第13話 本日の成果
「あー、止め止め!湿っぽいのは止め!例え、自分の雛形が存在していたとしても、俺達は俺達だろう?
前世の記憶もないのに、昔の自分を投影するなんてナンセンスだ!」
ウィルが立ち上がって、そう言い放つ。
「すまん」
「私のせいね。ごめんなさい」
二人が謝った。
「止せって。俺達は皆、記憶を持たない。過去の自分がどうあれ、今の自分に関係ない。そうだろ?」
私以外、全員が頷いた。
「早希?お前は違うのか?」
そう問われて、私はドキリとした。たった一人だけ、記憶を持つ人間が私だからだ。
「お前は過去に囚われて、今を否定するのか?」
ウィルが言いたかったことは、どうやら、私の考えていたことと違うようだ。
「過去の自分を踏襲しようとは思わない。けど、過去を否定する気もないの。
知識としてしか存在しないとは言え、私達があるのは過去の自分が存在していた結果でしょう?その証のようなものを全部、否定したくはない」
「ええ、そうね。私の子供時代は確かに不遇だった。知識としてしか、私の中には残されていないのだけれど。
けれど、全てが全て、辛い記憶だった訳じゃないはず」
アイシャはここで一旦、言葉を切った。しばし、考える素振りをした後、再び、語り始める。
「―生きた証、ね。そう言われれば、そうだわ。過去の私がいたから、今の私がある。それをどう受け止めるかは、自分次第だもの。早希は、そう言いたかったのでしょう?」
「ううん。そんなに御大層なことを言いたかった訳じゃないの。ただ、過去の自分を、そんなに気負う必要はないって、そう言いたかっただけ」
それは半分、真実であり、半分、嘘だ。
私には記憶がある。それに至る道はとても、高度な技術と時間を要したことだろう。
私が死んで、再び、再会した父は、あっという間に私の前から去って行ってしまったし、テレサも深く話そうとはしなかった。
でも、と思う。私が皆と違って記憶があるのは、多分、遺伝子元に創られたクローンではないからだ。
恐らく、私は脳死状態のまま、眠りについた。
そして、遺伝子研究の成果と引き換えに、父は私を長い眠りの果てに健康な体で蘇生させたのだろう。
私の病気は、とても難しい治療を必要とし、完治におよそ1000年近くもかかってしまった。
多分、そう言うことだろう。クローン人間に記憶があるなんて、おかしなことだからだ。私が全て覚えているのは、皆のように、新しく作り直した自分ではないから。
とてもシンプルな理由だ。
それでも、皆には羨ましがられるかも知れない。だって、真っさらな自分であれと言われながら、私達は(私を除いてだが)目覚める前から、知識を与えられていた。
それは、過去の自分を無理やり受け入れさせられたようなものだ。
私には、最初から、そうした感情は存在しない。感じるのは、こんな私が特別に生かされたことへの、大きな引け目だけだ。
「過去に囚われる必要はないし、必ずしも与えられた道を進む必要もない。
もし、アイシャが地質学者として生きる道を否定するならば、俺はそれを応援したい」
傍らで会話を聞いていた、ヴォルフが静かに告げた。
「いやね。私は自分の知識が生かせる道を閉ざすつもりはないわ。隕石落下によって、道半ばで終わった研究だもの。
この命が尽きるまで、全うするつもりよ。…でも、ありがとう」
「いや…」
アイシャからの感謝に、ヴォルフも言葉少なに答える。
見かけはともかく(アイシャの見かけは、小学生)、二人は大人だなと思う。
重い会話も、こうして蹴りがついたのだと思ったら、途端に現実に引き戻された。
「ねえ。お腹、空かない?何か作ろうか?」
時刻は、すでにお昼を回っていた。
「そう言えば…。朝から何も食べていなかったわね」
アイシャがお腹を押さえた。
「…俺も空腹だ」
その時、盛大にお腹が鳴る音が響いた。
きゅるるるるう。
音の発信源はウイルであった。
「いや、そのな…。俺も!俺も何か食いたいぞ!」
仁王立ちで宣言する。
えっと、とりあえず作りおきのサンドイッチでも食べてて?
私は、デバイスで転送したサンドイッチを配った。
ウィルが嬉しそうにパクついていた。うん、子供だね。
皆が食べている間に!私は簡単にスープを作成した。太いソーセージが、たっぷり入ったポトフだ。圧力鍋(オート機能つき)であっという間に出来る。
それをスープ皿に注いで皆に配る。コタには熱すぎるので、スープ抜きで冷ましてあげた。
「うま、うま」
コタは野菜も喜んで食べるけど、ウィンナーが一番好きらしい。がっついていた。
「キャベツは地球産だけど、甘くて美味しいわね」
少し前に収穫し、貯蔵庫に保存していたメガ(巨大)キャベツだ。
「そうなんだよね。巨大だから大味かと思えば、普通にキャベツなんだよ」
「…旨い」
「お代わりくれ!」
「はい、はい」
私は、圧力鍋から保温機能のついた鍋に移しかえたポトフを大盛に盛ってあげた。
「僕も、僕も!」
「はーい」
コタにも、お代わりをよそってあげる。
この調査団はヴォルフ・アイシャの大人組とウィル・コタの子供組に分かれているようだ。
私?うーん、どうだろう。大人ではないな、けど、子供組に入るのはちょっと抵抗が…。
お昼を満喫し、その後、小休憩をとったそれから、再び、歩き始める。
今度は、黙々と歩き続けた。各自、ペースを確認出来たし、目的地もはっきりしたことで、寄り道するのを自粛しているらしい。
ただ、立ち止まりはしなくても、ヴォルさんは気になった植物を採集しまくっていたし、アイシャも土や石のサンプルを確保していた。
ウィルは相変わらずだ。やって来る昆虫や動物を退治しまくっている。
そこにコタも加わり、二人とも楽しそうだ。
ここに来て、昆虫以外にもたくさん遭遇するようになった。どうやら、キューブ周辺は人間の気配や危険に敏感な動物達に敬遠されていたようだ。
「やった!ウサギ、ゲットだぜ!」
緑色した小型犬ほどのウサギを電子網で捕獲している。
網の中でもがく、ウサギさん…。どうする気なのか。食べる気?
「ご主人―!僕も捕ったよ!」
自分より大きな鹿を加えて、報告しに来る。
「あ、凄いね」
ホント、凄いね―。鹿と言ったが、鹿の角をした何やら違う動物っぽい。
鹿って足の細くて長い、シュッとしたイメージがあるが、これは別。全体的にまん丸くて背中に鹿の模様がある。
え?これ、鹿?
「フランがいたら喜びそうだな」
「あー、そうですね〜」
動物学者のフランは今回、お留守番だ。ウィルの真似じゃないけど、お土産として送ろう。
「コタ、これをフランにあげてもいい?」
「いいよ〜。まだ、一杯いたもん!」
一杯、いるのか…。その目は捕獲する気、満々だね?
「あー。一杯はいらないかな。あと、多くても2、3匹でいいかな」
「そうなの?」
コテリと首を傾げる。
「ジビエ料理は範疇外だから」
普通の女子高生は、ジビエ料理は作らない。
「ふう〜ん」
納得したのか、していないのか判断しづらいが、理解はしてくれたと思う。
ただ、次に狩ってきたのは同じ鹿でも大きさが段違いだった。
へえ、さっきのは子供だったのかー。へえー。
コタが引きずってきたのは、ゆうに2メートル近くあろうかと言う、大物だ。
それ鹿じゃなくて、仔牛じゃない?
「お!コタ、いいもの捕まえたな!」
「へ、へ〜ん。すごいでしょう?」
「まあな」
ニヤリとウィルが口角を上げた。次の瞬間、
「でも、これを見ても余裕でいられるかな?」
ウィルが指差した先に、とぐろを巻いた全長10メートルはある巨大な蛇がいた。もちろん、死んでいる。
「す、すっごーい!カッコいい!」
コタが、その場で何度も飛び上がって、興奮していた。
「ふ。分かるか?」
「分かる!分かるよ!」
二人で通じあっている
え?何が分かるの?でっかい蛇が頭上から降ってきて、パニクったんですけど?
しかも、ただの蛇ではない。胴体部分がぷっくりと平たく膨れ上がって、短時間なら滑空も出来る。
襲って来たときも、頭上から落ちてきたと言うよりも、飛んできたし。
私は、冷めた目で二人(一人と一匹)の狩人?を眺めやった。
調査1日目は、そんな二人の狩り自慢で終わりつつある。目的地である天辺杉に到着するのは、明日以降に持ち越しだ。
この先も、こんな風に未知の生物に遭遇しまくるのかと、私は暗澹たる思いで1日を締めくくるのであった。
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