第12話 探検初日
現在、目覚めた人数の半数以上が、今回の調査に加わった。キューブに残ったのは颯介さんとフランの2人だけである。
流石に不用心ではないかと言及したところ、今現在、キューブの中以上に安全な場所はないと返ってきた。
核兵器やら大陸弾道ミサイルやらを何十発も撃ち込まれても、へっちゃららしい。
そんな彼らに対して、私達は徒歩で未開の地を踏破しようとしている。
安全か安全でないかで言ったら、私達の方が余程、危険だった。他人の心配をしている暇はなかった。
さりとて、ひと昔のように重いナップサックを背負った強行軍…、とか言うことはない。デバイスで必要なものは、その都度、転送出来るし、キューブほどではないが、頑丈なテントも装備品の一つとして支給されているらしい。
そして、常にデバイスの防御力で守られた、なかでの移動だ。心配するほどのことはない。多分。
とは言え、アスファルトの鋪装も踏み固められた土の道ですらない、道なき道を進んで行くのには結構、勇気がいる。
ただし、そう思っているのは、どうやら私だけらしい…。
先頭を歩くのはオートマシン、進化した二足歩行型である。キャタピラ型より、よりスタイリッシュに仕上げられている。
彼?の脳内コンピューターはテレサに連結しており、進路に関しては全てお任せである。
だから、調査隊の面々は、自分達の興味の赴くまま、自由に行動している。
「お!また、カナブンかよ」
動くもの皆、傷つけるじゃないけど、2番目を歩くウィルによって、近付くものは軒並み、殲滅させられている。
いや、待って。攻撃されていないのに、出会い頭に殲滅ってどうなの?
巨大過ぎるからって、退治していいものではないだろう。
「お前、何言ってんだ。あいつに捕まったら、樹液を吸う如く、体液を吸いだされるんだぞ?」
「は?カナブンって草食でしょう?」
花の密とか樹液とか吸ってそう。
「お前の知識にあるカナブンとあいつらは大きく違う。あんなにデカいやつらが樹液だけで足りるものか。
お前は目にしたことがないから、そう思うんだろうが、俺はあいつが動物に取りついて、体液を吸う様をまざまざと見せつけられた。
結構、エグいぞ?
だからな。現在のあいつらは雑食だ。何のために、わざわざ俺達に近寄って来るんだと思ってるんだ?俺達を補食するためだぞ?」
知らなかった…。ただ、デカイだけかと思っていたよ。そんな恐ろしいものへと進化していたなんて。
「大型化した昆虫は全て雑食と思っていい。つまり、肉食と変わりない」
言いながら、前方に現れた、新たな敵を駆逐する。
「お!カナブンかと思ったら、カブトムシじゃん!」
それはかつて、カブトムシだった…。今は、真っ二つに割かれ、ドクドクドクと何やら体液とおぼしきものを地面に垂れ流している。
うーん。これが映画館だったら、R規制がかかったかもね。
「颯介に土産だな」
と、言いながら、デバイスを通してキューブに転送している。
そんなものを送られても、颯介さんは処理に困るだろうと、私は内心思ったが、まあ、言うまい。
こんな風にデバイスでは生物も送ることが可能だ。ただし、生きた人間を転送出来るかと問われたら、出来るかも知れないと言ったところだ。
実際に人間を使って実験していないので、未知数である。動物実験は行われたらしいが!流石に1番目にはなりたくない。
キューブから離れるにつれ、植物体系にも変化が見られるようになった。
「…興味深い」
ヴォルフさんが立ち止まって、まじまじと大きな花を咲かせた植物を観察している。
花の直径は一メートルに程近い。大樹に寄生するかのように蔦を絡ませ、大輪の花を咲かせている。
でも、私は声を大にして、言いたい。
それって、超危険な植物なのでは?だって、大輪の花を広げたものとは別に、蕾のように花びらが閉じられたものの上部から何やら動物の足のようなものが飛び出ていますよ?
結構、大きな動物かと。足の形状から推察するにウサギっぽい。片足だけ飛び出した格好で、しかもピクピクと動いている…。
それって食肉植物なのではないですかー?昆虫を補食するものなら図鑑で見たことがあるけど、動物を補食するものは見たことがないですよ?
「自然界は、このような進化を遂げたのか…!」
ほうっと、何やら感動している模様。
「あら、えげつないですね。動物を補食する植物ですか」
アイシャも興味を持ったようだ。ヴォルさんの隣で、しげしげと眺めている。
「ああ。新しい自然界の摂理だ」
「補食される側にならなければ、いいのですけどね。見た目は綺麗ですしね」
「これも送ろう」
いそいそと蔦の一部を切りとって、転送にかけ始めた。
え…。もしかして、キューブの近くで繁殖させる気なの?怖いんですけど?
「大丈夫だ。実験室で研究するだけだから」
私の心の声を察したらしく、ヴォルさんがそう請け負ってくれた。
「怖がってばかりいては、何も生みませんよ?直接、向き合ってこそ、そのものに有効に対処出来ると言うものです」
「…はい」
小学生に諭されてしまった…。うん。次こそは、頑張ろう!
しばらくは平穏に時が過ぎた。カシャン、カシャンと金属の足を上手に使っ、てオートマシンが歩いていく。
全体のフォルムは○イボ、素材はアルミっぽいのでオモチャのブリキロボットにどうしても見えてしまう。
多分だけど、お父さんの頭にあるロボットって、こんなだったのだろうな。
テレサに一番影響を与えた元・人間は、お父さん以外にいない。
お父さんの思考を再現しているのだとしたら、嬉しいような可笑しいような、複雑な心境である。
私が履いているブーツは重さはもちろん、足の疲れも感じさせない設計をされた近未来型だ。どれだけ歩いても足の疲れを覚えない。
しかし、だからこそ、落とし穴があった。足が疲れないからと極限まで歩くと、全身筋肉痛に襲われるのだ。経験済み。
「この辺りで休憩を入れよう」
原始の森と銘打っても違和感のない密林にも開けた場所はあった。
私達が休憩場所に選んだのは、そんな場所だ。
密林だからと言って、全てが大樹で覆われている訳ではない。空き地っぽい所も、所々にあった。
各自がビニールシートを広げ(ピクニック用ではない。耐熱、防寒、対衝撃用の優れものだ)、その上で各々、寛ぎ始める。
「ご主人、お水ちょうだい!」
ジャングルの難の一つに、水の確保があった。私は、デバイスで転送したコタの水筒を取り出し、コタ用に用意してきたお皿に注いであげた。
喉が乾いていたのだろう。勢いよく、飲み干していく。
「コタ。喉が乾いたら、すぐに言うんだよ?こんな風に休憩ごとじゃなくてもいいからね?」
「分かったー」
最後まで飲み干し、ペロリと舌で上顎を舐める仕草がかわいい。
「もっと飲む?」
おかわりがいるかと問うと、
「うん!」
と、元気のいい返事が返ってきたので、また、お皿一杯に注いであげた。
今度はゆっくりと舐めるように飲んでいく。
私も水分補給をしないとと、人間用のマグボトルを取り出し、ゆっくりと飲んでいく。
はー、水が旨い!
季節は梅雨明けの初夏に近い。梅雨と言ってもスコールだったが。
日本の梅雨空のようにジメジメしておらず、バーッと豪雨が降ったかと思うと、カラリと止む。そんな気候が続いた後の陽気である。
「距離にして、三十キロ近くか。まあまあ、進んだな」
「え?そんなに歩いたの?」
「ああ。楽に歩けていたから、そうは感じないだろうが、2時間程度で結構な距離だな」
「今日はどのくらいまで進む気だ?」
ヴォルフがウィルに問う。
「予定では天辺杉まで向かう予定だ」
「ああ、あそこか」
天辺杉とは文字通り、空まで突き抜けるようにそそり立つ大樹を指した。
杉に似た形状から勝手に呼んでいるが、何の樹かまでは分かっていない。
ただ、キューブから眺めると雲に届くほど高いと言うことだけは分かっている。
「あそこなら百キロほどではないの?少し、飛ばしすぎでは?」
アイシャが言いながら、私の方をチラと見る。
この中で断トツにひ弱な私への配慮と思いたい。お荷物じゃないよね!ね?
「まあ、大丈夫だろう。天辺杉に辿り着かなくても、近くまで進めれば、それでいい。無理をする気もさせる気もない」
「それならば、いいのだけれど。私も子供の体に慣れていないから、少し、心配になったのよ」
「そうか。すまない。アイシャのことはあまり考えていなかった。
俺と同じとまではいかないが、出来る方だと勝手に解釈していた」
「いいのよ。私も自分の限界がどんなものか、まだ把握出来ていないの。
毎日、走ったりして、見極めようとはしていたのだけれど」
この頃になると、アイシャが見た目通りの子供ではないと皆が認識していた。
元気のよい女の子を演じていた仮面が剥がれ落ち、知識と経験の豊富な才女と言う雰囲気だ。
「心と体のバランスがとれないと言うのは、もどかしいわね。
テレサは何故、私をこの年齢で目覚めさせたのかしら?」
そう言えばそうだ。皆、若い外見をしているが、過去の地球において、総じて、壮年から初老にかかった年齢であったはずだ。
若い方が動きやすいと言う点で有利だが、小学生並みとなると逆に動き難くなる。
「恐らくだが…、テレサはかつての我々の経歴から、この年齢から再出発をさせたいと考えたのだと思う」
ヴォルフが自分の言葉を一つ一つ選ぶかのように、慎重に発言した。
「どういう意味?私が子供に戻って、やり直すことに何の意味があると言うの?」
「…君は家族に恵まれなかっただろう?」
「…」
アイシャが虚を突かれたように黙り込んだ。
「すまない。失言だった」
「いいのよ。そう、そうなの…。昔の私には考えられなかった、無邪気な時代をやり直させようと、そう思ったのね?」
お節介な機械だわね。アイシャは目を伏せて小さく、呟いた。
皆、自由奔放すぎる。
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