第9話 地質調査をしよう

近くを流れる大河までの道筋が完成したことで、私達はさらなる開拓を進めることにした。

最初に颯介さんが目覚めてから、一月あまりが経過したが、私達以外に新しく目覚めた者はいない。


「どうして他の人を目覚めさせないの?」

日中の仕事を終えて、今はプライベートタイムだ。私は、眠る前の一時を、ベッドの上で三角座りとなって、足元にいるコタを撫でながらテレサに問うた。

「どうしてと問われても困るのですが…。期が熟していないとしか、答えようがありませんね」

「でも、もっと土地を広げる予定なんでしょう?人手があった方が助かるのではないの?」

「人手なら、オートマシンで十分用が足りるはずです。開拓するのは彼らであって、あなた方に求めるのは、その水先案内人たる役割ですから」

開拓によって広げられた土地の有効活用、都市計画とか宅地開発等の計画を決めるのは人で、実際に作業するのは機械だと言うことらしい。


「もともと、プラントに眠っている人達は力仕事をさせるために有象無象を揃えたのではなく、知識や技術の継承を追求した結果、選ばれた人達ですから。

もちろん、ビルの建設や家を建てる段階になれば、それらの技術者が必要とされるでしょう。そうなれば、彼らを目覚めさせる必要性が生じます。

けれど、今は試験的な段階なのです。あまり人数が増えすぎても、それぞれが好きに主張したり、反対意見を述べたりして、かえって動きにくくなるでしょう。

能力の高いものは、それだけ己たる意識が高いものです。今は少人数故に、それぞれが纏まっているのですから」

なるほど、一理ある。リーダーシップをとりたい人が大勢いたら、決定するまでに時間がかかるだろう。

プラントに眠る人達がどれくらいの人数なのか知らないが、仮に一気に1000人を目覚めさせても、生活する場所がない。

それに中途半端に人数だけ増えてもテレサ以外に管理する者がいなければ、統率がとれないだろう。颯介さんはトップにあって指示を与える立場であり、管理する者ではない。

だからこそ、今のこの人数なのだろう。


「でもさ、女の子が一人だけって言うのは、やっぱり問題があるんじゃない?

別に色恋がどうのこうのという訳じゃないけど、潤い成分?不足って言うか」

私は颯介さんや皆のことが好きだ。けれど

そこに男女の感情はない。

「女の子同士の会話とか、そう言うのが足りないって言うか」

「あら?私とでは会話になりませんか?」

「うーん。テレサは女の子同士と言うより、家族みたいな感じ?」

「お母さんって、呼んでくれてもいいですよ?」

私の母親になりたがるAIって、どうなんだろう?

「ごめん。そこは許して。私のお母さんは亡くなったお母さんだけなの」

「…残念です」

本気で残念がられても…。と言うか、テレサが好きなのはコンピューターと同化した後の、お父さんであって、生身のお父さんじゃない。

もし、テレサが人間でお父さんと再婚したいと言って来たら、今とは違った対応になったと思う。

でもねえ、お父さんはコンピューターとしての寿命を全うし、もはや故人。

テレサには悪いが、お母さん云々は、無しの方向で頼みたい。


そうした会話を交わした日から数日後、新しく目覚めた人を颯介さんから紹介された。

女性、そう、女の子だ。

「初めまして!アイシャって言います。よろしくお願いします!」

そう言って、ツインテールの髪を揺らして、かわいらしくお辞儀する。

「年は10才です!」

うん。紛れもなく女の子だね。

「得意なのは地質調査です!」

「へえ。地質学者なの?」

フランが面白そうにアイシャを眺める。

「地質の調査もそうですが、地層の研究をやってました!」

「考古学的な?」

「そうですね。地層によって地球の年代や何が起こったのか紐解くことにロマンを感じます」

そうして、質問にハキハキと答えていく。


しっかりした10才だね。栗色のウェーブのかかった長い髪と大きな緑色の瞳が印象的な少女である。頬に散ったソバカスも愛らしい。

アイシャを中心に男性陣が次々と質問をしていくのに、テキパキと答えている。

私は地理?は不得意なので、専門的なことが分からず、傍観していた。


そんな私にアイシャが興味を向けてきた。

「お姉さんのお名前は?」

「ええと。私は早希よ。特にこれと言って専門にしていることはないから、今は皆の助手的な感じかな」

これと言って専門的なことはないって嘘です。何の取り柄もない、ただの一般人です。

「そうなの?じゃあ、私の助手もしてくれるの?」

「ええ。出来ることがあれば」

「そう!よろしくね!」

差し出された小さな右手を、きゅっと握り返す。私は、妹が出来たようでホンワカする。

だって、この時は思いもよらなかったのだ。アイシャが見た目通りの子供ではないと言うことに。


アイシャは子供だし、同室の方がいいのでは?と提案したが、本人が動物と一緒だと気が散ると言って、辞退した。

コタは「僕はちゃんとお利口さんに出来るのに」とショックを受けていたが、動物があまり好きではないのかも知れないと慰めておいた。犬嫌いでも動物アレルギーでもない様子なので、おいおい仲良くなれるだろう。


翌朝、私はいつものミーティングを終えると、アイシャに手招きされた。

「この後、用事がなかったら、私に付き合って!」

私に二つ返事で引き受ける。フランの所もヴォルさんの所も、私がいてもいなくても困ることはない。

「近くの地層を確かめたいの」

この近くに崖があり、そこに行きたいそうだ。

お供にコタを引き連れ、私達は徒歩で出発する。女子供(仔犬)だけでも、お気楽なのは、この辺りの怪虫は、あらかた駆除されていたからだ。

それに秘密兵器もある。

「これに対ショック防御がつけられているんだよ〜」

左手の手首に装着されたデバイスをアイシャに見せ、使い方をレクチャーする。

「作動すれば、即座にテレサに報告が入るから、外敵から身を守りつつ、救助を待つことが出来るのよ。凄いでしょ?」

私は、自分が開発した訳でもないのに得意になって話した。

「そうなのですか?これには転落防止効果はついているのですか?」

「転落?高いところから落ちたらどうかってこと?んー?テレサ、どうなの?」

ピピッとデバイスを操作し、テレサと回線を繋ぐ。まあ、彼女は暇さえあれば?、私を見守ってくれているらしいので、あえて繋ぐ必要はないのだが。

「もちろん、効果があります。どんな高さから転落してもガード機能が働き、負傷することはありません」

「まあ、それはそれは。助かりますね!」

「ん?」

アイシャってば、階段からの転落を気にするなんて、うっかり屋さんなのかな?


違いました!階段からの転落ではなく、崖からの転落でした!

しかも、結構な高さだ。

「地層を調べるのですから、こんなのは当たり前ですよ?」

隆起したらしい崖は見上げるほどの高さだ。オートマシンで足場を作ってから、崖の中層を削る作業を行う。

化石なども発掘されるので機械より人の手で作業するほうがいいらしい。


「ひいいい」

カラリと音を立て、足場が崩れる。コロコロと下へと転がっていく石を、私は嫌でも目にする。

命綱もあるし、デバイスのガード機能も働いているものの、怖いものは怖いのだ。

「もう!手がお留守ですよ!」

「ご、ごめんね?」

コツコツと根気がいる作業である。それをアイシャは苦もなくこなしている。

姿形は小学生でも、その手つきは堂のいった熟練者である。

「あなたはあくまでもサポートですから、それほど期待はしてませんけど、地質調査は新しい地球の歴史を知る上で、とても重要な役割を果たします。

気を抜かないよう、お願いしますね」

「は、はい!」

まんま、先生と生徒である。年齢は関係ないんだね。じわっと涙が滲んだ。私、高校生なのに小学生に指導されてるよ。


それから黙々と作業は続けられたが、夕方近くになった頃、「迎えに来た」と、寡黙なヴォルさんが迎えに来てくれたので、本日は終了する。

オートマシンに発掘したものや道具を運んでもらい、私は手ぶらで帰る。

慣れない作業はことのほか堪えたらしい。足元がふらついた。

すると、ヴォルさんが私の前で屈みこんだ。

「ほら」

どうやら、おんぶしてくれるようだ。普段なら断るところだが、私はそれに甘えた。だって、本当に疲れていたのだ。


『少しは気を使ったらどうだ?』

半ば、うとうとしてヴォルフさんの肩に頭を預けていた私は、耳慣れない言語を耳にした。どうやら、フランス語らしい。

『何よ。説教するつもり?この子より私の方が年下なんだけど?』

アイシャはスイス出身。ヨーロッパをフィールドワークの舞台に活躍していたとのこと。

ヴォルさんと面識があってもおかしくないが、彼らに過去の記憶はないはずだ。

『あなたとは大学で同期だと言う記録が残ってるから、それで私に意見しようと思ったのでしょうけど、お門違いもいいところよ?

あなただって気付いているはずよ。

この子は何も持たない。なのに、ここにいるってことを』

『…早希はいい子だよ』

『いい子かどうかは、この際、問題ではないの。使えない子供が、何故、選ばれたかってこと。

まだ、人数が少ないから弊害もないし、誰からも文句は出ていないわ。

けど、この先はどうかしら?誰も彼もが素晴らしい見識や技能を有しているなかで、一人だけ持たない人間が混じっていることに怒りを覚える人間が出てこないとは限らないのよ?そのことに関して、あなたはどう思っているの?

たった1日付き合った私でさえ、感じたことよ。すぐに露見するでしょうに』

『テレサが彼女を保護している』

『コンピューターが?それが何?コンピューターの申し子とでも言うつもり?

いえ、いえ、違うわ。コンピューターじゃない、私達の…』

『よせ。いらぬ詮索だ』

私は、ヴォルさんの怒った声を初めて聞いた。けど、眠くて仕方ない。

『ああ、そうなの。全部、承知の上なのね。多分、颯介も』

二人の会話は続く。けれど、私は半分、夢の中だった。フランス語って子守唄がわりになるんだね。

ヴォルさんの背中は大きくて暖かくて、まるでお父さんの背中みたいと、私は気持ちのよい揺れの中にいた。

だから、それから二人がどう決着をつけのか分からない。

目が覚めたら、自分の部屋のベッドの中だった。着替えは…、いや、いいや。

パジャマに着替えさせられていたけど、余計な詮索はするまい。すでに経験済みだからね!


朝食をとりに食堂へと入った。

「おはよう、早希」

「おはようございます」

私を除いた全員が揃っていた。

私は椅子を引いてくれた颯介さんの隣へと座る。大抵、ここが定位置である。

アイシャは…と見れば、別のテーブルでフランと、おしゃべりをしていた。

美男美女のカップルだね。ただ、相手が子供過ぎるけど。

きらびやかなヨーロッパ勢に目を奪われる。

「体は大丈夫か?」

ボソリと向かいに座る、ヴォルさんが聞いてきた。

「ありがとう。寝ておきたら、すっきりだよ。

昨日はおぶって帰ってもらって、ありがとう。私ったら、途中で眠っちゃったみたいで、お礼も言わなくてごめんなさい」

「慣れない作業で疲れたんだろう。今日はゆっくりしたらいい」

「そうするね。のんびり畑のお手伝いをするつもり」

「いや…」

ヴォルさんは暗に休養を勧めたが、私は私の出来ることをする。

だって、何もない私が、ここにいる意味を見失いたくないから。

「…分かった。昨日はトウモロコシを植えたから」

「ええ!楽しみ!茹でて食べたら美味しいよね!あ、あと、シチューに入れてもいいか。でも、暑いからシチューっていうのもね」

献立が色々と浮かぶ。

そんな私の様子をヴォルさんは嬉しそうに眺めていた。


少し離れた席でおしゃべりをしていたはずのフランが、じっとこちらを見ていたのに、私もヴォルさんも気付いてはいなかった。

そんなフランを見て、アイシャが一つ、ため息をついたのも。

「…色々とややこしいわね」

小さな呟きは誰の耳にも届かなかった。


アイシャは見た目に反して、中身は大人の女性だった。

目覚めた時、どうしてこんな幼い姿にしたのかとテレサに尋ねたら、

「早希に妹が出来たら楽しいと思って」

と言う、返事がかえってきた。

誰よ、その早希ってのは。アイシャは苛ついた。

知識とは、その人を形作るものだ。アイシャの持つ知識は、子供が持つには手に余る。それなのに、小学生とは。


「…面倒は御免なんだけど」

アイシャは家族を持たなかった。研究するのが好きだったし、夫や子供を持ちたいとも思わなかったせいだ。

それに以前の私は、これほど綺麗じゃなかった。幼い頃、シングルマザーであった母親から熱湯を浴びせられたからだ。それで左頬から顎のラインにかけて火傷の跡が残った。

一人きりでの子育てに苛ついた結果、母親は赤ん坊を虐待していたのだ。火がついたように泣きわめく、赤ん坊の鳴き声から警察に通報がいき、アイシャは保護された。

保護された養護施設から国立大にストレートで入学した秀才で、数々の表彰も受けた。華やかな名誉もそれに伴う羨望もアイシャには必要なかった。

何故なら、アイシャはいつも一人だったからだ。

「家族も兄弟も必要ないのに…」

家族ごっこに付き合うのはうんざりだ。アイシャは、半ば冷めた紅茶をコクリと飲み干した。









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