第14話 気付きと新事実

目指す天辺杉到達の、ほんの手前で、本日の野営を行うこととなった。頑張れば、着けるかも知れないが、夜になってしまっては見通しも悪く、危険だからと判断された結果だ。


野営の準備を手伝いながら、私はアイシャとお喋りする。

「それにしても、こんな所に、こんないい場所があって良かったね」

「そうですね。見通しもいいですし、周りを太い木に阻まれて、動物達も襲撃しにくいでしょうしね」

「え、と。景色がいいって言いたかったんだけど」

「景色ですか?そう言われても…」

私達は食事の準備をしている。メインは転送したもので、簡単にスープなんかを作っているのだ。

全部、キューブにいた時と同じでは味気ないからね。

「だって!野生の花や草が普通なんだよ!」

「はあ」

これまでの道のりでは、目を疑うような新種の植物ばかりが目について、とても安らかな気持ちになどなれなかった。

けれども、この場所は違った。目にする限り、普段の山の風景だ(大樹は除く)。


「私は知識として、こうした野草の存在は知ってますが、どうとも思いません」

「ええっ!そうなの?」

「ええ」

私が記憶持ちの日本人だからだろうか、こうした小さな花をつける、愛らしい野草に心惹かれる。

「はあっ、小さいっていいよね」

「ご主人ー、僕も小さいよ。いい?」

くるんと巻いたしっぽを振りながら、コタが甘えるように見上げてくるので、

「もちろんだよ〜」

と、作業を一時中断して、盛大にもふってあげる。

「はあ」

後ろでアイシャのため息が聞こえてきたが、無視だ。無視。

全てにおいて、超ビッグサイズである地球の新基準は、私の感性と相容れないのだから仕方がない。


夕飯を終えると、辺りが暗くなり始めたのでテントで就寝する。

テントと言っても、私の覚えているような代物ではない。キューブでも使用されている素材で作られた頑丈な代物だ。

折り畳み式のバンガローみたいなもので、狭いながら仕切りもある。

私達は男女で分かれて、それぞれの部屋へと入る。もちろん、コタも一緒だ。


「アイシャはコタが一緒でも構わない?」

「今さら…。それに安全地帯の外の夜がどんなものかも分からないのに、外に放り出す訳にもいかないでしょう?

ただし、綺麗にしてもらいたいですね」

「それはもちろん!トイレだって、完璧だもんね?」

「大丈夫!僕、ちゃんと出来るよ!」

臭いが全くしないペットトイレを人間用のトイレの側に設置済みだ。

「そう?なら、構いませんよ」

アイシャはそう言って、黙々と眠る準備を始める。

「もう寝るの?」

「明日も歩くのだから、体を休めないと。いくら補助具があるからって、この体ではね」

アイシャは10歳程度の外見をしている。体力ではどうしても劣ってしまうのだ。


「ごめんね。私ったら、配慮が足りなくて」

「いいわよ。ウィルがよく目を配ってくれるから。今日だって、本当は目的地に辿り着けていたはずよ。それを私のことを考えて、ここで夜を明かすことにしてくれたのだし」

「え?ウィルがそんな配慮を?」

意外だ。明らかな俺様タイプなのに、そんな風に心配りが出来るだなんて。

「彼は颯介がいるから目立たないだけで、明らかにリーダータイプよ。元・軍人だって言うし、大勢の指揮に長けているのでしょう」

「ふーん。そうなのか」

そう言われれば、そうかも?キューブでは颯介さんの片腕っぽいポジションであるし、颯介さんの代わりに個人をよく見ているのかも。

「颯介はトップとして、常に全体を見なければならないでしょ?そうなれば、些細なことには気付けないものよ。

ウィルは、そうした点を補ってくれていると私は思う」

寝袋代わりのボデイスーツを整え、その中へと入り込む。突発的な事態にも動けるよう、寝袋のように体全体を包むのではなく、ボデイスーツ型なので、そのまま、立ったり歩いたり出来る。

二人して寝袋に身を包み、部屋の灯りを絞った。

「おやすみ」

「おやすみなさい」


しばらくすると、アイシャの小さな寝息が聞こえてきた。

やはり無理をしていたのだろう。それに気付いたウィルはすごい。

私は、彼のことをヤンチャで、ワガママなお兄ちゃんくらいにしか思っていなかったのだが、見直さなくてはならないだろう。

隣室の男部屋から、小さな話し声が聞こえてくる。おそらく明日の予定について、確認しているのだろう。


ギャッギャッと獣の鳴き声が聞こえる。鳴き声が近付く度に、断末魔のような声が聞こえ、やがて静かになった。

テントの周囲を、昼間は道案内をしていたオートマシンが巡回しており、一定範囲内に入ったら、攻撃するシステムに切り替えられていた。

私はそれらの物音を耳にする度に、ビクッとなっていたが、次第にそれにも慣れた。

やがて、睡魔が襲ってきて、深い眠りへと落ちていく。

こうして、調査1日目は特に問題も起こらず、過ぎていった。


翌朝、スッキリと目が覚めた。アイシャはまだ眠っているようなので、起こさないようにそっと表に出る。

深呼吸をして、濃厚な森の匂いを肺一杯に吸い込んだ。

一緒に起きたコタも静かにしなければと思ったのか、大人しく付近の匂いを嗅いでいる。


朝の景色は目にも優しく…なかった。見渡す限り、獣の死骸が点々としている。

どれだけ襲ってきたのよ。ジャングルって怖い!

そんな死骸を作成?したオートマシンがトコトコと歩み寄って挨拶してきた。

「オハヨウゴザイマス」

「…おはよう」

発音は滑らかなんだけど、どうしても機械が喋ってる感が拭えず、カタカナで聞こえてくる。

オートマシンの進化型は、簡単なお喋りが出来るようになった。

「ドウシマスカ?シガイヲ、ヤキマスカ?ソレトモ、ウメマスカ?」

「そうねえ。地中深くに埋めたらいいんじゃないかな?焼くとどうしても臭いが出るし、新たな獣を呼び寄せてしまうかも知れないから」

「ショウチ、イタシマシタ」


私は死骸を回収し、地中に埋めていく作業を見学する。

見たことのある動物もいれば、全く知らない動物の姿もあった。

しかし、獣の範疇を越えるものはいない。いわゆる、モンスターっぽいものだ。

「これって、何だろう?ネズミ?イタチかな?」

「ゲッシルイ、ネズミデハナイカト」

見れば、尖った前歯がネズミだ。まあ、30サンチもある巨大ネズミだけど。

人は慣れるものだね。私は早々、驚かなくなった。


ぼんやりと作業を見守っていると、オートマシンが自ら、喋り始めた。

「サキサン、コレヲ、オハナシ、シテイイモノカ、スコシ、マヨッタノデスガ…」

おや、珍しい。オートマシンは警告を発したり、判断を仰ぐ時以外、自発的にお喋りしないものだ。

「なあに?」

何だろう。オートマシンのお悩みとは?

「ワタシノベース、ツマリ、キバンニハ、ハカセガ、ツカワレテイマス」


ドクン、と一つ、心臓が高鳴った。博士って、お父さんのことだよね?

「ゴメンナサイ。テレサカラ、ハナスナト、イワレテイタノニ…」

「それなら、どうして話す気になったの?」

テレサは管理脳で全てのマシンを掌握している。いわば、ボスだ。

「ドウシテ…、ソレガ、ワタシニモ、ワカリマセン。タダ、アナタニ、シッテモライタイ。ナゼダカ、ソウ、オモッタノデス。ゴメンナサイ」


お父さんは自らの脳をコンピューターと同化させ、長い年月、私が目覚める日を待ち続けた。けれども、あまりにも長い年月であったため、人の脳の部分がもたなかった。

「…お父さんは、あなたの中に生きているの?」

震える声で問う。

「…イイエ。ハカセハ、ウシナワレマシタ。シカシ、ワタシノナカニ、アタタカナ、ナニカガ…。ソレガ、ナンナノカ、ワカラナイケレド…。ハッキリト、ソンザイ、シテイルノデス」

「あたたかい?それって、心があるってこと?」

「ワカリマセン。ケレド、アナタヲ、ミルト…。アタタカナ、ナニカ。ソウ、ウレシイト、カンジルノデス」

オートマシンは話ながらも、作業を続けていく。地中深く掘った穴に死骸が投げ込まれ、土がかけられる。さながら、埋葬だ。


「…お父さんの心と繋がっていたのよね?」

「ココロ…。ソウデスネ、ハカセノオモイト、ワタシハ、ツナガッテイマシタ」

人間の体を放棄し、脳だけとなった父はコンピューターと繋がっていたが、心は残していた。

全ての作業を終えたオートマシンと私は向き合う。


機械の体、機械の手、機械の頭。それらは全てロボットと呼ぶ以外にない。

けれど、彼には心が芽生えたのだ。父の心を受け継いで。だったら…。

「あなたに名前をつけてあげる」

「ナマエ?」

オートマシンがわずかに上向いた。

「ハルキ…、ハルキはどうかな?」

漢字だと春希。私が目覚めたのが、春。そして、私の名前の一字をあてがったものだ。

「ハルキ…。ハルキですね!」

「うん。どうかな?」

「嬉しい、嬉しいです!私に名前がついた!」

実際にはしていないが、ピョコピョコと跳ね上がりそうな声の感じに、私は微笑む。

そう、声だ。機械の声とは別に聞こえるようになった。

「あれ?ハルキの声の感じが変わった?」

「え?そうですか?特に変化していませんが」

そうか、私の彼へのイメージ。捉え方が変わったせいだ。その他大勢のオートマシンなんかじゃない。たった一人、大切なお父さんの心を受け継いだオートマシンとして。

「これからもよろしくね、ハルキ」

「はい、よろしくお願いします!」


私とコタとハルキの三人(一匹と一台)は、他の皆が起きてくるまで、お喋りをした。

主に夕べの獣たちとの攻防についてだ。

「私一人で対応していたのですが、手こずっていたら、ウィル様が起きて手伝ってくれました」

「ウィルが?」

「はい。優しい方です」

ふうん。何だが、ウィルの好感度が上がりっぱなしなんだけど。

けど、悔しいから教えてやらない。今日日の女子高生は変なところで素直じゃないのだ。

優しくして付け上がらせるのもしゃくだしね!




















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