第7話:蜥蜴人

 昨日は結局、図面を見ながら紐で地面に線を引いて、持って来た木材を全部出して種類ごとに分けたり。そんな作業で終わってしまった。


「けど今日はまず、森に行かなきゃならない」

「なんで?」

「薪が残り少なくなった!」

「ヨシ! オレに任せろ!!」


 任せたいのはやまやまだけど、そこに生えてる数本の木を切り倒すのはナシね。

 

 やる気満々なクイを抱っこし、肩に乗せてから森を目指した。

 

 途中で草原ウルフを発見。

 まだ気づかれていないようだ。


「こ、ここは俺がやる」

「え? ラル兄ぃ、よわよわやんけ?」


 そうだよ。俺はよわよわさ。だって机に噛り付いて魔法の勉強ばっかりしていたんだから、仕方ないじゃないか。

 でもアレスたちとの旅で、体力だけはついた。

 ひたすら歩いていたからね。


 けど──


「俺はバフの腕なら誰にも負けない自信がある!」

「でもバフじゃなくなってるやーん」

「そうだよ。だから……俺のデバフは誰にも負けないってことなんだよ! "その肉体を強化し、鋼のごとき強さとなれ! フルメタル・ボディ"」


 更にスピード・アップもバフる。

 当然、バフった瞬間に気づかれたが、走る速度はのろ~い。

 驚いた草原ウルフが「キャイン」と吠える。

 その間に俺は杖を構えて駆けた。


 草原ウルフが接近する俺に気づいて顔を上げるが、その視線が合うよりも前に──


「そりゃ!」


 俺は杖を、ウルフの脳天に叩き込んだ。


 地面にべしゃっと倒れ込んだ草原ウルフはピクリともしない。


「や、やれた?」

「ラル兄ぃ! すっげーや!!」

「ふぅ、ふぅ……バフのおかげだな」

「デバフや!」


 非力な俺でも一撃でモンスターを倒せるは嬉しい。

 とはいえ、この草原ウルフもGランクと低い。下級モンスターでは中堅といったところだけど、冒険者の間では雑魚扱いにされている。

 森にはCランクやBランクのモンスターだっているんだし、流石にその辺りになると太刀打ちできないだろうな。


「森と言っても奥まではいかないぞ。薪になる枝なら、手前の方でも十分拾えるだろうし」

「どのくらい拾うんだ?」

「んー……いっぱい」


 森まで片道一時間。

 毎日枝拾いで往復していたら、家を建てる時間がなくなってしまう。

 空間収納があるんだ、いくらでも入れられる。


 森までやって来た俺たちは、その入口からさっそく枝拾いを開始。

 誰も拾わないからそこかしこに木の枝が落ちている。

 うん、大漁大漁っと。


 ある程度集めたら縄で縛って収納袋へ。

 何度も何度も繰り返し、お昼にはいったん明るい森の外へと出た。


「五〇束できたか」

「終わり?」

「いや、どうせならもう五〇束作ろう。一日三回、火を使うからな。夜は特に火を絶やさないようにしなきゃならないし」


 食事の支度で一束は確実に消費する。夜だと二束は使い切ってしまうだろうか。

 夜はモンスターが活発になる時間だ。特に火を怖がるわけでもないが、それでもランクの低いモンスターは寄り付かなくなる。

 それに、真っ暗だと俺が何も見えないからな。


 クイは二、三日に一度しか眠らない。それも日中に俺の影の中で眠る。


「クイ、そろそろ眠くなるんじゃないのか?」

「ん? んー……んー……そういえば?」


 眠いことを忘れるなんてな。

 それだけ夢中になっていたんだろう。


 朝食の残りをお弁当に持ってきているので、それを食べたらクイは俺の影の中へ。

 午後からはひとりで枝拾いだ。

 クイがいない分、周りを警戒する目も減る。

 十分に気を付けなきゃな。






 枝の束も間もなく追加の五〇が出来上がる──そんな時だ。


「来たぞ!!」


 そんな声が森の奥から聞こえた。


 来たぞって、もしかして俺たちの事?

 緊迫感漂うその声は、まるで敵が来たぞという感じに聞こえる。


 突然攻撃されるかもしれない。

 警戒して周囲を見渡すけれど、近くに何者の気配もないな。


 ということは、誰かが敵と──たぶんモンスターだろうな。それと戦っているか、追いかけられているのか。

 前者にしろ後者にしろ、放ってはおけない。


 声のした方角に向かって走ると、すぐに状況は把握できた。


 獣人の一種、蜥蜴人が中型のドラゴン亜種、カオス・リザードと交戦中だ。しかも負傷した仲間を抱えての戦闘で、どうやら撤退中らしい。


「がぁぁぁっ!」

「ティー! 前に出過ぎるなっ」


 ん? ひとりだけ蜥蜴人じゃない獣人の少女が混じっているぞ。

 あれは……高原に住む豹人か?

 山を下りてくるなんて珍しい。

 しかも蜥蜴人と共闘しているとは。


「呑気に見ている状況じゃないな。助太刀しますっ」


 そう叫んでから戦場へと駆けた。

 まずは彼らにバフを──


「っと、ダメだダメだ。ついクセで支援しようとしてしまう。支援するべきは──」


 あのカオス・リザードだ。

 

 亜種とはいえドラゴン。その皮膚は硬い鱗に覆われ、中型ではあるが比較的細身で動きも素早い。その爪には毒があり、かすっただけでも猛毒に侵される。

 負傷している蜥蜴人は早急に解毒剤を飲ませるか、解毒魔法を掛けなければならないだろう。

 しかし獣人族は総じて魔法が不得意で、魔術師はほぼいない。

 解毒魔法は使えるが、反転の呪いの影響で毒を付与することになるだろうなぁ。


 ってことは薬草による治療だけれども、戦闘中にそれは無理だ。

 早く終わらせよう。


「"韋駄天のごとき速さとなれ──スピードアップ"、"その肉体を強化し、鋼のごとき強さとなれ! フルメタル・ボディ"、"肉体は武器となり、敵を打ち倒す戦神の加護を与えん。バトル・ボディ"!」


 行動による速度を上昇させる魔法と、肉体の持つ防御力を上昇させる魔法、そして物理的な攻撃力を上昇させる支援魔法をカオス・リザードに向かって唱える。

 モンスター相手にバフるときは、若干魔力の流れを変更しなきゃならない。

 それはクイ相手によく使っていたので慣れている。

 魔力の流れを変更しなきゃいけない分、間違ってそれを人相手に使わないので多少安心だ。

 ま、クイに間違って反転バフを使う可能性もあるんだけど、今はここにはいない。


「お、おい! 人間のお前っ。い、今のはバフ魔法だろうっ」

「なぜカオス・リザードを強化する!?」


 蜥蜴人の敵意が俺に向けられる。

 ごもっともだ。

 だけどカオス・リザードをよく見て欲しい。


 俺は試しに地面に落ちていた石を拾い、そして投げた。


「ギャアオオオォォォォッ!!」


 赤ん坊の握り拳ほどの石が当たった程度で、カオス・リザードは絶叫を上げた。


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