第6話 誕生日プレゼント?

豆柴のコタ君は、お座りをして、嬉しそうに私達を見上げている。

「いや、これはなんともはや」

颯介さんが呆れ気味だ。

「…進化した?いや、見た目はただの犬…」

生物学の権威であるフランが、口の中で何やらぶつぶつと呟いている。

「すげえ!軍用犬にしようぜ」

ウィルがはしゃいでいる。

そして、ヴォルさんはうっすらと頬を染めている。

何故!?

「…かわいいナ」

ああ、そっち?どうやら、かわいいものフェチのようだ。でも、仔ブタにはあまり反応してなかったような…。

「仔ブタは家畜(食事)だからネ」

そう言うことですか、はい。


つぶらな瞳で驚く面々を見上げていた小太郎ことコタが、私に気付くとトテトテと足元へと歩いてきた。

「こんにちわ!お姉さんのお名前は何と言うのですか?」

「え?あの、早希ですけど…」

「早希さん!」

にはーって満面の笑みになった。

「お誕生日、おめでとうございます!僕、あなたへの誕生日プレゼントです!」

ブンブンと高速でしっぽが振られた。

「誕生日プレゼント?は?えええっ!」

私の誕生日は5月5日、日本で言うところのGMの最終日。

「あ!今日、5日だったね。すっかり、忘れていたよ」

「お誕生日、おめでとうございます!」

「あ、ありがとう」

ワンコに祝福されてしまった。複雑な気持ちだ。

「早希、今日が誕生日だったのかい?もっと早くに言ってくれれば、お祝いしたのに」

「いや、私も忘れてましたし。それに誕生日と言われても、イマイチぴんとこないと言うか」

今の自分は、赤ちゃんの姿で生まれ直した訳ではない。もちろん、過程としては赤ん坊の頃もあっただろう。

しかし、私達全員、ある程度の年齢まで成長させられてから誕生した。

言うなれば、今世で目を覚ました日が誕生日と言えるだろう。

「確かに一理ありますね。けれど、それだと味気ないではないですか。

私達が目を覚ますタイミングが誕生日だなんて。

私も前世の誕生日を覚えていますよ?意味もなく記憶させられることはないはずです。そうでしょう、テレサ」

「はい。その通りです。あなた達が目覚める日を決めたのは、私の本体であるホストコンピュータですが、それは様々な要因を加味して決定されます。

そして、あなた方はクローン再生によって生まれ直した別個体で、ベースとなった人物を踏襲する必要は全くありません。

引き継ぐのは、あくまで知識の継承だけで、前身のプロフィールまで一緒に引き継ぐ必要はありません。

しかし、母体から誕生する本来の出産とは違う方法で生まれ直した、あなた方には理由が必要だと思われました。

それ故、元となった前身のプロフィールをお伝えしたのです。

それをどのように受け止めるのかは、あなた方の意思にお任せします」

皆に向けて、テレサが語りかける。

別の人間だと割りきるもよし、元の自分を受け入れるもよし。

多分、そう言うことなのだろう。


そう、決めるのは私達自身。元の自分の誕生日を今の自分のものとして受け入れるか否か。私は、どっちを選択すべきだろうか。

自分の死を覚えている、唯一の個体として。


「僕、いらないの?」

キューンと鳴いて、コタが頭を下げた。

「いらない子なんていないよ!」

私は、コタの前で膝をつき、モフモフとした体をぎゅっと抱き締めた。

「私のところに生まれてきてくれて、ありがとう!最高の誕生日プレゼントだよ」

コタが喜んで私の胸で両手をかきつつ、体全体で喜びを表した。

「17才のお誕生日、おめでとう」

コタの声なのに、それがお父さんの声とだぶって聞こえた。


ああ、そうか。高校1年の二学期で発症し、私は次の誕生日まで生きられなかった。

病院のベッドの上に横たわった私に、お父さんは次の誕生日プレゼントは何がいいかと聞いてきた。

そんな日は永遠に来ないと知っていたのに。私は犬が飼いたいと言った。元気になったら、一緒に散歩するのだと。


―それは、お父さんも一緒に。


私の瞳から涙がこぼれ落ちた。

「どうしたの?どこか痛いの?」

私の涙に驚いたコタが、舌で懸命に私の涙を拭った。

「へへ。ごめんね。何でもないよ。ただ、嬉しかっただけ」

私は手の甲で涙を拭う。

「そうなの?痛いのはないの?悲しいのはないの?」

キューンと鼻を鳴らすコタに、私は大丈夫と笑顔を向けた。

クルクルと心配そうに回っていたコタが、私の笑顔を見て、嬉しそうに跳び跳ねる。

「良かった〜。嬉しいのならいいね!」

そんなコタを見て、胸の内が熱くなった。


お父さん、覚えててくれたんだ。もう会えないのは悲しいけれど、こんな風に誕生日プレゼントを送ってくれるなんて。

私は再び、側へとやって来た、コタのふくふくとした毛皮を抱き締め、太陽の匂いのする体に頬を思いっきり寄せた。


ありがとう、お父さん。私、頑張るから。お母さんと一緒に見守っていてくれる?


コタは私の部屋で一緒に生活することとなった。ルームメイトというやつだ。

夜のおやすみと朝のおはようは、コタが最後で最初だ。

日中の作業の合間も、コタは私の姿が見える範囲でパトロール?を続けている。


「コタは身体強化と知能の向上を組み込まれた新種だと思う」

今日はフランも隣で作業している。家畜の世話はオートマシンがやってくれるし、フランは病気など患っていないか獣医として診察し、日々の成長の記録を取れば、あとは比較的自由に過ごしていた。

「僕達の体は、怪我や病気に強い健康体に作られていても、基本、普通の人間なんだ。

けれど、コタは違う。遺伝子レベルで作り替えられている。

僕の育てているブタと違ってね」

本日は新しい種を畑に撒いている。均等に並んだ畝に沿って、等間隔で種を撒いていく。

地味にしんどい。


「ブタさんは元気だよね?」

「うん。病気に強い点は僕達と同じだと思う。けど、このまま育っても、巨大化することはないだろうね。

もちろん、100年後はどうか分からないけれど」


私達は進化の可能性があるそうだ。それは地球に生きる生き物が過去に辿ってきた歴史でも伺える。

「この先、僕達に子供が生まれて、さらにその子供が生まれる頃には何らかの進化がみられるかも知れない。

単なる仮説の域に過ぎないけれど」

子供かあ。ちょっと想像つかないな。私は病気で一度、命を落とした。

こうして生き返り、新たな人生を始めたばかりだ。1日1日が、ただ新鮮で大切に生きていきたいと思うばかりだ。


「おい、コタ!訓練するぞ!」

のんびり農作業に勤しむ私達の周りを歩いていた小太郎の前にウィルが立ちはだかる。

「訓練だ、訓練!言っている意味、分かるだろう?」

「クウ?」

コタは迷惑そうに鼻を鳴らした。

「さ、行くぞ」

「困ります。僕はご主人の側から離れられませんから!」

「あまっちょろいこと、言ってんじゃねえ!お前だって、ここの一員なんだ。役に立って当然だろうが」

「お仕事はしますけど、長時間、ご主人の側からは離れません!」

四肢を踏ん張って、抵抗を見せる。


「止めてよ!まだ、子供なんだから」

私は止めに入った。

「お前のペットにするために、生まれた訳じゃねえだろうが!」

コタは私の誕生日プレゼントだ。けれど、キューブで生活する者全員に、何らかの役割が与えられている。

私は何の能力もないから、皆の補助をしてまわっている。コタと一人と一匹で、やっと一人前なのかもしれない。


「それは分かっているけど、子犬のうちはいいじゃないの」

「そうですよ。それにコタは軍用犬にするには小型過ぎます。

もし、本当に必要ならテレサに掛け合って大型犬を目覚めさせればいいのでは?」

人間の誰それの遺伝子がプラント内に保管されているという情報は非公開だが、動物や家畜のデータは検索することが可能だった。

「ドーベルマンやシェパードなんかいましたよね?」

「そいつらはおいおいだ。颯介とも話をする必要があるし。

けど、そいつは現にそこにいるじゃねえか。愛玩用にペットを育てる余裕など、キューブにはない」

正論だが、コタの権利は私にある。

「コタは軍用犬にはしません。私達の仲間で家族だもの」

「はあ?だから、言っているだろう!役割ってもんがあるんだって!

そいつに軍用犬以外の、何が出来るっていうんだよ。言っとくが、ペット以外だぞ」

「それは…」

「僕、戦えますよ!」

コタがするりと私の足に体を擦り付け、見上げてきた。

「え?」

「待ってて下さい!」

そう言うや、タターッと森の中へと掛けて行った。

キューブの周辺は、万全のセキュリティが完備されており、夜でも安全だ。

しかし、森の奥まではその範疇ではない。

私は、ハラハラしながら、コタの帰りを待った。


どのくらい経ったのだろうか、

「俺が探しに行こう」

ヴォルさんがのっそりと立ち上がった。私と二人の時は片言の日本語で会話をしてくれているが、普段は英語を話す。

片手に大きな鍬を持つ姿は、頼もしい。持っているのが鍬でなかったら、もっと良かったが。


ガサガサガサ、ザザザザザーッ!森の中で葉っぱが擦れあう音、そして、何か重いものを引きずる音が近付いてきた。

ウィルがデバイスから武器を転送する横でヴォルさんが鍬を体の前で斜めに構えた。

いや!戦う意欲は認めるけど、それ、鍬ですよ!


「ただいま〜」

そんな緊迫した空気をものともせず、ひょっこりとコタが帰って来た。

一人(一匹)ではない。小山のように大きな獣を持ち戻っていた。

「ごはん、獲って来たよ〜」

3メートルはあろうかと言う、特大の猪だ。

「え?あの、ご飯?」

「ご主人、褒めて〜」

獲物を放り出し、トトトと私の足元へと駆けて来た。

「う、うん。凄いね。ありがとう」

「えへへ〜」

私はコタの頭や体を撫でながら、怪我がないか確認する。

「ほう、猪か。確か、この辺りに野性動物の群れがあるとテレサが言っていたな。しかし、でかいな。熊並みだぞ」

「すごいねえ。コタは」

ヴォルさんは冷静に、フランは天然?に狩猟の結果を観察する。

「お前ら、他に言うことはないのか!こんなチビが自分の身体の数倍もあるデカブツをとって来たんたぞ!」

ウィルが怒鳴り上げた。

「何をいまさら…。軍用犬にすると言ったのはお前だろう?」

目覚めた順番で言うと、ウィルがお兄ちゃんだけど、ヴォルさんの方が年上だし貫禄がある。ちなみに23才とのこと、颯介さんよりも年下だ。

「そうだけど!そうじゃねえだろ!」

地団駄を踏む。子供か。

「お前の言いたいことはさっぱり分からん」

「ウィル兄さんはお馬鹿さんだねえ」


そんな3兄弟を余所に、私はコタを撫でくりまわす。

うん。コタは最強。それでいい。



















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