第8話 川辺にて

道中、何やかやと揉めたりもしたが、自動運転車はゴトゴトと自分の仕事を忠実にこなしたようで、私達は対岸がはるか遠くに見通せる川辺に辿り着いた。

前回、モニターを通して見た河は、大雨の後だったので、ごうごうと濁り、唸りを上げていたが、今日、表面を見た限りでは穏やかな流れである。


「ふわあ。やっぱり、大きな河だねえ。ここに橋をかけたりするのかな?」

「その予定だぜ。ここまでのルート開拓も、橋の建設を見据えたものだし」

「颯介さんは色々と考えているんだねえ」

キューブ内外問わず、颯介さんの働きには驚かされる。

私の知らない間に、着々と地球復興への布石を投じているようだ。


そんな私の情景じみた感想に、ウィルがムッと顔をしかめた。

「あのな!俺だって、計画に携わってんだけど!」

んん?何か言った?

「無視すんな!」

「もー、うるさいなあ。自分から自慢するなんて、人としての器が小さいよ」

「うるせえ!小さい、言うな!」

子供だねえ。ウィルってば、黙っていれば、颯介さんクラスの美形なのに、どうしてこう残念なのか。

「あ、ねえねえ。外に出てもいい?」

私は、面倒なので話題を変えた。

「駄目に決まってるだろ!」

「ええ?どうしても?」

「駄目だ」

ウイルの言いたいことは分かる。ここは安全圏から外れた、未開の地だ。

私達の乗っている、装甲車の中は要塞並みに安全だと聞いている。

「外の空気が吸いたいな〜」

カリカリと窓を爪で引っかいて、外に出たいとアピールする。

「窓を開けるのも?」

「論外。もし、車内に侵入でもされれば、それこそ逃げ場がなくなる」

「う〜」

「だったら、こうしようぜ。集積用のオートマシンを後ろに積んでるから、それで様子をみよう」

装甲車の人が乗る部分と後部の作業スペースは完全に分離している。

ウイルは車の中央、モニター部分を指でタッチする。すると、パソコン画面が表示され、そこで何らかの入力を行った。

すると、ブウウウンと後部ハッチが開き、オートマシンが一台地面へと降りていった。


バックモニターにその様子が映し出され、中からでも確認出来た。

普段、見慣れたキャタピラのついたオートマシンが一台、コロコロと音を立てて、川岸へと近付いて行く。

その距離、およそ1メートルといったところか、オートマシンが停止する。

ウイルが再び、操作して、彼?の視点でモニターが切り替わった。そこには河の中が詳細に映し出されていた。

「おおー」

意外と澄んでいる?

川辺には小石がじゃらじゃらと散乱し、裸足で歩くと痛そうだ。

モニターが回転し、周辺を次々と映し出す。

「魚とかはいないのかな?いても、淡水魚だろうから、フナとかかな」

「どうだろうな。ブラックバスはいるかもな。不味いけど」

「あ〜」

日本に持ち込まれて、爆発的に増えた外来種だねえ。昔のテレビ番組で駆除しても使い道がないってやっていたっけ。


私達の乗った装甲車が停止している場所は川岸から10数メートルは離れた場所だ。

河の中までは覗いては見れない。

オートマシンが水面を覗き込もうと、頭部を伸ばした。ロクロ首のように頭だけ伸ばせるのだ。

川岸でさえ結構、深い。透き通るとまでいかないが、割りと綺麗だ。

オートマシンの目を借りて河の中を眺めていると、黒い何かが浮上してくるのが見えた。

「あれ?魚かな?」

「うん?それにしてはでかいような…」

どんどん近付いてくる。

そして―。


「ぎゃあああああ!」

私は悲鳴を上げて、ウィルに抱きつく。

「うわっ!」

それを目撃したのと、いきなり私に抱きつかれたのとでウィルも叫んだ。

それは大きな丸い口にびっしりと鋭い歯を生やした、ウナギに似た生物だった。私の知るウナギより、明らかにでかかったが。胴体部分が軽く1メートルはあった。

ウナギの大蛇クラス、ものすごく大きなアナコンダと言ったところだろうか。

そいつは川面から飛び上がって、オートマシンを一呑みし、それから再び、河の中へと消えていった。


モニターから、ジジジジと異音が流れる。

「ちょ、なに、何なのよ。あれは!」

我に変えると、ウィルのシャツを引っ掴んで、ユサユサと揺すった。

「俺が知るかよ。ウナギじゃねえか?」

「あんなに大きなウナギがいる訳ないでしょー!」

私は、恐慌状態になってしまった。カナブンの衝撃よりもひどい。

「こんなの、私の知っている地球じゃなーい!!」

「ご、ご主人ー!しっかりー!」

私につられたように、コタがキャンキャンと吠えまくる。

装甲車のなかは、ある種のパニック状態に陥ってしまった。


と、そこへバラバラバラとモーター音が頭上からふってきた。

モーター音はだんだんとこちらへと近付いて来ているようだ…。

すると、目前にヘリコプターが着陸した。ヒュンヒュンとプロペラが惰性で回る。


私の目が点となる。人は驚きすぎると、もはや何も考えられない生き物らしい。

ヘリコプターのドアが開くと、大中小の人影が地面へと降り立った。

彼らは真っ黒なゴーグルにヘルメット、そして、迷彩色のツナギを着ていた。しかも、両手に巨大な火器を抱え込んでいた。

これで、防弾チョッキを着こんでいたら、まんま、軍隊だ。

「や!二人きりの散歩は楽しんでもらえたかな?」

中くらいの人がゴーグルを外した。

「颯介さん!」

「ヤッホー」

能天気に手を振る。残りの二人は、わざわざゴーグルを外すまでもない。ヴォルさんとフランだろう。

「は?あの、ヘリコプター?」

「ええ。今回は地上班と空中班とで分けて調査する予定でしたから」

「あの、聞いてませんけど」

「サプライズです」

「は?」

唖然とする私を放置し、颯介さん達が川辺に集結する。

「河の中ならともかく、岸部にいても安全ではないようですね。これはもう、駆除したほうがいいのか…」

「一匹、捕獲させて下さい。食用に向くなら護岸を強化すればいいですし、向かないならある程度まで間引いた方がいいですね」

フランの提案に颯介さんが頷く。

「ちょ、食用って。あれを食べるの?」

「出来れば、そうしたいですね。あれだけ大きいと食いでがありますし」

「食料事情改善のために、食べられるものとそうでないものを区別するのは当然でしょう?」

何を今さらと言う顔で、二人が私の方を見る。

そうなの?私が間違ってる?いやいや、あんな化け物を食べようとは普通は思わないよね?

「さて、ハンティングを始めましょうか」

むふふと副音声が聞こえてくるようだ。颯介さんってば、好戦的なタイプだったのか…。


三人によって、ウナギ?の捕獲作戦は着々と進められていく。

私達、私とウィルとコタは、車外に出る許可を得たので装甲車付近で待機だ。

「私達って、何だったんだろうね」

「あー、何だ。颯介のヤツがもっと親睦を深めろとさ」

「親睦?」

確かにウィルとはあまり接点がない。会ってもケンカになることが多いし。主にウィルのせいだが。

「俺達は最初の5人だ。後から人数がどれだけ増えようと、それはこれからも変わらない。兄妹なのもな」

「…なるほど」

それが言いたかったのか。何だか、まだるっこしいね。

「兄妹、ね。いいよ、それで。私達は、新しい地球に生まれた、最初の兄妹だね」

「ああ、そうだ」

そう言って、ウィルが綺麗な顔で笑った。


もう、不意打ちは心臓に悪いよ。黙っていれば、すごいイケメン故に笑顔の破壊力が半端ない。

兄妹で良かった。これが彼氏とかなら、毎日が大変だったろう。恋人がモテすぎて。


川辺の3人はと見れば、わーわー言いながら釣り?を楽しんでいる模様。

オートマシンを飲み込んだ一部始終を空から目撃していたようで、囮を使って、再び、姿を表した怪魚ウナギをレーザーの網で捕獲していた。

陸に上げられたウナギがビチビチとうねっている。

ウナギに似ているが、微妙に違うようだ。鋭いオビレやヒレもあり、ウナギのように鱗はないが、真っ黒ではない。

銀色の筋が縦に走っている。うーん、ウナギとタチウオを足した感じだろうか。

どちらも視覚的にはアウトなんだけど。特にタチウオは嫌だ。深海魚っぽい顔が気持ち悪い。身は美味なんだけどね。


「捕獲完了ですよー!」

嬉しそうに、こちらへブンブンと手を振る颯介さん。うーん、この人も子供だったか。

「お!俺にも近くで見せろ」

ウィルがそう言いながら、川辺へと駆けていく。

ちょっと、あなた、私の護衛なんじゃないの?まあ、コタがいるからいいけど。

ヴォルさんも無表情ながら、巨大魚に興味津々のようだ。

フランは言わずもがな。生物学のスペシャリストとして、早速、観察している。

私は、そんな4人を遠くから生温く見つめる。心境としては、一気に4人もの大きな子供が出来た、お母さんのような気持ちだ。

あれだね。ウィルは兄妹って言うけど、子供だよね。


大型ウナギを空中輸送し、キューブへと運び入れた。この先はフランとテレサにお任せである。二人して調査研究を行い、運が良ければ(いや、悪ければか)食用にまわされる予定だ。

私は小休憩を終え、いつものルーティーンへと戻る。そう、農業だ。

「まさか、巨大植物を見て癒される時がくるとは思わなかったな」

畑の作物がまたしても、早々と収穫期をむかえようとしていた。まだ、一月も経っていないというのに。やはり、隕石と衝突したことで地球の大地は、大規模な進化を遂げたようだ。

「トマトがメロンみたいだな〜」

もはや驚かない自分が悲しい。オートマシンと一緒にせっせと収穫していく。

これだけ大きいと種も大きいよね。生かじりは危険かも?スイカのように種を吐き出しながら食べるとか?

「うーん。種も食べられますネ」

ヴォルさんががぶりとトマトにかじりついていた。相変わらず、躊躇しない人だね。

ならばと私もと、トマトにかじりついた。

トマトの酸味と甘味が絶妙のハーモニーを奏でる。

うん、種は気にならない。ちょっとだけ、プチプチ感はあるが、こんなものだろう。

「塩もありますヨ〜」

さすがだね!トマトには塩が欠かせないもの。私は、有り難く、ヴォルさんから受け取って振りかけた。

モグモグモグモグ。


はあ〜、今日も無事で良かった。私は、脳内日誌に怪虫に続いて、怪魚と遭遇したと新なページに付け足しておいた。

次はなんだろうか?と、未知の地球生活に身震いを一つするのであった。













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