第5話 新生・地球産
私や仲間達が一度、完膚なきまでに崩壊し、新しく生まれ変わった地球に誕生してから、一月近くが経とうとしていた。
私は、クローン技術で生まれ直したと言うのに、さして混乱しなかったのは同じく境遇の仲間がいたからだろう。
あと、父親との再会と別れに自分のことなど後回しになったという点もある。
最初に誕生した颯介さんにパニックにならなかったのかと尋ねたら、こんな答えが返ってきた。
「なりませんでしたねえ。逆にワクワクしました。強いて言うなら、ラッキーって感じでしたね。
だって、私のいた旧世界ではクローン再生なんてあり得なかったでしょう?」
あの頃、ネズミだったかラットだったか、クローンで培養出来たなんて記事を見た記憶がある。
「あの頃はクローン技術自体、拙いものでしたし、それよりも倫理上、問題があったでしょう?
例えば、自身の疾患を直すために自分のクローン人間を作ることでさえ、反対されていましたしね」
生まれつき心臓に疾患のある人や腎臓病などで、自身に適合する臓器提供を待つ人間の数に比べて、提供される臓器は少なかった。
それゆえに治療が間に合わず、命を落とす人も大勢いた。
そのための臓器のみのクローン人間の培養さえ、困難だった。
「ただ単に私は運が良かったなんて、言いませんよ。こうして、再び、命を与えられた責任と言うものがありますから。
生まれ直した意味を、この先もずっと考えながら生きていくのだと思っています」
真っ直ぐに前を見据えた眼差しに迷いはない。
さすがだなあって、私はひたすらに感心した。ただの凡人で、父親の我が儘と言うか、願いによって生まれ直した私とは根本的に考えていることが違う。
私は雑草を引き抜きながら、これも命なのだなあと感慨に耽るのだった。
「早希!それ、雑草と違いますヨ!」
え?って手元を見れば、確かに。
「あ、わわわ!ご、ごめんなさい!」
慌てて土へと埋め直す。
大丈夫、だよね?
「集中してください。やっと、芽を出したのですから」
すいませんと、ヴォルさんに平謝りした。
「いいですよ。早希はうっかりさんですネ」
「う。よく、言われます」
「え?誰にですか?」
「あ、えーと。自分でそう思ってますから」
ヤバい。前世の記憶があることは内緒だった。
「そうですか」
ヴォルさんは深く考えなかった様子だ。
愛しげに芽吹いたばかりのキャベツの芽をうっとりと眺めている。
ヴォルさんこと、ヴォルフさんは一見すると無口で強面な見た目ながら、性情は穏やかで農業愛に溢れている。
季節で言うと、今は春と言うところか。日本じゃ、春キャベツやタケノコが旬だ。あと、魚介で言うとアサリだろうか。
筍はさすがにない。何故ならば、竹林がないからだ。海は遠いしな〜。
アサリの味噌汁がのみたいな。
「このまま順調に育てばいいですね」
私がそう言うと、
「はい。そうですネ」
と、嬉しそうに答えてくれる。
私達の会話は日本語である。私は睡眠学習で英会話が出来るようになったが、ネイティブには程遠い。
そこてヴォルさんはあえて日本語で会話をしてくれるのだ。
日本語を勉強中の、片言でしゃべる外国人って感じだ。
「早希も農業の楽しさが分かってきたようネ。」
って言う、具合だ。
「あー、えーと。何だか安心するって言うか。だって、周りが周りだし」
「…ああ。昔の生態系からは、大きくかけ離れていますネ」
密林のジャングルってだけではない。とにかく、全てが巨大なのだ。
こないだ襲ってきたカナブンにしろ、森の木や花にしろ。人の手が加えられていない、自然界の、ありとあらゆる生物や植物が超巨大なのである。
「元々はプラントで保存していた種を撒いたと聞いています。おそらく環境のせいですネ」
地球は一度、滅んだ。海は干上がり、人間も動植物も全て地表から消え去ったのだ。
もちろん、土の中に目に見えない微生物なんかは残ったのかも知れない。
それから千年の長きに渡り、ゆっくりと回復せしめた。
肥沃な土地を確認したテレサが、地表に種を撒いたのだ。
「縄文杉か、ラフレシアか…」
樹齢何千年かと言う太い幹がしっかりと大地に根を張り、その木々の間に巨大な花びらを咲かせた花があった。
原色に近い、毒々しいまでの大輪の花を咲かせるのは、日本でもよく見かけたパンジーだ。
けど、でかい。花の直径が子供の顔くらいある。それが木々の間に自生している。
かわいく風に揺れるではない。その動きはかつて大流行した揺れるおもちゃフラワー○ックを彷彿とさせた…。
「おお!早希はよく知ってますネ!」
ラフレシアは図鑑で見ただけだが、縄文杉はテレビや旅行雑誌なんかで目にしたことがある。残念ながら、実物を見たことはないが。
もし、病気を発症しなければ、高校の修学旅行先は沖縄だった。
行きたかったな〜、沖縄。
昔の地図で言うと、ここは沖縄近海らしいのだが沖縄らしさは皆無だ。
縄文杉と言ったが、この辺りの木は、見た目はもっさり繁ったバオバブの木に近い。
「ここの生態系は日本よりもアフリカや南米に近いですネ。あまり暑くないのが幸いです」
熱帯雨林特有のスコール(雨期)や乾期がある訳ではないようで、昔の気候とも当てはまらないらしい。
「さあ、お喋りはこのくらいにして、手を動かしましょうか」
「はい、先生!」
ヴォルさんが嬉しそうにニッコリと笑う。先生って呼ぶと喜ぶだなんて、かわいい人だなあって、私が思っているのは内緒だ。
私達は黙々と作業を続けた。ミーティングの時間は短縮され、それぞれが自分の仕事をしている。
颯介さんはテレサとともに事務仕事を、ウィルはその補佐だ。
フランは家畜の世話を行っている。
私が行っているのは、ずばり農業だ。畑作りのための、大きな木の伐採や草の除草なんかは、オートマシンで効率よく行うのがベストだが、こうした小さな芽の周りは、人の手で作業する。
間近に触れると、実際の成長を感じられるしね。
私達はキューブの周辺で農地を整備し、こうして農作物を育てている。
主な作業員は、ヴォルさんと私、そして、小型のオートマシン達だ。
見た目は自由自在に動く機械の手を持つ、足の部分はカタピラーで動くロボットと言う感じだ。
もちろん、テレサみたいにしゃべったりはしない。頭部に人の目のようなセンサーがあり、ピコピコと光ったりして返事はする。
かわいい。
コロコロコロとカタピラーを駆使し、畝の間を走行し、水を撒いていく。
スプリンクラーも完備されているので時間ごとに水撒きをしたいるのだが、今日は朝から、少し暑かったからね。臨時の水やりだ。
私も心を込めて作業する。
(大きくなーれ、大きくなーれ)立派なキャベツになるんだよ〜。
それが昨日のことだ。
そして、今朝―。
「な、何よこれ。どう言うこと!」
見渡す限りの、立派なキャベツ畑が出来ていた。しかも、デカイ。
「一昨日、芽が出たばかりだったのよ!それがこんな…」
絶句してしまう。
「ふうむ。やはり、成長速度が尋常ではないようですネ。ワンダフル!」
ヴォルさんてば、感心するところ?
「まあまあ。食料が簡単に手に入れられるのは喜ばしいことですよ。
これだけで何ヵ月もつか」
同じ様に見学していた颯介さんが、呑気にそんなことを言う。
確かに助かるけど!でも、これってちゃんと食べられるの?
って、ヴォルさんー!キャベツの葉をむしって食べてるよ!
「ふむ。キャベツの味がしますネ」
まあ、キャベツだしね!
「お!そうですか。では、私も」
颯介さんが同じく、葉っぱをちぎって試食する。
ちょっと一!一国の首相?が毒味もせずに大丈夫?
「なるほど。キャベツです。柔らかいし、それから甘い?」
「春キャベツですから根を。年中、流通している一般的なキャベツに比べて葉が柔らかいのが特徴です」
「生でも美味しい」
「ええ。サラダにするのがオススメです」
「これだけ柔らかいとコールスローなんかもいいですね!」
「一玉、丸ごと使ったロールキャベツも…」
大の男二人が畑になったキャベツの食べ方を議論している…。
なんか考えるのが馬鹿馬鹿しくなる。こんな巨大カボチャ並みに大きくとも、キャベツはキャベツだ。
害がないなら、美味しくいただくまでだ。
収穫したキャベツをセンサーにかけ、無害であると診断。
「美味しいキャベツですよ〜」
と、テレサのお墨付きを頂いた上で夕食はキャベツ尽くしとなった。
うん。美味しい。
大量に収穫されたキャベツは食糧貯蔵庫へ。この先、人口が増えても大丈夫。
ただ、キャベツばっかり食わせるな!ベジタリアンか!って、クレームがきそうだが。
そう思った翌日、私達に新なた仲間が増えた。
その子は艶々とした黒い毛皮を纏っていた。
つぶらな瞳も愛らしく、ピンとはったオヒゲもチャーミングだった。
うん、どこからどう見ても豆柴だね。
くるんと巻いたしっぽをブンブンと振りながら、彼は言った。
「はじめまして!僕、小太郎です!気軽にコタって呼んで下さい!」
うん。しゃべるワンコか。
って、お父さーん。これってクローン云々じゃないよね?どう言うこと!?
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