第139話 悪役令嬢は王から神になる
それは本当に一瞬の出来事だった。
王都連続失踪事件の時の犯人、魔族ゼアロの最後の時と同じように、闇は何万という魔族たちの中に吸い込まれるように収束し、消失した。
残ったのは、断末魔さえ上げることの出来なかった、おびただしい数の魔族たちの慣れの果てだ。
元は人だったはずの屍は、風にさらされ音もなく灰と化していく。
静寂がしばらく続いたあと、騎士たちがぽつぽつと声を上げ始めた。
「やった……」
「魔族も魔獣も消えた!」
「神子様、万歳!!」
「王太子夫妻、万歳!!」
背後で上がる大歓声は聞こえていたけれど、私は振り返ることが出来なかった。
まだ夫妻じゃない、というツッコミさえ出来ない。
動けなかった。ブラックホールのような闇の塊が敵を一瞬で飲みこむのを、誰よりも近くで見ていた私は、棒立ちのまま完全に固まっていた。
(なっっっに、今の⁉ 最早災害レベルでしょ!)
吸収したばかりの、火竜が一身に受けていた国中の毒もすべて解放したとは言え、魔族ゼアロと戦った時とは比べものにならない威力だった。
あのショタ神、王道乙女ゲームを悪役令嬢が無双するゲームに改変したのでは、と疑いたくなるほどの衝撃。
(竜人云々の前に、もしかして私って既に人外の域に片足を突っこんでた……?)
そんなバカな、ともう一度自分の顔に触れてみると、電子音と共に現れたウィンドウには――。
————————————
【オリヴィア・ベル・アーヴァイン】
性別:女 年齢:16
状態:健康 職業:侯爵令嬢・毒神new!・神子・竜人の末裔new!
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
《創造神の加護(憐み)》
毒スキル
・毒耐性Lv.8
・毒吸収Lv.9
・毒解放Lv.Max
・毒昇華Lv.5 new!
————————————
(毒の王から毒の神になってるし、またよくわからんスキル技増えてるし)
そしてレベルが大幅アップしている。
このレベル、上がり具合から10段階あるとは思っていたけど、やっぱり10がMaxだったか。
耐性より解放がMaxに到達するとは。吸収ももうすぐだけど、それよりも気になるのは耐性についてだ。
これまで摂取した毒と同レベルにスキルがアップしてきたけれど、それはつまり今回の毒より更に上の、レベル10の毒があるということだろうか。
しかもレベルがMaxになると、今回の広域展開のように他のスキルもランクアップする可能性も無きにしも非ずで。
正直もうお腹一杯。考えたくもなかった。
それにしても、今回は相当アレな毒だった。
仮死状態が解除された時、一瞬見えた経験値がとんでもない値だったような。
火竜を苦しめていた毒の量、えげつない。
まあ今回はそのおかげで、魔族となってしまった反乱軍を一掃することが出来たので結果助かったのだけれど。
ようやく安堵の息を吐き、身動き出来るようになった。
溜めこんでいた大量の毒を解放したからか、体がスッキリと軽い気がする。
今なら空も飛べそうだと思った時、その空で繰り広げていた戦いにも終止符が打たれた。
「あれを見ろ!」
「おお! 火竜が……!」
誰かのその声に上空を見上げると、炎の渦に巻かれた大公を、火竜が嚙み砕くのが見えた。
大公の操る無数の剣が砕け散り、キラキラと輝きながら消えていく。
世紀の大決戦の終幕を、私たちはこの目で見届けたのだ。
空に大地に響き渡る、勝利を告げる竜の咆哮に、歓声が上がった。
「……ありがとう、イグニオス」
イグバーンの危機を救ってくれた守護竜の名前をそっと呼んだ時、後ろから駆けてくる足音がした。
振り返ると同時に、伸ばされた腕に強く抱き寄せられていた。
「オリヴィア!」
「ノア様……」
ぎゅうぎゅうと強く抱きしめられて、ああ帰ってきたなと感じながら、私も抱きしめ返す。
ノアの危機に間に合って、少しでも力になることが出来て良かった。
「怪我はないか?」
「ありません。ノア様が特大の魔法を使ってくださったから」
「良かった。……結局、また君に助けられたな」
ありがとう、と言おうとしたノアの唇を、指で押さえて止める。
きっとその「ありがとう」の次には「すまない」と謝罪の言葉が来るんだろうから。
「お礼はいりません。だって、私はあなたの妻になるのですから。この国を守るのは、私たちふたりの使命なのでしょう?」
とっくに覚悟は決まっている。
近い将来、国王になるノアの隣で、私も彼と一緒にこの国を守るのだ。
「オリヴィア……」
「これからも、一緒に守っていきましょうね」
私がそう言って笑うと、ノアは感極まったような顔でもう一度抱きしめてきた。
「ああ……神は、何と得難い人をお与えくださったのか」
「ふふ。まあ確かに、私たちが出会えたのはデミウルのおかげですね」
そこだけは本当に、心から感謝している。
後は大体その大雑把さとマイペースさに腹立たしさばかり感じているけれど。
「オリヴィア、僕は君なしじゃ生きていけない。愛してる。ずっと傍にいてくれ」
「ノア様、もちろんで――」
「死ぬまで一緒だ」
「え。ええ、それも当然——」
「いや、死んでも一緒だ。来世も、未来永劫に」
素晴らしい笑顔でそう言ったノアに、私はもう何も言わず笑顔で返すしか他なかった。
(げ、激重……)
業火担と私は未来永劫ニコイチらしい。
それも悪くないか、と思ってしまう私はもうすっかり彼の虜になっているんだろう。
「はい、ノア様。永遠に」
この美しく勇ましく賢い人が、未来永劫私だけと口にする。それは幸せ以外の何でもなかった。
私とノアを囲み、人々が勝利に沸く中、風の精霊グリフォンが空から現れ目の前に舞い降りた。
「王太子殿下! オリヴィア様!」
グリフォンの背から降りてきたのは、戦場で姿を見かけなかったノアの片腕、ユージーンだった。
「ユージーン! 無事だったか」
「ユージーン様、今までどこに……」
ユージーンは私を見て「ご無事でしたか」とほっとしたように微笑んだ。
普段クールな男の珍しい微笑みに、ドキッとしたりなんてしないんだから!
などと頭の中で冗談を言ったのが伝わったのか、業火担が笑みを深めて抱き寄せてくる。
本当にやめて、冗談だから。
「王太子殿下の御命令で、とある方を保護しに」
「とある方……?」
ユージーンが振り返り、後ろを示す。
彼の背後では、ちょうどグリフォンからマントのフードを目深にかぶった男が降りてきたところだった。
そのフードの下から微かに見えたのは、眩い金の髪と新緑の瞳だ。
「え……! ギルバーんぐっ」
「しぃ。オリヴィア。ここでギルの存在がバレるのはまずい」
ノアに素早く口をふさがれ、私は驚きながらもコクコクと頷く。
「一応反乱軍の象徴とされていますからね。いま知られると何をされるかわかりません」
そうか、反乱軍の将としてギルバートが立たされていたことをすっかり忘れていた。
ユージーンがいなかったら、ギルバートもあの毒解放で死んでいたかもしれない。
(メインヒーローを毒殺とか、そうなったら完全に悪役令嬢まっしぐらだったかも)
何より、可愛いセレナを悲しませるところだった。
血の気が引いていく私の前で、ギルバートは突然地面に膝をつき、私たちに頭を下げた。
「すまない。迷惑をかけ続けていることはわかっているが、どうしても頼みたいことがある」
「ど、どうしたんですかギルバート殿下。あなたが悪くないことは皆わかっています。だからノア様たちもお助けし――」
「セレナが母上に捕らわれている」
頭を上げると、ギルバートはフードの下から迷いを捨てたような顔で私たちを真っすぐに見つめた。
一度目の人生を含め、こんなにも意思の強さを感じる彼の瞳は初めて見た。
「セレナを助けたい。力を貸してくれ」
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