第7話 お散歩と過去の記憶
コタの役割が決まった。そのものずばり、狩り担当だ。
猪の群は結構、大きかったらしい。コタが毎日、一匹ずつ狩ってきたため、猪達は驚異に感じたようで群はキューブ周辺から離れて行ったようだ。
野菜も大切だけど、動物性タンパク質も大事だよね!だけど、ものには限度というものがある。猪料理なんて、そんなにレパートリーがないし。
本人はまだまだやる気だったようで、「追っかける?」と、小首を傾げて聞いてきたので、「いや。猪はもう、十分かなあ」と、答えておいた。
うん、ほんと。この先、もっと人口が増えたら、また、お願いします。
本日の議題―、『川までのルートを作成しよう』。
毎朝、恒例のミーティングにて颯介さんが提案してきた。
「そろそろ、行動範囲を広げてもいいと思うんだ。川までのおおよそのルートはあたりをつけているので、実際に行ってみることで現地調査を行うことにしたい。
誰か立候補する者はいるかな?」
「すいません。何故、立候補なんですか?危険はないのですか?」
私が挙手して問う。
この世界の生物は、とにかく巨大だ。そのため、それなりに破壊力もある。キューブの周辺はセキュリティが万全で、きっちりと管理されているが、その範囲外は未知数であったはずだ。
「今回は問題ない。川までの道のりは、既にオートマシンで舗装を終えているし、自動運転車に乗って行くだけだから。
まあ、息抜きをかねた散歩でも、どうかなって所だね」
自動運転車は、コンピュータ制御でドライバー不在で行きたい場所に行ってくれる車のことだ。オートマシンは全くの無人だけどね。
1000年前は、公道を走らせるまでには至らなかったと記憶しているが、もう完成していたのか。
まあ、これだけ年月が経ったのだ。きっと問題はないだろう。
「ええっと。危険がないのなら、立候補します」
「そうか。行ってくれるかい?」
「はい。ここで決まった業務がないのは私だけだし。護衛なら、コタもいますし」
「任せて、ご主人!」
私の足元に伏せていたコタが、元気よく答える。
そんな私達の初の冒険に、反対意見を唱える者がいた。
「いや、待てって。仔犬連れで女一人って、どう考えても駄目だろう」
「おや。それじゃ、ウィルも行くかい?」
「ちっ。仕方ねえな」
「ええっと、私達だけでも大丈夫ですよ?」
ウィルと道行きって、何かの罰ゲーム?コタとのんびり行って来たいのに。
「何だよ。文句でもあるのかよ?」
ギロリと睨まれた。
「いえ、滅相もないです」
金髪碧眼の美形が睨むと、それだけで迫力だ。私は黒髪黒い目ばかりの日本人の群の中で、モブとしてしか生きてこなかったのだ。
ここはインターナショナル過ぎて、たまにホームシック?になりそうだ。
颯介さんも日系3世のクォーターで黒髪だけど、全体的に明るい色目だしね。
日本人と言う、ある種、無個性のなかに埋没していたいと思うのは、私だけなのだろうか。
ゴドゴトゴド、ゴドンッ。ちょっと車体が浮いた。何か石でも踏みつけたのだろうか。
川までの道は、舗装したと言ってもアスファルトによる舗装ではない。地面を踏み固めただけのものだ。故に結構、振動がすごい。
私が乗り物に弱かったら間違いなく、気分が悪くなっていただろう。
「おおっ。結構、揺れたな」
隣で喜んでいるのはウィルだ。私は、左ハンドルの助手席でコタを抱き抱えている。
私達が乗っているのは普通の乗用車ではなく、陸軍で使用されている装甲車と呼ばれる類いだ。
燃料はガソリンではない。太陽光による自家発電とガソリンに代わる圧縮燃料を併用した、いわゆるハイブリッド車である。
圧縮燃料は地球で発見された新しい資源らしい。衝突した隕石の成分が混じっているため、地球と融合した結果、産み出された資源とのこと。
テレサから説明を受けたが、ちんぷんかんぷんであった。理系は苦手だ。
もろ理系の科学者であった父親を持つと言うのに、私は理系ではなく、文系脳であるようだ。母親が文学をこよなく愛していたから、そちらを受け継いだのかもしれない。
キューブから真っ直ぐとまでいかないが、緩やかなカーブを描きながら、道は続いていく。
…見渡す限りの森だ。他に記述すべきことがない。時折、ギャアギャアと動物や鳥らしき鳴き声が聞こえてくる。
姿が見えないため、余計に不気味だ。
「お前な、ちょっとは楽しそうな顔をしてみろよ。不景気なツラ、しやがって」
不景気そうなツラって何よ。いちいち、堪にさわる人間だ。
「はああ〜」
ため息が出ちゃう。
「ほんっと、ムカつくな。俺と一緒なのがそんなに気に食わないってのか!」
「気に食わないか、否かで言ったら、気に食わないかもですね」
ね〜、コタと、腕のなかのコタを軽く揺すった。コタはなあに?と言う顔で、こちらを振り仰ぐ。
はあー、癒されるわ〜。
「てめっ!かわいくない妹だぜ」
「無理に妹って思わなくてもいいんじゃないですか?本当の兄妹でもないし」
私は、颯介兄さんがいれば十分だ。ヴォルさんはヴォルさんだし、フランは弟分だけど。
「この先、人口は増える予定なんでしょ?全員が全員、兄妹っておかしくないですか?実際にヴォルさんは順番から言ったら、弟ですけど、年齢は上じゃないですか。
この先も同じ様な感じになると思いますよ?そうなると、目覚めた順番から兄や姉って無理があるでしょ」
「ぐっ。そりゃ、そうだが…」
ウィルが、ガシガシと前髪をかきむしる。彼が座るのは運転席である。もちろん、ハンドルやブレーキなど人が運転する装備があり、自動運転からの切り替えも可能だ。
「俺達は最初の5人だ」
ウィルがこちらを見る。
「何故、俺達が最初のメンバーに選ばれたのか、俺はテレサに聞いてみた」
ふうん。聞いたんだ。
「颯介は、リーダーとして最初から一番目として予定されていたようだ。
けど、俺は?俺は、確かに他のやつらと違って戦うことが出来る。
自衛のために必要とされたのかと、そう思っていた。けど、そうじゃなかった」
「テレサは何と答えたの?」
「予定調和、なんだとさ」
予定調和?何だろう?
「昔の学者が唱えた、世界の秩序や順番とかはあらかじめ神によって定められたものだと言う説」
「神?テレサのこと?」
「テレサは神なんかじゃねえよ。コンピュータ知能、AIだ。
目覚めさせる順番を決めたのは、それがベストと判断された結果であって、理由を聞かれても自分には答えられないって言われた。
ただ、地球の歴史を最初からやり直すために必要なメンバーであることは間違いないとさ」
うーん。確かに今のメンバーは、私を除いたら、再出発に必要だと思われる。
「で、ついでに何でお前なんだろうなって思った」
「えーと。そう言われても…」
私に突出した才能はない。普通の女子高校生だった。インターハイに出たことも、全国模試で1位をとったこともない。
私は言わば、お父さんの願いで誕生した、オマケみたいなものだ。
「ご主人はご主人だよ!ご主人のくれるご飯は美味しいし、それにあったかくて、優しくて、いいニオイがするの!」
答えに詰まる私に代わり、コタがそう主張する。
それは…。喜んでいいのか、悪いのか。
「ぶはっ。何だよ、それ。それって理由になる訳?いいニオイって」
「ご主人がいいニオイなのは、綺麗な心を持っているからなんだよ!嫌な人間からは嫌なニオイがするもん!」
て、照れる。綺麗な心って…。
「照れてるんじゃねえよ。それよりも、嫌なニオイって何だ?お前がそう感じる人間が、ここにいるって言うのか?」
「クウ〜ン」
コタが困ったように鳴いた。
「いつもじゃないの。時々、ふっとニオイがきつくなるから…」
「まさか、俺じゃねえだろうな?」
「あ!それはない。ウィルからは単純なニオイしかしないよ〜」
「それって、もしかして、俺が単細胞とか言うんじゃないだろうな?」
「うん!」
「てっ、め!」
ウィルがコタへと伸ばした手を、私は背中を向けてガードする。
「コタに手を出さないで!子供に手を上げるなんて、最低だよ」
体全体で小太郎を庇う姿を見て、ウィルの脳裏でフラッシュバックが起こった。
それは小さな子供を庇い、ボロボロになった一人の女の姿だ。
―母…、さん?
胸の奥がかきむしられる。怖くて、痛くて…、それから―。
右手でシャツの胸元を握りしめる。動悸が早い。
ちくしょう、ひどい目眩がする。
「…ル。ウィル!ちょっと、大丈夫?」
はっと我に返ると、目の前に早希の顔があった。そして、頬に触れる、手のひらの温もりが…。
「はっ」
ウィルは、大きく泣き出した。
「大丈夫だ」
そう言って、座席のシートへどっと倒れこんだ。
額にじんわりと汗の粒が浮き出し、依然として鼓動は早いままだ。
(何だ、今のは。俺の、昔の記憶なのか?)
他に大人の男の足が見えた。もしかして、それは俺?俺が女と子供に手を上げていたのか?
恐ろしかった。俺と言う人間は、俺の元となった人間だが、女子供に乱暴するような輩であったのか。
「ぜんっぜん、大丈夫に見えないんですけど!」
早希がそう言いながら、俺へと小太郎を押し付けてきた。
「仕方ないから、ちょっとだけ、コタを貸してあげるわ」
むぎゅうっと、成犬になりきれない仔犬を俺の膝の上へと乗せる。
「アニマルセラピーよ?知らないの?」
「そりゃ、知ってるが」
仔犬のあたたかな温もりが、ウィルの感情を次第に宥めていった。
「何か分からないけど、嫌なことでも思い出したんでしょ?
私達に記憶はないってテレサは言ったけど、決してそうじゃないと思うのよね。
だって、知識や経験を与えられただけで人格が形成されるはずないもの。
あなたもそうだけど、皆、元の自分があって今の自分を作っているんだもの。
それがいいものばかりなはずがないわ。誰だって嫌なことや怖い経験をしてきたはずよ。
それが時折、現れるんじゃないかな」
私がそうと知ったのは、颯介さんと二人でいた時のことだ。
颯介さんは私がいれた紅茶を飲んで、
「ああ。ほっとするな」
と、呟いた。
「紅茶がお好きなんですか?」
私は、インスタントが苦手でコーヒーや紅茶は必ず一手間かけている。
コーヒーならドリップ、紅茶ならしっかり蒸らしてからと言う風に。
「早希が入れてくれるお茶は、どこか懐かしく感じるんですよ。
きっと、前の私が好んでいたんだろうと思うのですが」
「記憶があるんですか?」
「はっきりとはありません。しかし、時折、昔はこうだったなと記憶が蘇ってくるような感覚を覚えるんです」
「…辛くはないですか?」
私は後ろめたくなって、そう問いかけた。何故なら、私には、はっきりと記憶が残っているからだ。
「辛くは、ないですね。ただ、懐かしくて…、それから、いとおしいと感じられるのです」
「いとおしい、ですか?」
「ええ。変でしょう?とても、大切な何かを見つけたような気がするんですよ」
私が思い出したのは、その時のやりとりだ。
颯介さんは、いとおしい記憶を思い出したようだが、ウィルは逆に忌まわしい何かを思い出した、そんな顔をしていた。
早希から手渡された小太郎は、若干、迷惑そうな顔をしていた。
こいつは誰にでも愛想がいいが、本当は早希以外はいらないと思っていることを、当の早希だけが知らない。
ああ、そうか。テレサが言っていたのは、このことか。
「私は機械ですから、正確には分かりませんが、人の家族と言うものには『お母さん』が必要でしょう?
早希が最初のメンバーに選ばれたのは、だからじゃないでしょうか」
まあ、私をお母さんと呼んでくれてもいいですよ?と、テレサは補足していたが。
AIのお母さんって、何だよ。
お母さん、か。随分とちっこい、お母さんだよな。けど、悪くない。
ウィルがフフと一人笑いするのを見て、早希が小さく「うわ、気持ち悪」と、言いやがった。
前言撤回、こいつはお母さんなんかじゃない。ただの失礼なクソガキだ!
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