第4話 神?テレサ

「私は、神などではありませんよ?ただの人口知能です。

けれど、そうですね。私は、皆さんの『母親』になりたいと思ってはいます」

は?マザー・テレサに?そう言うこと?

「そんな、おこがましい。ただ、私は、彼女の生き方をモデルとしています。彼女の半生を書いた書籍は私の愛読書ですね」

AIの愛読書って…。


けど、こうして話していても、まるっきり人と話しているようにしか聞こえない。

彼女の下地を作ったのは、颯介さんの前身であるコンピューターの権威なのだろうが、彼女は私の父親から人らしさを学んだと言う。

これは私しか知らない事実だ。

何と言っても私の父親が機械となって、私が目覚めるのを待っていたのはテレサと二人だけの秘密。完全なオフレコである。

だから、父親のことは、唯一、テレサとのみ話が出来る。それだけでも有難い。

まだまだ、語り合いたいことがたくさんあるもの。

「蓮司様が皆さんにとっての父親ですから、私が母親であってますよね?」

えーと。それ、微妙なんですけど。亡くなっているとは言え、愛季っていう私の母親がいるし。

「ふふ」

いや、そこは笑うとこじゃないでしょう?何となく、もやもや感が残るのだけれど、まあ、いいか。


ちなみにこれらの会話は全て、テレパシーで行われている。内緒話にはもってこいだ。

私が超能力に目覚めた訳ではなく、テレサの能力だ。

ホント、万能だね。


「動植物が独自の進化を遂げているとは聞いてはいましたが、そうですか。巨大化ですか。これは調査はもちろん、開拓事業にも多大な影響を及ぼしそうですね」

颯介さんがカナブンの残骸を見下ろしながら、困った様子だ。

「そんなの、ちゃっちゃっとやっつけちまえば、いいだろ?」

「それはあなたが軍人だったから言えることですよ。

我々は戦うどころか護身さえ覚束ないのですから」

元・アメリカ空軍のウィルと見るからに筋骨粒々のヴォルさんは戦えるだろう。

颯介さんも多少の心得があるようだ。

問題なのは、ひ弱な私とフランだ。


「ぼ、僕、戦うなんて無理だよ!パンより重たいものを持ったことがないんだから!」

いや、そこはペンじゃない?何故、パン?

「私も無理かも。運動神経皆無だし」

短距離なら平均点。長距離、学校のマラソン大会に至っては最下位から数えた方が早いくらいだ。

「逃げきれるどころか、追い付かれるのが必至だよ」

カナブンって肉食だっけ?いや、草食だったよね?

「カナブンでぎゃーぎゃー言ってるようじゃ、この先、外にも出れねえぞ。

カナブンのサイズがあれなら、もっと大きい虫はあれよりさらにデカい」

だよねー。だったら、元々のサイズが大きい熊ん蜂とか女郎蜘蛛って30センチ級がゴロゴロしているってこと?

「ねえ。もしかして、黒いアイツもそれなりな訳?」

「黒いアイツ?…ああ、ゴキブリか」

「もー!口に出さないで!寄ってくるかもしれないでしょ!」

「なんだそれ。どういう理屈だよ」

ウィルと侃々諤々言っていたら、またしても、テレサの神対応が。

「大丈夫ですよ〜。見つけ次第、レーザーで跡形もなく、消滅させていますから」

ちょっ、頼りになるう。

やっぱり、テレサは神だね。


その後、私達はキューブの外観を外から眺め、その周囲を散策することになった。

「キューブの周辺1キロ四方はすでに整備済みです」

とは、テレサの談。

彼女の本体はプラント内にあって、全ての機械を通して、私達とコンタクトがとれるのだそうだ。

現在の会話は、各々が手首にはめた万能ウォッチから行われている。

かつての日本で腕時計タイプのスマートフォンが発売されたけど、あれをさらに進化改良したものだ。

さっき、ウィルがレーザーガンを出現させていたのもこれのお陰である。

武器も転送出来るし、携帯機能はもちろんのこと、バリア機能まで備わっているのだそうだ。

「バリアの範囲は自身と、しっかりと身を寄せあった状態で二人まで。

およそ、半日はもつでしょう」

操作の基本方法を颯介さんから習う。詳しくはキューブ内に帰ってから教えてもらう予定だ。

丸腰ではないが、私にこれが使いこなせるか、甚だ疑問である。自慢ではないが、メカ音痴だ。

携帯ウオッチだとダサいので、デバイスと呼ぼう。

これもテレサが開発したのだそうだ。彼女はプラントに保管された、全ての遺伝子の持ち主がかつて持っていた能力や才能を引き継いでいる。

その才能を1000年の長きの間、遺憾なく発揮して人類発展に備えてきた。

本当に頼もしい限りだ。


カナブンの襲来で新しい地球を満喫しきれなかったのが、残念だが、外での活動には十分な備えが必要だと分かった。


それから、私達は元の部屋へと戻った。

デバイスの説明と、巨大な昆虫に対する防衛についてどうするか、話し合う。

「お前ら、明日から特訓な」

無情なウィルの申し出に、私は悲壮感を漂わせながら、颯介さんの顔を見た。

「体力作りも大事ですよ」

私のSOSは却下されてしまった。

「午前中、ミーティング後にトレーニングルームに集合だ。分かったな!」

「「はあい」」

運動嫌いの私とフランの嫌そうな声が被った。


いつものミーティング、今回からはより具体的な方向が示されるようになった、を終え、私は急いで運動着に着替える。

この後、ウィルによる体力作りもおよび防御訓練が行われるからである。

はああ〜。憂鬱だなあ 。


トレーニングルームはキューブの地下にあった。大きなスポーツジムのようなものだ。筋力マシンやランキングマシンなど一通り揃えられている。

他にも実践訓練を行う部屋やプール、サウナにシャワールームまで併設されていた。


「遅れずに来たな。まずは柔軟、ストレッチからだ」

フランとペアで柔軟体操を行う。颯介さんは不参加。ヴォルさんはウィルとペアを組んでいる。

颯介さんが不参加ってずるい!と思ったが、彼には膨大な仕事が任されている。

「早希が代わりにやってくれますか?」

と、小首を傾げられたが、そんなの絶対無理!

颯介さんのポジションは、言わば、一国の首相である。そんなの、私に出来るはずがない。

「そうですか…。残念です」

いや、残念がられても無理!


そう言うわけで、ここには4人しかいない。

「次はランニングだな。どこまで走れるか、各々の基礎体力を見させてもらう」

30分後、2名の脱力者が出た。むろん、私とフランである

「30分でこれかよ!」

死屍累々の呈でストレッチマットに横たわる者になんて言い草だ。

抗議がしたいのに、腕一本どころか、声さえ出ない。

だ、誰か、私にスポーツドリンクを下さい。

すると、自動マシンがスポーツドリンクを運んで来てくれた。

助かるわ〜。


「先が思いやられるな」

頭を抱えるウィルの後ろを、ヴォルさんが黙々と走り続けていた。

あんな巨大でよく動けるね。ちょっと、ランニングマシンが悲鳴をあげている?のが気になるところだが。


私達にはそれぞれに合わせたメニューが与えられ、それを必ずこなすよう指示された。

「ズルするんじゃねえぞ!テレサに監視してもらうからな!」

「ふあい」

テレサは嘘がつけない。ううん。人の持つ、負の部分である嘘やごまかしが嫌いだ。

まあ、サボる気はないからね。

原始林と巨大昆虫が跋扈する森で暮らすには、ある程度の体力がないとやっていけないのは理解出来るから。


それからは午前中はミーティング、体力作り。お昼休憩後、外では作業が続いた。

まずは畑作りからだ。

1000年前の農作物の種が、この世界に適応するかどうか検証する。

フランは家畜を育てている。まずは豚さんだ。プラントで子ブタまで成長させ、それを野外の獸舎で育てる試みだ。

ヴォルさんは私とフランのフォローと言うか、先生役だ。


プヒプヒと、かわいい鳴き声の子ブタが6頭。馬鹿でかい獸舎(いずれ牛や鶏も飼育予定である)に、たったの6頭しかいないので殺風景なこと、この上ない。


「未知の病原菌がいるかもだし、そんなに数を増やしてもね」

え?それって私達にも言えるのじゃない?大丈夫なの?

「あー、そこは大丈夫みたいだよ。豚のDNAはいじっていないけど、僕らのは多少なりともいじってあるみたいだし」

ええええ!そうなの?

「あー、前の僕は病弱だったんだ。生まれつき、心臓に欠陥があってね。普通の生活する分には支障がないけど、無理をしたり、激しい運動は出来なかった。

けど、ここではそんな疾患は見当たらないんだ」

それはテレサに確認済みとのこと。病気や怪我のあとは全く残っておらず、全くの健康体なのだそうだ。

「遺伝子工学の権威、富樫蓮司って知ってる?日本人なんだけど」

突然、父親の名前が出て来て、心臓がはねあがる。

「えーと、ちょっと分からないな」

お父さんが研究者だと言うことは身内だったから、知っていた。けど、どれだけ凄い人だったかまで理解していなかった。

生まれ変わって初めて知ったのだ。

「そうか。まあ、ノーベル賞を受賞したとか

そんな派手な功績を残した人じゃないから、同じ日本人だからって、知らなくても道理だね。

けど、僕らのクローニングには彼の遺伝子工学の知識がふんだんに反映されている。

おそらく、彼の技術で僕は健康体となったのだろう…と思う。

残念ながら、彼は遺伝子を残さなかったようだけど」

そうなのだ。お父さんは機械となってまで、この新しい地球へと私達を導いてくれたけれど、自分は消滅する道を選んだ。

「そうなんだ。私もね、実は遺伝子に疾患があったの」

「そうなの?」

「うん。けど、フラン同様、健康になったよ!」

「へえ…。良かったね」

フランも私同様、病気で苦しんでいたと聞いて、親近感が募った。

お父さんてば、私以外にも、たくさんの人を治してあげたんだ。きっとそうだ。

そう考えると、自分の父親がさらに誇らしく感じられた。


「あ!ヴォルさんが呼んでるみたい。ちょっと行ってくるね!」

デバイスが点灯し、ヴォルフから通信が入ったのだ。

「あ、うん」

私は獸舎にフランを残し、足早に外へと向かう。

だから、気付けなかった。

残されたフランが、去っていく私の背中を剣呑な目で見つめていたこと。

「遺伝子疾患…。確か、彼の娘がそれで亡くなっていたよね」

フランに記憶はない。けれど、時々、無性に心臓が締め付けられる幻覚を見る。

それは前の体に染み付いた、病の名残であったのかも知れない。

精神的なものだと、テレサからは診断を受けていた。

「だとしたら、説明がつくな。どうして、何も持たない彼女が選ばれたのか…」

それは小さな疑問の萌芽であった。しかし、後に大きな芽を出す。

それがどういう道を辿るのか、誰も知るよしはなかった。






















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