第138話 悪役令嬢の進化


 悪役らしく殲滅宣言をしたはいいものの、私はあくまで一令嬢。このような戦事については詳しくない。

 はい皆下がって~、と言って簡単に済むものではないらしい。



「今この状況で、前線全体を下げる指示を出してすんなり通るとは思えない。火竜の登場で、皆今が好機だと思ってる。暴走気味の兵も見受けられるしね」


「それは困ります。味方を巻き込みたくありません」



 私がこれからしようとすることで、人間の犠牲者は出したくなかった。

 これは敵が皆、魔族に乗っ取られてしまったからこそ取れる選択肢なのだ。



「優しいねオリヴィアは。僕としてはオリヴィアの邪魔になるなら巻き込まれても仕方ないと思うが……」


「ノア様。この状況で冗談は……」


「戦争に犠牲は付きものだよ」


「……。」



 うん。冗談じゃなかった。

 国を統べる者として、少数より大勢を選択するのは当然なのかもしれないけれど、ノアの場合は王族としてというより、何というかその、業火担として言っている気がする。

 私の業火担は味方にも厳しい。というか、私以外には慈悲の欠片もない。


 どうしたものかと思っていると、それまで黙っていたトリスタンが近づいてきた。



「王太子」


 声をかけられたノアは、トリスタンから私を隠そうとするように前に立つ。


「何だ……これは、宝玉か⁉ 一体どこで!」



 トリスタンがノアに差し出したのは、あの地底湖の祭壇にあった、王の象徴のひとつである宝珠だった。

 ノアに渡さなければと思っていたのに仮死状態に入ってしまって、てっきり祭壇に置いたままになっているものとばかり。



「トリスタン様。持ってきてくださったんですね」


「一応な」


「ノア様。それは湖の小神殿の下で眠りについていた、火竜の傍に隠されていました。戦いが始まってしまった今、あまり意味はないかもしれませんが……」



 ノアは宝珠を受け取ると、少しの間何か思案するような顔で黙っていた。

 やがて頷き、私に向かって笑顔を向ける。



「意味は十分ある。これで前線を下げられるだろう。ありがとうオリヴィア」



 いや、持ってきたのトリスタンですけど。

 と言う雰囲気でもなくて、私は笑って聞き流した。

 トリスタンが不快に思っていないといいのだけれど。


 軽くノアと打ち合わせ、私は私の役割をこなすべく、シロを呼び出した。



「シロ!」


 今度はすぐに宙に光の粒子が集まり、神獣シロが姿を現した。


『はいは~い。ちゃんと来てあげたよぅ、ってくっさ! もう、また魔族臭いところに呼び出す~っ』


「サボってたくせに文句言わない!」


『サボってたわけじゃないのにぃ』



 悪いのは僕じゃない、とブツブツ言い続けるシロの背に乗り、ノアを振り返る。


「ノア様、では手筈通りにお願いいたします」


「オリヴィア、無茶はしないでくれ」



 私がどれだけ人外じみた力を得ても、ノアはいつだって変わらず心配してくれる。

 そのことにほっとしながら、私は自分の胸をドンと叩いて見せた。



「大丈夫です。どうやら私、神になったようなので!」


「は……? それはどういう……」



 詳しく聞きたそうなノアに笑いながら、私とシロは空へと舞い上がった。


 火竜と大公はさらに上空、もっと王都から離れた位置に場所を移し続いていた。

 これ以上イグバーンの民を巻き込まないよう、火竜が配慮してくれたのかもしれない。


 空からは戦況がよく見える。明らかにノアたち騎士団中心の軍と、魔族に取り込まれた反乱軍では、敵のほうが数も多く優勢だ。

 魔獣も数多く投入されているようで、数はざっと見て倍以上ある。


 少し不安になりながら、私はシロと共にノアの動きを見守った。

 ノアはまず大きな雷を落とし注目を集めると、宝玉を高々と掲げ自身の軍勢に向かって声を張り上げた。



「皆、よく聞け! 火竜がこのノア・アーサー・イグバーンに宝玉を授けられた!」



 輝く宝珠を手にしたノアの姿に、騎士たちがざわめく。


「おお……!」


「火竜が宝珠を!」



 ノアの王者に相応しい威風堂々とした姿に、騎士たちが次々に感動を口にし、釘付けになっている。

 更にノアは剣を天に向かって突き上げ、



「正義は我らにあり!」



 と叫んだ。その瞬間、青白い稲妻がノアの剣に落ち、彼を眩く輝かせた。

 大地が震えるほどの歓声が上がる。



「やはり王太子殿下が正統なる後継者だ!」


「王太子殿下万歳!」



(さすがノア様。皆すっかりノア様に魅入ってるわ)


 宝珠を使って人心を操る。

 聞こえは悪いかもしれないけれど、この状況で最良の一手だったと思う。


 私だって、使えるものは神獣だって使う、というのがモットーだ。

 使えるものは宝珠でも使うノアには共感しか湧かない。私の婚約者は最高だ。



「魔法を使える者は前へ! 魔法で敵の進軍を阻みつつ、全軍後退し距離を取れ! 神罰が下る時が来た!」



 完全の騎士たち士気を掌握したノアは、手筈通り支持を出し前線を急ぎ後退させた。

 逆らう者はいなかった。皆がノアを信じ、迷うことなく動いた。


 追いかけてくる敵兵を前に、ノアはひとり立ち止まり前を向くと、剣を高く掲げた。

 急速に集まってきた黒い雲が空に渦を巻き――



「【荒ぶる天馬の嘶き】!」



 直後、ありえないほど広大な範囲に雷の雨を降らせた。

 その様はまるで、神の怒りを次代の国王が代弁したかのようだった。

 圧巻だった。敵も、味方の騎士たちさえもも、ノアの力を目の当たりにしその動きを止めていた。


 今しかない、と私はノアの大魔法のおかげで出来た空間に、シロと共に舞い降りた。

 私が反乱軍の前に立ちはだかると、ノアの魔法に怯んでいた魔族たちが再び動き始めた。



「ふふふ……。儚くか弱げていかにも深窓の令嬢といった感じの私に油断したわね!」


『実際は正反対のじゃじゃ馬令嬢なのにねぇ』


「おだまり」



 シロの尻尾をムギュッと掴んで黙らせた後、私は迫りくる魔族軍に向かい両腕を広げた。

 さあ、今こそ神の加護呪いを存分に発揮する時だ。


 覚悟を決めた瞬間、頭の中であの気が抜ける電子音が鳴り響く。




【ストレージに収納された毒を全て解放します】


【スキルレベルが10に達したので広域展開が可能になりました】


【広域展開を選択します】





「【毒拡散】!」




 全身が燃えるように熱くなった直後、目の前に圧倒的質量の黒い闇が展開され、魔族と化した兵士や魔獣の大軍を飲みこんだ。


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