第3話 ここはどこ?

一度、死んでしまった私のやり直し人生は、色々と言いたいこともあるけれど、とにもかくにも始まった。

颯介兄さんを筆頭に私を含めてまずは5人が、父親の研究の集大成とも言えるクローン技術によって再び、新たな生を得た。

5男坊?のヴォルフを最後に、新しい人が目覚める様子は、今のところなかった。


私達が暮らしているのは《キューブ》と呼ばれる箱形施設だ。外に出ることは許されていないので、テレサによる学習が続けられていた。

まあ、大抵のことは培養液のなかで眠っている間に習得したようで、私の場合は英会話である。

兄弟達?は祖国は違えど、英語圏(ヴォルフはドイツ語だけど、私とはIQと言うか素養がそもそも違う)で暮らしていた。だから、日常会話は英語だ。

それを私は苦もなく、使いこなしていた。最初に颯介さん達と出会った時、喋っていたのは日本語である。

彼らは日本語を含めて、五か国語がペラペラであった。

私は英語だけなのに!やはり、頭の差かな。


英会話の他にも様々な知識が詰め込まれている、らしい。と言うのも、私の脳内キャパは無限ではないようで、日頃はひっそりと影を潜めている。

取り出そうと意識しない限り、膨大な知識は単なる宝の持ち腐れである。

だから、普段の私は平々凡々のままなのである。


あ、そうだ。ちょっとした疑惑として残っていた、ウィルの不正(推薦枠)疑惑も詳しく解明された。

彼は、スペースシャトルにも乗ったことのある宇宙工学のスペシャリストと言う、肩書だけでなく、地球へと飛来していた隕石破壊の陣頭指揮をとったアメリカ空軍のエリートだったことが判明したのだ。


「ええっ!じゃあ、実際に隕石を破壊したの?」

「いや、俺じゃねえよ?かつての俺だ」

記憶がある訳てはない。お父さんの言った通り、私以外、前の記憶を残す者はいないようだ。

「はあー。でもでも、凄いよ!隕石を削りとれたお陰で、プラントが出来たんでしょう?それでこうしてまた、人類が生きられるきっかけをつくった訳だから」

「いや、だから!俺じゃねえし」

ウィルのことだから、盛大に自慢してくるかと思いきや、なんか消極的だね。

あれかな、実際に自分がやり遂げたこと以外誇れない、みたいな?

チャライように見えて、プライドは高いのかも知れない。


こうしたことを知っているのも、睡眠学習の結果らしい。名前と前世(前世と言っていいのか)の職業や功績など、伝え聞いて知っているらしい。

「僕達は、目覚めたら即座にそれぞれの分野で貢献出来るよう、ある程度の教育を予め与えられているんだよ」

私の傍らで颯介さんがそう言う。

ほうほう。さすがスペシャリスト集団だね。


私が目を覚まして、10日が経過していた。その間、5人は揃って、現地の状況確認や今後の予定などを綿密に話し合うために、ミーティングを重ねていた。


今朝も朝からミーティングだ。私達5人揃って、会議室のような部屋に集まっていた。

颯介さんを中心にし、あとの4人が輪になる格好で座っていた。


颯介さんが議長的な立場でテレサが補助的な立場で進められていた。

やっぱりリーダーがいないと集団は纏まらないものだ。

その点、颯介さんは長男?で思慮深く穏やかな性格でリーダーにはうってつけだ。


デジタル時計はそろそろ10:00を示す頃、

「さて、そろそろ雨が止んだようだし、外の様子を確認してみようか?」

と言って、颯介さんが徐に席を立った。


はああ〜。何だか、ドキドキする。と言うのも、私はまだ外の景色を目にしたことがなかった。

颯介さんによると、ここ数日、激しい雷雨が吹き荒れており(ハリケーンとも言う)、外の様子を見ても、要らぬ影響しか与えないだろうと視界のシャットアウトをされていたのだ。

日本じゃ、台風くらいなら何度となく遭遇してきたけれど、ハリケーンの驚異はまだ目にしたことがない。

最初に見る景色が激しい暴風雨なんて、夢も欠片もないものね。


颯介さんが窓側とおぼしき壁側へと立った。

「僕とウィルは既に目にしているけれど、3人は初めてだろう。

さあ、これが現在の地球だよ」

私達も立ち上がって、颯介さん寄りに集まった。私を真ん中にフラン(フランツの愛称)とヴォルさん(ヴォルフの呼び名。順番的には私の弟なのだが、年上なので)が隣に立った。

2人からもワクワクしている空気が感じられる。ヴォルさんは無口だけど、雰囲気から何となく察せられる。


うん。そうだよね!楽しみだよね!

一度は滅びてしまった地球の復活した世界をこの目にすることが出来るだなんて!

まるで、大晦日のカウントダウン待ちの群衆になった気分だ。


「これがいまの地球だ」

シュンと機械音がし、壁一面が大きな窓のように透けて見えた。

「…うわあ、あ?え、ええっ!」

歓声は途中で驚愕へと変わる。

「えっと、颯介さん。ここはアマゾンかどこかなんですか?」

私は隣を見上げる。颯介さんはいつものように穏やかな微笑みを浮かべていた。

「いいえ。地理的に言うと、ここは日本の沖縄県に程近い、かつての海ですね」

まさかの沖縄!けど、すぐには信じられない。だって、見渡す限り、木しかないのだから。それも鬱蒼と生い茂るジャングルだ。

「気候が大幅に変化し、陸地が新たに形成された関係でしょうね。数百キロに渡って、延々とこの景色が広がっているようですよ?」

数百キロって!どのくらいなのか見当もつかない。

「近くに川や海はないのか?」

ボソッとヴォルさんが問いかける。

「海は確認出来ていませんが、数百キロ先にはあるようです。川なら近くを流れていますね。映像ですが、見ますか?」

ヴォルフが、うむと頷く。


颯介さんが手のひらを窓?にかざすと、映像へと切り替わった。

私達が目にしたのは、黄土色に染まった濁流、しかも、川幅何キロメートルなの?って言う、巨大な川であった。

これさー、見たことあるよ。中国の黄○が大雨で、付近を濁流に呑み込む様がニュースで流れてた。

まんま、それ。


「こんな川が近くにあったら、ここも押し流されてしまうんじゃありませんか?」

私の暮らしていた日本では、毎年、河川の決壊で被害にあっていた。幸いにも私の住んでいた東京ではそれほど被害はなかったのだけれど。年々、ひどくなる大雨による災害は驚異であった。

「近いといってもかなり離れた場所にありますから、その点は大丈夫ですよ。

それに河川の堤防や支水、上流にはダムを建設中ですから、被害はぐっと減る予定です」

颯介から、淡々と告げられる。


そうなのだ。私達がキューブのなかで、ぬくぬくと暮らしている間にも、外ではテレサに制御されたオートマシンが稼働中なのだ。

さすがに密林のなかを探検隊よろしく、出掛ける気は起きない。

「いえ。今すぐではありませんが、探検隊と言うか調査隊を組む予定ですよ?

キューブからの遠隔操作も範囲が決まっていますから、そこは現地まで行ってみないと」

おお、そうなんだ。探検、冒険かな?そんなことまで予定されているのか。


「はっ!チビはここで大人しく待っていりゃいいだろ!大した戦力にもならないし」

またしても、ウィルだ。彼はことある事に私に突っかかってくる。本当にムカつく。

けど、言い返したくても、本当のことだけに落ち込む。

「ウィル。いい加減にしないと怒りますよ?それから、早希。あなたも自分の評価をあまり過少評価しないで下さい。

あなたもちゃんと役に立っていますよ」

颯介の言葉にフランとヴォルさんが力強く頷いてくれる。

え?そうかな?私も役に立ってる?

「僕、早希のアレンジしてくれた料理が大好き!」

「うむ。飯が旨い」

それって、まんま食堂のおばちゃんポジじゃん!あんまり嬉しくないんだけど…。


私達に日々、供給されている食事は1000年前から保存されていたもの。

これらは宇宙にも持っていけるほどの優れた耐久性と保存性を有しており、かつての地球における最新の冷凍保存技術で1000年もの!長い間、劣化することなく、保存されてきた。

他にもフリーズドライや缶詰めなんかがある。あと、飴とかクッキーとか。さすがにケーキの類いはない。

それらは味も吟味されてはいるが、さすがに毎日では飽きる。と言うか、味気ない。

私は、解凍、調理処理された食事にアレンジを加えることでさらに美味しく頂けるように日々研鑽を重ねている。

大きな体をしたヴォルさんは人の3倍、いや、5倍は食べる。さすがに同じ味付けばかりは飽きる。私のちょっとしたアレンジを一番喜んでくれているのは彼だ。

「僕って結構、味にうるさいみたい。レトルトとかって受けつけなかったんだけど、早希姉のご飯は美味しく食べられるよ!」

最初、フランは食が細いのかな?って思っていた。細身の美少年(見ようによっては美少女にも見える)キャラなので違和感がなかったからだ。

それが不味くて食べられないと知り、私はさらに食料改善に燃えた。

お父さんもそんな感じだったからだ。こっちは美食家ならぬ、ただの無精で(研究に熱中するあまり)食べなかったから、意味合いが違うのだけど、美味しいものは喜んで食べていた。


「そ、そうかな?私も役に立ってる?」

「早希姉がいないと、僕は嫌だよ!」

そう力説するフランを私は思わず、ぎゅっと抱きしめ、さらさらのブロンドヘアに頬をすりすりと寄せた。

あー、癒されるわー。


「おい。ひっつき過ぎた」

そんな私達、姉弟の襟首を掴んで引き離すのはウィルである。

私は16才、フランは13才。別に男女の感情はない。ただの姉弟間のスキンシップなのにうるさい男だ。

「チビとは言え、お前も女だ。軽々しく男に引っ付いてんじゃねえ!」

はいはい、すいませんでした。性におおらか?なアメリカのティーンエイジャーにしては堅物である。


「まあ、じゃれあいはそれくらいにして。どうしますか?このまま、外に出てみますか?キューブの外に出るのは、僕も初めてなんですが」

「そうなんですか?」

「ええ。早希の前に目覚めたと言っても、ほんの3日前のことですからね。

早希だって、目覚めてすぐは混乱していたでしょう?僕もそうでしたから」

冷静沈着を絵にかいたような颯介さんでも混乱したのか。

いやまあ、普通はそうだろうな。私の場合、お父さんのこととか、記憶が残されていたこととか、さらに色々重なったから、ダメージが身体にまで及び、3日も寝続けてしまったが。


「初体験ですね!」

「は、はい。そうですね」

颯介さんが言うからあれだけど、ちょっとエロいと感じる私がおかしいのか。

ふと見れば、ウィルが真っ赤になっていた。

なんだかなー。言動と中身のキャラが一致してないよねー。

照れ屋か!私は心のなかで突っ込んだ。


私達は揃って玄関にやって来た。キューブ内はとにかく白で統一され、窓はない。

まんま箱のなかにいる感じ。

そんな籠の鳥さながらの私達も、とうとうお庭デビューである。

はあ。やっと自然の空気に触れられる〜。空調は快適なのだけど、私はエアコンとかが割りと苦手。自然な風が好きだ。


「では、開きますよ?心の準備はよろしいですか?」

柔らかなテレサの声が問い掛けるのを、皆が頷いた。

ヴウンと機械音が鳴り、私の前で扉が開いた。眩しい光が室内に差し込める。


光…、太陽の明るさだ。


私達は恐る恐る、外へと足を踏み出す。

ああ、綺麗だと感じるのと同時に、むっと濃い森の匂いが。

ああ〜。山のなかにキャンプに行った時の匂いだ。いや、それよりももっと濃い。

キャンプ場は山のなかだけど、人の手が入った場所だ。

しかし、ここは大自然の真っ只中!って感じ。

大きな虫とかがいそうで怖いな。私は基本的に虫が苦手。とくに足が多いやつ。

カナブンとか丸っこくてフォルム自体はかわいいけど、ブウンと言う羽音に驚いてしまう。

と、ここで馴染みのある羽音が聞こえた。

ん?カナブンかな?

それは森の奥からやって来た。一匹のカナブンであった。

けど、おかしいな。遠近感が…。


そいつは私の知るカナブンとは違っていた。何って、大きさが!

「ぎゃー!怪獣!」

私が叫ぶ。

ブウンと羽音をたてつつ、こちらへとやって来るのは大きさ10センチはあろうかと言う、巨大なカナブンであった。

艶々と黒光りするカナブン。私は颯介さんの背中へと隠れる。

「ぎゃー!ぎゃー!」

颯介さんを盾に、その腕に掴まるも、私は絶叫を続けた。

「ちっ、うるせえな。こんなのただの虫だろ」

ウィルが徐に右手を前方へとかざす。すると、何もない空間からピストル?らしきものが現れた。

ビュッと音とともに、光がそこから放たれた。

すると、カナブンが真っ二つとなり、地面へと落下する。

「虫一匹で喚いてりゃ、世話ねえな」

ウィルの手には白いレーザーガンが…。

レーザーガン?まんま、SF映画じゃん!もしかして、ライト○ーバーなんかもあるとか?

「レーザーソードならありますよ?」

私の素朴な疑問に颯介さんが答えてくれた。

はうっ!SFじゃーん!人類は遂にそこまでの進化を遂げたのか。

「あいにくですが、人類ではなく、テレサですが…」

「畏れ入ります。何しろ1000年も時間がありましたから」

テレサの照れた声。

ちょっ、テレサって何?神なの?








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