第2話 新しい仲間達
全裸を見られたショックから冷めやらぬまま、私は別室へと案内された。
そこは窓のない二人部屋で、
「いずれ目が覚めた女性と同室になってもらう予定だよ」
自称・兄こと颯介さんがそう言った。
「僕らも目覚めたのは、ほんの一週間くらい前なんだ。もちろん、ショックはあったよ。
けれども、ある程度、時間とともにショックから立ち直っている。今の君に必要なのは、まずは静養だよ」
と言い、そこから去って行った。
私一人を残して。
一人、残された室内で、私は途方に暮れていた。
何故ならば、培養液から出され時のまま、バスタオル一枚だったからだ。
颯介さんと一緒にいたウィルという青年は、颯介さんから早々に追い出された。
理由は兄妹ではないから。いや、あなたも私の兄ではないですよ?
「同じ境遇で同じ日本人同士だもの、もう兄妹でいいよね?」
と言う、何とも言いようがない回答が返ってきた。
ただ、彼は紳士であるのは間違いない。私の方を出来るだけ見ようとはせず、決して、触れようともしなかった。
あくまでもジェントルマン?に徹しつつ、私をここまで案内してくれた。
「知りたいことがあったら、声に出せば答えてくれるから」
と、最後に謎の言葉を残して。
「えーと。シャワーが浴びたいなー」
ぼそりと呟いた。
「了解しました。右手にシャワールームがあります」
すると、扉など何もなかったところがシュンと音とともに開く。
驚きつつも覗きこむと、そこにはシャワールームが!
「うわ!シャワールームだ!何これ、SF?」
まるで映画館で見た、SF映画の世界ばりの仕様に驚きつつも、まずは髪の毛までべっとりとまとわりついた培養液を落とすことに専念する。
シャワシャワーっと念入りに頭と体をこすった。シャンプーやリンス、ポディーソープなんかは私の知っているものと香りや形状は同じものだった。
自動洗浄されるとか、ちょっとだけ期待したんだけどな。
浴槽はなかったが、温水シャワーでホカホカと暖まり、浴室から出る。
さて、困ったな。タオルや着替えがないぞ。
「あのう。タオルとか着替えは…」
またしても、天の声とともに問題は即座に解決した。
着替えはベット下にあった(下着もだ!)。サイズはフリーサイズ。
私は平均身長・体重(いや。若干オーバー気味か)だったのでそこは大丈夫だった。
身支度を整えたら、どっと疲れが押し寄せてきた。
2つあるベッドのうちの一つ、左側に横たわる。あとからルームメイトが増えるみたいだが、どちらも同じ仕様だ。どちらを選んでも問題はないだろう。
そうすると、ついさっき消滅してしまった!父親との離別がひしひしと胸のうちに込み上げてきた。
出会ってすぐだもの。あまりにも、あっけなさ過ぎる。
「…お父さん」
片腕で瞼を覆い、歯を食い縛った。
泣くまいと思った。誰も聞いてなどいないのだから、思いっきり泣いたっていいのに。
何故だか、そう思ったのだ。多分、自分を生まれ変わらせるために、機械となってまで生き続けてくれた父親を悲しませたくなかったのだと思う。
けれど、そんな私の声に答える声があった。
「蓮司のことは、大変、残念なことでした」
それは先程から私の問いに答えてくれた声の主だった。
驚いて、涙が引っ込んだ。
「あなたは何?誰なの?」
私は半身を起こした。
「私は蓮司によって創られたAI、つまり人工知能です。
よろしければ、テレサと呼んで下さい」
「お父さんのこと、知っているの?」
お父さんは自分達のことを誰にも話すなと言っていた。けれど…。
「もちろんです。私を作製したのは、当時のコンピューターの権威ですが、私を育ててくれたのは蓮司ですから」
聞けば、お父さんから脳を取り出し、機械化したのもその権威とやららしい。
「あなたは彼とはもう、お会いしていますよ?」
「え?」
「颯介=ジェファーソン。あなたを案内してきた青年の前身です」
ジェファーソンは姓ではない。ルーツはカナダの日系三世なのだそうだ。
「ええええっ!」
もうもう!驚きすぎて要領オーバーだよ!
お父さんと言い、颯介さんといい。驚きの連続だよ!
「当時の彼は蓮司と同年代、お互いに意気投合していました。
蓮司が機械となって見守りたいと言う願いに共感し、実現させてくれたのも、彼がいたからこそです」
「はあ…」
私は大きなため息をつき、ポスンと枕へと頭を横たえる。
一度、死んだ人間には衝撃的な事実の連続は酷だよ?
「早希?大丈夫?」
心配そうな声。人間以外の何者でもない、そんな優しい女の人そっくりな声音の主に、
「心配しないで。ちょっと、頭のなかを整理したいだけだから」
と、返事を返す。
あー、でも、もう限界だ。眠い…。
目を閉じると、すぐさま睡魔に襲われた。それから泥のように眠った。
夜中にふと(窓のない部屋のなかなので昼かもしれないが)、目覚めると私の体に布団が掛けられていた。
颯介さんかな?と微睡みながら、そう思ったが再び、深い眠りに落ちた。
私が次に目を覚ましたのは、何と3日後のことだった。
「おはようございます。よく眠っていましたね」
寝惚け眼の私が布団から身を起こすと、テレサが声を掛けてきた。
「うん。おはよー。私、どのくらい眠っていたの?」
せいぜい、1日くらいだろうと思っていたら
まさかの3日とは!
クルルルとお腹の虫が盛大にないた。
「まあ、随分とお腹が減ってるようね?食堂に案内するから、まずは身なりを整えてからね」
まるでお母さんのようにテレサから甲斐甲斐しく世話を焼かれながら(もちろん、声だけの存在だから、実際に手を焼かれてはいないのだが、心情的に)、私は顔を洗って新しい服へと着替えた。
どうやら部屋着や下着なんかはベッド下に用意されて、普段着なんかはこれまた見えない扉の向こうからクローゼットが出現し、そこから適当に選んだものを着た。
カジュアル過ぎず、かつ、どこに着ていっても問題ないものを選ぶ。
あー、こういう時、制服があったら楽なんだけどなあ。
私はおしゃれに全く興味がなく、帰宅部で学校帰りにスーパーで安い品物を買うルーティーン、そんな高校生活を送っていた。
まわりが部活だ!恋だ、おしゃれだと騒いでいるのにも我関せずであった。
結局、高校生活も二学期の途中で発症したため、休学し、そのままだった。
「そう言えば、恵里はもういないんだっけ」
小学校からの幼馴染みは高校も一緒だった。家が近所で、父親と二人暮らしなのを心配した恵里の母親には随分と世話になったものだ。
お料理も掃除や洗濯の仕方も、ほとんど恵里の母親から習った。
恵里のお父さん、おじさんもいい人で、「もう一人、娘が出来た!」と、喜んでいたっけ。
あの人達も含めて皆、1000年も前に隕石の衝突で死んでしまったのだ。
そう考えるとブルリと背筋が寒くなった。
私の“新しい生”は、そんな人達の犠牲の上に成り立っているのだ。
そう考えると、とんでもないと思えた。
『私なんかが、生まれかわらせてもらって、本当に良かったのか』と、そう考えさせられるのだ。
「早希、どうしたの?食堂へは行かないの?」
テレサの呼び掛けで、はっと我に返る。
「ううん。ごめんね。案内してくれる?」
私はテレサの案内で(廊下の壁にランプが灯り、行き先を案内してくれるのだ)、目的の場所へと辿り着いた。
そこには颯介さんとウィル以外にも人影があった。
私が3番目だと言うことは、私が目覚めた後に起きた人か。
「やあ。やっと目が覚めたようだね」
颯介さんが片手を上げ、私を促すように手招きした。
「おはようございます?今は朝ですか?それとも夜?」
私が近寄ると、颯介さんは席から立って私のために椅子を引いてくれた。
ひえー!紳士〜。
「どちらでもないね。今は昼だ」
あ、そうなのか。じゃあ、今はお昼ご飯なんだね。
「そうだぞ、チビ。3日も惰眠を貪りやがって。グータラしてんじゃねえよ!ここじゃ、やることが山のようにあるんだぞ!」
聞いてもいないのに、ウィルが話に割り込んできた。
はあ?なによ、その言い草は?
知らないだろうけど、こっちは生まれ変わったと言う衝撃的な事実に直面したと同時に、父親との再会と別れを経験し、心身ともに疲れ果ててしまい、起きれなかっただけなのに。
「あのねえ!」
私が反論しかける前に、ウィルの頭を颯介さんの鉄拳が振り下ろされた。
「レディに向かって、何て言い草ですか。恥を知りなさい!」
颯介さんってば、見た目は日本人(しかも美形!)なんだけど、欧米人並みの紳士だ。
日本人ならこうはいかない。
「いってーな!殴ること、ないだろう!」
頭のてっぺんを拳で殴打され、ウィルは涙目であった。弱っ!
「言っても分からない者には体罰も辞しませんよ?」
颯介さんが握り拳を作って、再び、構える。
「ちょっ、待っ!悪かったよ。謝るから、暴力は止めろ!」
「分かればいいんです。かわいい妹ですからね。大事にしないと」
「俺だって、かわいい弟だろーが!」
ジトリと横目で颯介を睨む。
「何を言っているんですか?図体ばかり大きくて、可愛げのない弟などいりません」
「ひでえ!ひでえよ!」
見た目はシェパードなのに、まるでチワワのように吠えるね?
「ふふっ」
そこに可愛らしい笑い声が響く。
会ったことのある二人以外に、この場にいた少年だ。
「あ、ごめんなさい。けど、おかしくって」
さらさらのプラチナブロンドにスカイブルーの瞳をした、中学1年生くらいの少年だ。
日本なら、小学校を卒業したばかりの、あどけなさを残しているっていう感じだ。
「あの、この人は?」
「ああ、紹介しましょう。君が目覚めた翌日に目を覚ましたフランツ君です」
「はじめまして。フランツです。よろしくお願いします」
「あ、こちらこそ。よろしくね。私は、早希って言います」
どうやら、こちらでは姓を名乗らないようなので、あえて早希とだけ名乗った。
だって、記憶もないんだから、家名とか必要ないよね?
さすがに名前がないと不便だから、名前の情報は与えられているのだろう。
「ここの流儀で言うと、僕のお姉さんと言うことになるのでしょうか?」
フランツ君の素朴な疑問に対して、
「うん、そうだね」
と、颯介さんがにこやかに応じる。
「まあ、それも今だけだろうよ。目覚める順番が先でも年上なのがいるからな」
ウィルが親指を立てて示した先に、両手にプルートを捧げもったマッチョがいた。
「あれ、5番目」
その人は私の前に食事の乗ったプレートをそっと置いてくれた。
「あ、ありがとうございます」
私がお礼を言うと、うむと顎で答える。
それからフランツ君の隣に座り、自分のプレートから食事をとり始めた。
「お前なあー、お代わり何回目だよ?確か、5回だよな」
え?そうなんだ。どうして、私だけに運んで来てくれたのか不思議だったのだけど、あとの3人は食後のブレイクタイムであったらしい。コーヒーや紅茶の入ったカップが置かれている。
「食料だって無限じゃねえんだ。少しは遠慮しろ」
ウィルの言葉にマッチョさんがシュンとする。
「気にしなくていいんですよ。食料問題はおいおい解決する予定です。好きなだけ、食べたらいいんですよ」
ウィルのほっぺをギュウギュウと捻りながら、颯介さんが言う。
凄いな。人のほっぺたってあんなに伸びるんだと、私は食事をとるのも忘れて、変に感心していた。
ウィルがギブギブと机の上を叩いていても、気にならないくらいだ。
「ウィルは話す前にまず考えましょうか?僕は仏ではないのですよ?毎回、許してもらえるとは思わないことです」
微笑んでいるのに冷気が漂ってくる。
「悪かったよ!俺が口が悪いのは、前からだ!…多分」
何なの、この残念な生き物は。本当に選ばれた人間なのかしら?
もしかして、私と同じような権力者なんかの推薦枠なのだろうか?
「ウィルはこう見えても、宇宙工学の権威なのですよ?スペースシャトルにだって、乗り込んだこともあるくらいです」
ええ!驚きすぎて、声も出ない。このお気楽なアメリカ人が?
「てめー、失礼なこと考えているだろう?」
は!考えを読まれた!
「いいから、食べなさい。お腹が空いているのじゃありませんか?」
すると、空腹感が押し寄せてきた。
私は、食べることに専念する。
食事を終え(私もお代わりしてしまった)、改めてマッチョさんと自己紹介だ。
「ヴォルフです」
言葉数、少なっ!ドイツ出身とのこと。
「専門は農業です」
はあー、お百姓さん?いや、農学者かな?改良とか、そんな高度な技術者だ。
「僕は生物学が専門です。ヴォルフさんとは地球の食料事情を担う予定です」
さらっさらの髪を靡かせつつ、フランツ君が綺麗な笑みを浮かべる。
「さしあたって、牛や豚の生成ですね。遺伝子は残っているようなので。これから、家畜として育てます」
「…麦」
「小麦粉は必需品ですよね?日本人なら、米?もかな。
ああ!飼育用の飼い葉もお願いしますね。培養液を使えば、すぐに仔牛や仔豚は作れると思います。
それから、大きく育てて美味しく頂きましょう」
フランツ君が晴れやな笑顔でそう言った。
いや、食べるよ?食べるけど、そんないい笑顔で言って欲しくなかったな。
ちなみに私は豚バラとベーコンが好きです。
「まあ、1年かそこいらは保存食で賄えると思いますよ?テレサによると1年で人口は多くても100人くらいしか増やさないと言っていましたし。
まずは地球の環境に適応するよう、幅広い知識集団に限って目覚めさせると言う、試験的な目覚めらしいですから」
「え?そうなんですか?」
「ええ。保管してある遺伝子全てを一気に目覚めさせても仕方がないんですよ。
住居もそうだし、食料だってすぐに足りなくなってしまいますからね。
我々は人類が再び、地球に住めるように地ならしを行う初期メンバーとして選ばれたのです」
ほあっ!そんな重要なメンバーに私も入ってるってこと?
ちょっと、お父さーん。文句を言いたくても、言えない。やっぱり、いなくなるのが早すぎるよ!
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