た方がよくありませんか?」

「む。それもそうだ」

「森を南に抜けた先に、俺の仮拠点があります。水場も近いので、ひとまずそこに」

「すまない、感謝する」


 彼らを案内しようとした時、豹人の少女が短剣を構えて走って来た。


「があぁぁっ!」


「ティー、何をっ!!」


 蜥蜴人の声が響く。

 俺はその声を気にすることなく、跳躍し、頭上を飛び越える少女を見つめた。


 振り向きざまに「"その肉体を強化し、鋼のごとき強さとなれ! フルメタル・ボディ"」と呪文を唱える。

 俺の背後に忍び寄ろうとしていたモンスター・・・・・に向かって。


「がぁぁっ!」

「ギョエエェェーッ」


 豹人は瞬発力、反射神経、脚力に優れている。見た目に反して力もある。

 

 熊にも似た姿のクロウベアは、少女のパンチをモロに喰らって10メートルほど吹っ飛んで大木に激突。

 更に止めを刺すべく、少女が太い枝を拾って突進していった。

 その枝をクロウベアの眉間に突き刺し、あっさり倒してしまった。


 クロウベアはCランクモンスターで、決して弱くはない。

 獣人の少女がひとりで挑んで、普通なら勝てる相手じゃないはず。


 いくら俺の反転バフが掛ったとはいえ、躊躇なく向かっていくとは。

 いや、バフる前からあの子は……。


「ありがとうな。俺を助けようとしてくれたんだろ?」


 自分で倒したクロウベアを見下ろす少女の下まで行き、彼女に声を掛ける。

 くるりと振り返った少女は、どこかキョトンとしているようだった。


「もしかして、自分で倒しておいて信じられないって……そんな感じか?」


 笑いながらそう尋ねると、少女はビクりと体を震わせ、それから慌てて駆けだした。

 どこに行くのかと思えば、蜥蜴人のひとりの背中に隠れてしまった。


「な、なんだティー。クロウベアのにおいに気づいて、あの方を守ろうとしたんだな」

「……に、人間、弱い。みんなそう言ってる。だ、だからボク、守ってあげた」

「なな、なにを言っているんだティー。べ、別に人間は──」


 蜥蜴人の慌てっぷりからすると、里では人間は弱い生き物だって子供たちに教えているんだろうな。

 まぁよくある話だ。

 異種族より自分たちの方が優れた生き物だって、そう子供たちに教えるなんて。

 人間だって同じだ。

 獣人族の知能は低く、文明レベルも人間のそれより劣ると。

 身体能力は人間より何倍も優れているけれど、そのことは教えたりはしない。


「気にしないでください。俺は実際に弱いですよ。後方支援ばかりで、自分でモンスターを倒すなんてことしたことなかったですし。さ、他の奴らが集まってくる前に」


 落ち着いて怪我人の手当てを出来る場所に行かなきゃな。

 蜥蜴人たちは頷き、怪我人を担いで歩き出した。


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