やりなおし地球生

NAGI

第1話 人生、やり直します

今からおよそ1000年くらい前、地球は一度滅んだ。戦争や核兵器による人滅亡でも、地球温暖化による人類淘汰などでもない。

はっきり言おう。銀河系から飛来してきた隕石による滅亡だ。

人間も動物も、そして、植物にいたる全てが消し飛び、海は干上がった。

あれだね。火星とか月とか、水のない世界だね。そういうのが一瞬で出来上がった。


ただね、一つだけ違ってたんだ。それはね。空気だけは残ったんだ。

昔の私の乏しい知識でしかないけど、空気のあるなし惑星の創成にとても重要らしい。


昔の私と聞いて驚いた?そうなの。本来の私は滅びる前の地球で生まれた。

本来のって言うと、これまた変な話なのだが、1000年前の私は一度、死んだ。

あ、でもね、隕石の衝突で亡くなった訳ではないんだ。

それよりも少し前に病気で死んだ。その頃は不治の病として知られる病気で、どうしても治せなかったんだ。

それに絶望したのが、私の父親だ。それと言うのも、大好きだった妻(つまり私の母親だね)も同じ病で亡くしていたせいだ。

その病は遺伝によるもので小さい頃は元気な子供だったのだけれど、高校に入学してすぐに私は突如、発症してしまった。

それからはもう、時間との戦いだった。

健康だった体はみるみるうちに痩せ細り、ついには起き上がることさえ出来なくなった。

父親は医者ではないが、遺伝子を専門とする学者で、何とかして病を治す方法はないかと夜も眠らず治療法を探していたが、その甲斐もなく、私はわずか16才と言う若さでこの世を去った。


それからのことはよく分からない。ただ、知識としてスリープ学習を施されていた。

地球の滅亡は、そこから知ったのだ。私が何故、生き返ったのかはスリープ学習ではない、別の方法で知らされた。


私の父親は学者だった。それも遺伝子を研究する学者だ。

愛する妻と子供を失った父親は、私達を何とか甦らせようと私の死後、研究を続けた。

一心腐乱に研究する父親を同じ学者仲間は狂人だと噂した。それくらい、常軌を逸していたのだろう。

それでも父親は決して諦めなかった。

そして、遂にそれは完成した。世に言う《クローン技術》である。それも完璧な。


そんな矢先のことだ。地球に巨大な隕石が向かっていると言う情報が入った。

地球ほど大きくはないが衝突すれば確実に地球は滅びてしまう程度には大きかった。


それまでいがみ合っていた大国同士は即座に争いを止め、対応に乗り出した。

共同で強力な兵器の開発や大勢の人類を乗せることが出来る宇宙船の開発など、出来ることは全てやった。

ありったけの兵器をぶつけての隕石破壊は全て徒労に終わる。ただの石や砂で出来た惑星ではなく、とてつもなく頑丈な成分で構成されていたのだそうだ。

破壊作戦によって僅に削り取られた、それを地球へと持ち帰って研究した結果、それを利用して、小さなプラントを作ることに成功した。


文字通り、プラントいやプランターだ。


育てるのは植物ではない、人間だ。多数の人間そのものを保護するシェルターには程遠い、小さなプラントだ。小さいと言っても、東京ドーム?くらいの広さはあった。

実際に見てはいないけどね。何しろ地中深くに建設されたものだ。


しかし、たくさんの遺伝子(DNA)を保存することは可能であった。

そこで遺伝子保存のためのエキスパートである父親に白羽の矢がたった。

クローン技術を確立し、さて、私を甦らせようとした頃だ。

残念ながら、随分と前に亡くなっていた母親の遺伝子は取り出せなかったらしい。


父親は再度、絶望した。やっと、愛娘(私)を甦らせ、二人で幸せになろうとしていた矢先の衝撃的な事実である。

その頃には全人類に隕石到来の報告がもたらされており、世界は未曾有の大混乱の最中であった。


父親は世界政府の要請に、ある一つの条件をつけ、協力を申し出た。


そう、それは私の遺伝子を保存して甦らせること。


遺伝子は全ての人間のものが保存される訳ではない。遺伝子そのものは小さくとも、そこから人間を創造し、育成するためにはそれなりに選別が必要であった。

しかも、日本に限らない。遺伝子保管プロジェクトは全世界を巻き込むシナリオだ。

残されるのは誰よりも秀でた遺伝子が優先される。


そんななかで平々凡々な私が残されるなんて、ホント、創造者(父親)はやってくれたよ。


そして、迎えた滅亡の日。人類はありったけの滅亡回避をこうじてきたが、誰一人、残れなかった。

一部の金持ちや政府の要人が宇宙船に乗り込み、一時的に滅亡から逃れられたが、数年と経たず、燃料切れなどで宇宙の塵となった。


それから1000年後の未来。私にしてみれば、現在なのだけど、私は地球の地中深くに埋め込まれたプラント内の培養液のなかで、すくすくとある程度まで成長し、とうとう目覚めの時を迎えた。


最初に聞こえてきたのは、朴訥とした中年男性の声だった。

「…るか?…聞こえているか?さき…、早希、お父さんだよ」

ぼーっとした頭のなかで、その声は響いて聞こえた。

は?お父さん?何よ、朝から一体。夜型研究者の父親から起こされたことなど、物心ついてからは一度もない。

いつだって私が先に起きて、朝ごはんを作り、洗濯やゴミだしなどしてから、学校に行っていたのだ。

小学校に上がる前は、母方のおばあちゃんが手伝ってくれていた。父方の親戚はおらず、唯一の血縁であった。

その祖母もまた、病気で亡くなり、生活力皆無の父親持った私は、早くから自立?した子供であった。


だから、不思議な感覚だ。お父さんに起こされるなんて。


「早希、おはよう。ようやく、目が覚めたようだね?

他の者の目覚めには機械の音声システムが目覚めと同時にコンタクトしているはずだが、早希だけは私の声で起こしたかったから」

は?何を言っているのか。音声プログラムとは何?声の出る目覚まし時計のことかな?


そこで私は、ようやく覚醒し、目を見開いた。

ほえ?何で?水のなかにいるの?

ちょ、ちょっと待って!溺れるう!!

バタバタと両手で水をかいた。


「大丈夫だ。落ち着いて、息をしてごらん。決して、溺れたりしないから」

研究馬鹿で世間知らずの父親であったが、いつだって優しかった。

母親が私がまだ幼い頃に亡くなったため、母親の分まで私を愛してくれた。

「大丈夫。大丈夫だよ」

私は、大好きな父親の優しい声音にすっと心を落ち着けることが出来た。

鼻と口から空気を吸うように息を吸ってみる。

苦しくない。普通に息が出来た。


「もう大丈夫だね?調子はどうだ?どこか、痛いところはないか?」

調子?あ、そうだ!私は病を発症して、寝たきりとなっていた…、いや、死んだはずだ。


「ああ。その記憶も残っていたのか。すまない。君だけは完璧に甦らせようと病の元以外は全て元通りに創成してあるんだ」


「…おと、お父さん?」

水の中でも言葉を発することが出来た。

「ああっ!嬉しいな!もう一度、君からお父さんと呼んでもらえた!機械となっても意識を残しておいて本当に良かった!」


それから、私は延々と機械となった?お父さんとおしゃべりを続けた。

最初はやっぱり、混乱したり、驚いたりと大変だった。

だって、私は一度は死んだ人間だよ?それが壮大な人類保管プロジェクトに巻き込まれた結果、復活したと言うだけでも相当な驚きなのに、地球が一度、滅んでしまっただなんて。


お父さんは世界政府と協力し、プラントの創設に尽力した。

世界政府の面々は父親の遺伝子も残すべきだと主張したが、父親はそれを拒んだ。

代わりに機械と同化して、娘を含む遺伝子を見守ることにしたのだそうだ。


「でも、どうして?お父さんも遺伝子を残せたんでしょう?そしたら、また二人で暮らせたのに…」

「ごめんよ。でも、私が残ったとしても愛希は…、お前のお母さんはいないんだ。

それならば、私はお前の父親のまま、そして、愛希の夫のままの生を終えたかった」

「…お父さん」


それから二人でたくさんの話をした。お父さんは機械と同化しつつも、100年ごとに目を覚まして地球がどうなっているか、その都度、確かめていたのだそうだ。


最初の100年はただの不毛の大地でしかなかった。

それがゆっくりと、けれど、着実に地球は元の進化を遂げ始めたんだって。

空気って偉大だね!それがあるなしで、月みたいに岩や砂ばかりの惑星にならずにすんだ!


長い年月をかけて、雨が降って海が出来た。それから火山活動により陸地が形成され、最初の生物が生まれた。


その辺りのことは科学や生物なんかの教科書を開いて見てほしい。

私は学者の父親に似ず、理数が壊滅的であった。よく、高校入試を突破出来たと我ながら感心するほどだ。


そうした生物の進化と植物の進化を経て、ようやく人類が暮らせるようになるまで、およそ1000年の年月がかかった。

そうした世界を前回の目覚めで見て、人類が暮らせると確信した父親は、再度の眠りにつかず、人類が安心して暮らせるようように土台作りから始めた。

機械となった父親は同じ機械を駆使することで地表での街作りを開始したのだ。

それからさらに100年が過ぎて…。


「ここはプラントの内部ではないんだ。地表に、建設した施設の一部だ」

遺伝子や地球復興のための資材が詰め込まれたプラントはそのままに、父親はようやく遺伝子から人類創造を開始した。

遺伝子レベルで極小サイズの私を赤ん坊の姿にまで戻して、それから地表の施設で本格的な培養を開始したのだそうだ。


そして今日のこの日、私は目覚めた。

「早希の他にも大勢、目覚めたはずだ。彼らは一応に前世の記憶はない。

遺伝子は同じだけれど、全くの別人格だ。早希は特例なんだ。

それを知られないようにしなさい。どこでどのような反感を買うかわからないからね」

「う、うん」

私は素直に頷いたものの、ちょっとした違和感を覚える。

「ねえ。お父さんは?お父さんのことは話してもいいの?機械となったとは言っても、お父さんも記憶を残しているんだよね?」

「ああ…、そうだね。けれど、心配はいらない。もうじき、私は消えてなくなるから」

「え!どう言うことなの?お父さんがいなくなるって?」

「私は機械と同化したと言ったよね?脳と脳髄を取り出して、早希と同じ様に培養液のなかで存在していたんだ。

脳の寿命はおよそ100年くらいと言われている。私は機械と同化し、ほとんど眠りについていたが、この100年は起きて活動を続けていたんだ。

…寿命だよ」

「嫌だよ!そんなの嫌だ!せっかく会えたのに!それに勝手に私を甦らせた張本人が勝手にいなくなるなんて、あり得ないよ!」

「すまない…。けれど、大丈夫だ。私が消えても、大勢の仲間がいるよ。

早希にはもう一度、新しい人生をやり直してほしい。

それが…、それだけが私の願い…希望…なんだ」

徐々に細くなっていく声。

お父さんの言っていることは本当なんだ。

私は涙を流しながら、培養液のなかから器となっているガラスを叩く。

お父さんの声だけが頭の中に響いてきて、目の前にいる訳でもないのに、そうしなければいられなかったからだ。


ドン、ドン!


力の限り、拳を打ち付ける。ガラスは強化セラミックガラスで出来ており、頑丈だ。

しかも、液体の中で叩いても大して強度もない。


「早希、すまない…。愛…して…いるよ。お母…さんと…一緒に見守…」

そこで音声が途切れた。

「嫌だーっ!お父さん!」

私は、声の限りに叫んだ。

けれども、お父さんは二度と、私の声に答えてはくれなかった。


私は再び生まれて、その日に父親だった人を失った。


それはひどい喪失感だった。お父さんも、私やお母さんを亡くした時、こうだったのかな?


培養液のなかで膝を抱え、どのくらいの時間が流れたのだろうか。


再び、私の頭の中に直接、声が響いた。

今度は女の人の声だ。

「おはようございます。富樫早希さん!あなたは3番目に目覚めた地球人です!」

え?3番目?一体、何を言っているのだろう。

私はノロノロと頭を上げた。すると、培養液とガラス越しに人の姿が見えた。


「ちょっ!マジ、ヤバイって、女の子じゃん?素っ裸なんだけど」

「こら、ウィル。失礼なことを言うな。それから見るな。犯罪だぞ」

「っ!兄貴も見てんじゃんか!同罪だろ!」

「俺はいいんだ。言わば、彼女にとって兄にあたる存在だからな」

「それを言うなら、俺だって兄だろ!」

「お前はダメだ。せいぜい、弟だ」

「イヤイヤ、待てよ。順番もだけど、見た目も俺より年下じゃねえか」

「弟だ」

「だから!」

私は二人のやり取りをボンヤリと眺めていた。口の悪い男の人は見た目、大学生くらいだろうか。金髪碧眼、どう見ても欧米人だ。ノリの軽さからアメリカっぽい。

そして、もう一人が20代半ばくらいか?黒髪に黒い瞳の日本人だ。

中国や韓国っぽくない。私と同じ日本人だろう。


二人は延々と掛け合いを続けている。見た目は全然兄弟っぽくないのに、まるで血の繋がった兄弟みたいだ。


「あの…、あなた達は一体?」

私の声に二人が言い合いを止め、こちらを見る。金髪君はうっすらと頬を染めている。

「ごめんね。目覚めたばかりで分からないだろうね?僕らは同じプラントに保護されて、そして、生まれた兄妹のようなものだよ」

黒髪の男の人がそう言った。

「僕は颯介と言います。君の名前は?」

「…早希」

「そう。早希さん、いや早希ちゃんか。分からないことだらけだろうけど、これからよろしくね。

とにかく、まずはそこから出ようか?」

そう言ってから、私の入っている培養液と繋がる機械を操作した。

すると、培養液が徐々に流れ出す。

私は慌てて口をパクパクさせた。

「恐がることはないんだ。すぐに空気を感じられるからね」

培養液から頭が出て、空気に触れた。


カハッ!


私は空気を吸い込んだ。

次いで床の上に崩れ落ち、ゴホゴホと派手に咳き込んだ。まるでブールの水に溺れて、そこから抜け出した直後みたい。

「苦しい?すぐに苦しくなくなるからね。頑張って」

そう言いながら、颯介さんが私の背中をそっと撫でる。

ゴホゴホ、ゴホゴホ。

何度も咳き込む。やっと、まともに息が吸えるようになった。

「良かった。もう、大丈夫だね?」

私は涙の滲む目で隣に膝をついている颯介さんを見上げた。

優しい顔…。お兄ちゃんがいたら、こんな感じだったのかな?


「おい!いつまでそうしている気だ。さっさと服を着ろ!」

金髪君が私の頭の上からバスタオルを放り投げてきた。

むっとする。

「はあ?何でムッとされてんの、俺?そこはありがとうじゃねえの?」

私がむッとしたのを感じとってか、不満気である。

「お前なあ!自分の状況をよく見ろよ!ガキなのはともかく、野郎二人の前で素っ裸ってありえねえんだけど!」

は?裸って…。

私は下を見た。

裸だった。


「いや、ああああああ!」

心の底から、絶叫した。

お父さーん!アフターフォローが不十分過ぎるよ!

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