第10話 地球も頑張ってる

アイシャに付き合って採集した結果、色々なことが分かった。とは言え、専門的なことは私の理解を越えるので要約すると、地球は何度となく変遷したらしい。

未知の成分で構成された隕石の落下後、地球は死の惑星となった。文字通り、水も植物も生えない不毛の大地だ。

それから大気中の水蒸気が集まって、雨が降った。大洪水を起こした後、今度は氷河期を迎えた。

地球は何度も渇いたり、氾濫したり、凍ったりと変遷を続けたらしい。

そんな地表とは完全に隔離されたプラント内で、私達はひたすらに目覚めの時を待ち続けた。


「地球は安定しているってことで間違いないのね?」

「ええ。この200年あまり、天候は常に安定し、四季の移ろいも見られるようになりました。この先、地表が干上がることもなければ、氷で覆われることもないでしょう」

調査結果を要約してもらい、私はテレサに確認する。

「もしも、この先、そんな環境に陥ったとしても、プラント内で安全に暮らしていただけます。キューブの地下にあるプラントの拡張は続けられていますし」

1000年前は遺伝子を保管するのが精一杯だった、狭いプラントも、その間、拡張し続けた。オートマシンもその時の産物だ。

「1000年は長いようであっという間でしたね。富樫と一緒なら、退屈しませんでしたし」

え?何それ、ノロケ?お父さんと一緒なら1000年でも、万年でも一緒にいたいって言う…。


「けれど、人はやはり、空気や風を感じたり、太陽の光を浴びたいでしょうし、外の世界で暮らす方が賢明でしょう」

「うー。まあ、そうだろうね」

プラント内でも太陽光に代わる設備は整えられており、空気だってある。

でも、それはあくまでも疑似的なものだ。室内に閉じ籠っているのは体に良くない。


「地球はそうやって何度も何度も浄化を繰り返して、今の地球になったんだねえ」

私は、土をすくって眺めた。

午前中の、まだお日様も高くない時間、気持ちのいい風が吹いている。

「そうですね。今の地球は、過去の人間が汚して駄目にしてしまった地球ではありません。まっさらな地球なのです」

「うん」


だから、今度こそ、間違えないようにしないといけない。二酸化炭素の過剰な排出による地球温暖化、タンカー座礁などで漏れた石油、プラスチックゴミの流出による海の汚染。工場や発電所で生じた大気汚染や土壌汚染。過剰な森林伐採などなど。

私達は便利な生活を享受する一方で、地球を汚してきた。

今の地球で同じことを繰り返してはならない。

「地球も頑張ってくれたんだよねえ。今度は私達が頑張らないとね」

私は、私の足元を支えてくれている地球に感謝を送る。

テレサは何も言わなかったけれど、彼女も喜んでくれているのを感じた。


一昨日と昨日は、アイシャやヴォルさんのお手伝いをしたので今日はフランの手伝いをすることにした。

プギプギと鳴いている豚達は、つい先日、仔豚だったのが信じられないくらいに大きくなっていた。

「ほーらほら。エサだよ〜」

オートメーションで餌やりも行われているので、私が与えているのは補助的なもので、新しい地球で実ったトウモロコシの実。昨日、収穫したばかりである。


「大きくなーれ。美味しくなーれ」

と、豚にしてみれば不吉な呪文を呟きながらの餌やりをサクサクと行う。

「ぷっ。何ですか、それ」

養豚場の隅にある作業台で個体チェックを行っていたフランに笑われた。

「いやー、その。このトウモロコシって、新しい地球で育ったものでしょ?」

「そうですね」

「だから、農作物みたいに早く育つかなって…」

「一理ありますね。地球の土壌が昔と違うのは明らかですから」

「そうだよね!」

「けれど、植物と同じ様に家畜が急速に育つのは良いことだとは思えません」

「え?どうして、そう思うの?」

人数が増えたことを想定しての食料事情の改善にも役立つよね?


フランは手にしていたペンを置き、こちらへと向き直った。その顔は、怖いくらい真剣だった。

「僕達もそうだったでしょう?記憶すら残っていませんが、人間の赤ん坊のように母親の胎内で育った訳でもなければ、人間の子供のように年月を重ねて年をとった訳でもない。ある日、突然、知識を刷り込まれた状態で目覚めさせられた。

目覚めさせられた時、早希には違和感や恐怖はなかったんですか?」

「私は…」

確かに驚いたけれど、再び、お父さんと出会えて嬉しかったし。その直後、唐突な別れに悲しみしか感じなかった。

けど、それは言ってはならないことだ。記憶を持って生まれたことは。


「私は混乱したけど、すぐに颯介さん達が来てくれて、テレサから説明を受けて、すんなりとはいかないけれど、納得出来たかな」

「…そうですか。僕は混乱し、それから恐怖を覚えました」

「恐怖?」

「ええ。だって、自分のなかにある記憶は、本当の自分のものではないでしょう?」

そうなのだ。私以外に過去の自分の記憶を持って生まれた者はいない。それは単なる知識だ。

新しい自分には、本来、なにもないはずなのだ。

「それなのに、自分は、かつて、こう言う人間だったから、それを生かしてくれと言われても、恐ろしさしか感じませんよ。

僕はヴォルフさんと同時期に目覚めたから、彼に今の気持ちを尋ねたら、彼からは「神に感謝する」と言う回答しか返ってきませんでした」


神様か、私もテレサが神様なのかって尋ねたものね。けど、彼女は違うと言った。

「最初に誕生した人間もそうだったのかな?今のフランみたいに、自分とは何かって考えたと思う?」

「え?」

「そんなことないよね?あるがままの自分を受け入れて、出来ることをして出来ないことは頑張ったはずだよ。今の私達とどう違うのかな?」

「けど、それは!それは自然の摂理のなかで生まれたのであって…」

「うん。そういう意味では私達はまがい物なのかもしれない。けど、それが何?

ここにちゃんと存在して、生きている。それだけで十分じゃない?」

少なくとも私にはそうだ。わずか16才で病気で死んだ、私には。

「生命を軽んじようとは思わないよ。不必要な遺伝子実験をしようとも思わない。

私にはそんな頭はないし、颯介さん達だって、そうじゃないかな?

これから誕生してくる人達で実験しようなんて思ってないよ。あるがまま、生まれてきてくれれば、それで十分だよ」

笑ってそう言うと、何故たが、フランが痛いような顔をした。


―どうして?


「あなたがそう言うなら、そうなのかも知れませんね」

フランがこちらへと背を向けた。再び、作業を始めた後ろ姿に私は何も言えなくなった。


「それでね。私はフランにそう言ったの。何か、間違ったかなあ?」

「ふうん?」

午後の昼下がり、私は颯介さんの執務室へとお茶を運び、一緒に休憩していた。

その際、午前中、フランと交わしたやり取りを話して、意見を聞いてみた。

「確かに、これまで目覚めた者のなかで、フランが一番、混乱しているようでしたね。

何故だ、どうしてと何度も繰り返していましたから」

「そうなんだ…」

やっぱり記憶がないことは、恐ろしいことなのだろうか。

「颯介さんはどうだったの?一番最初に目覚めたから、誰もいなかったんでしょう?」

「そうですね…」

颯介さんはコトリとカップを置いた。それから両手を顎の下で組んで、どこか遠くを見つめるような顔をした。

「恐怖はなかったと言えば、嘘になりますが、単純に選ばれて嬉しいと言う感情の方が大きかったですね」

「選ばれて嬉しい?」

「私は自己顕示欲が強い人間だったようです。一度滅びた地球を新たに作り直す、そのメンバーに選ばれたことを誇らしいとさえ、感じました。

俗に言うと、ラッキーですかね?」

「ラッキーですか」

「ええ。こんな心踊る事業の一翼を担えるなんて、ラッキー以外に言葉はないですよ。フランは繊細故に、少しばかり、考えすぎなのかも知れません。もちろん、悪い意味ではないですよ。繊細であることは慎重であることに繋がりますからね。

まあ、ウィルのように生まれ変わりなんて凄え!なんて、第一声は、そうそう聞けるものじゃないでしょうがね」

「そんなこと言ったんですか?」

「言いましたねえ。私としては、最初の子なので冷静に対応しなければと、それなりに気構えていたのに、とんだ拍子抜けですよ」

「あはは。なんか目に浮かぶ」

「…そんなものですよ。誰しも何かしらの葛藤を抱えながら、この地球で目覚めた。

そして、目覚めたからには働いてもらいますけどね」

「はーい」

それから、二人で顔を見合せて笑いあった。


突然、バタンと扉が開き、ウィルが部屋の中へと入ってきた。

「こら、ちゃんとノックしろと言ってるだろう?」

「うるせー。ここだけ、アナログってどうなんだよ?」

颯介さんの執務室は自動ドアではない。他は全てそうだ。

「私は、古き良き時代を忘れたくないだけですよ」

「は。意味わかんねえ」

ウィルが抱えて来たのは、分厚い書類の束だ。パソコンで全て管理しているが、資料やなんかは紙を利用している。

「開拓計画の草案。目を通しておいてくれ」

「やれば出来るじゃないですか。いつもそうだと助かるのですけどねえ」

ふうっとため息をついて、草案を取り上げる。

「おい、俺にも茶」

「下さいでしょ?」

「ぐ、お茶を入れて下さい」

「はいはい」

ウィルは自分の口の悪さを反省してか、こんな風に直す努力をしてくれる。

まあ、大概、余計な一言を言って怒らせるのは直りそうもないんだけどね。

努力は認めるので、私もあえて突っ込まない。


「はい、どうぞ」

ウィルは珈琲党かと思えば、以外にも紅茶を好む。颯介さんは珈琲だ。

「そう言えば、紅茶の木ってあるのかなあ?」

まだまだ、ふんだんに茶葉はストックされているが、無限ではない。

「あ?この辺りでは見かけないな」

かつての沖縄のあった辺りだから、紅茶の木があってもおかしくない。

インドやスリランカあたりが有名だったから、寒さより暑さに強い気がする。

「植えてみようか?」

「あん?」

「ねえ、テレサ。紅茶の木の種ってあるの?」

私は、空中に話しかける。

「ありますよ。けれど、調査して自然にあるか確認した後でも良いのでは?」

「あー、開拓に向けた調査かあ」

「たった今、目の前で颯介に渡してただろが。お前も行くか?」

「は?いやいや!私が行ったって、ただの足手纏いにしかならないよ。戦える人とか調査出来る人じゃないと」

ウィルが調査団のリーダーだ。どのルートでどういう日程かを提案し、颯介さんに確認してもらっている。

「ルートや行程に関しては問題ないでしょう。あとは人員ですね」

「おう!で、どうする?」

ちょ、まだ話は終わってなかったの?さっき、断ったよね?

「あり得ないから!」

「別にお前に戦えなんて言ってねえよ」

「当たり前じゃない。護身術さえ覚束ないのに」

「習えばいいだろうが。暇をもて余してるんだろ?」

ホントに失礼だな。私には専門的な知識がないから、基本、暇だって分かって言ってる。

「そうだけど!付け焼き刃で何とかなるってものじゃないでしょう?」

「何のためにデバイスを装着してんだ。身を守るためなのはもちろんだが、戦うためだぞ?」

「それはそうだけど…さ」

「じゃ、明日から特訓な」

「勝手に決めないでよ。颯介さんからも何か言ってよ」

「戦える要員が増えるのは大歓迎です。頑張って下さいね」

そう言って、ニコリと微笑まれた。

こうして、私の戦闘訓練が開始されることが決定した。
















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