第137話 再会と悪役令嬢の微笑み
懐かしい響きの歌の名前を、私はもう知っていた。
火竜の為の、目覚めの歌だ。
透きとおる笛の音の中に、甘く柔らかな母の歌声が聴こえた気がして、私は目を覚ました。
良い目覚めだったはずなのに、途端に頭の中で電子音が連続して鳴り響いたので台無しだ。
【仮死状態を解除しました】
【毒の無効化に成功しました】
【経験値を102000獲得しました】
【レベルがアップしました】
【ランクがアップしました】
「ほんとうるさ……え?」
まぶたを開いた先に待っていたのは予想もしない、血と魔法が飛び交う戦場だった。
たくさんの騎士と魔族たちが戦っている。叫び声、剣戟、魔法による破壊音。恐ろしい音が平原に溢れ、鳴りやまない。
非現実的な光景に、私はまだ夢を見ているのかとぼう然となる。
「オリヴィア! 目が覚めたか!」
血みどろの視界を塞ぐように、突然目の前に現れたのは――。
「……ノア、様?」
「大丈夫か? 痛みは? おかしな所はない?」
心配そうに、星空を閉じ込めた瞳が揺れている。
恋しくてたまらなかった人が目の前にいる。
信じられない気持ちで彼の頬に手を伸ばした。
「本当に、ノア様?」
問いかけに答えるように、力強く手を握られる。
「ああ、そうだよ。僕だ。君だけのノアだ」
「ノア様……!」
本物だと実感すると同時に、私は彼に飛びついた。
ノアだ。本物のノアがいる。
無事でよかった。会いたかった。
私が何度もそう繰り返すと、ノアも「僕もだ」と返してくれた。
「オリヴィア……君は何度僕を心配させれば気が済むのかな」
ひとしきり抱き合い、お互いの無事を確認し合うと、困ったような顔でノアに叱られた。
「火竜の毒を一身に受けたと聞いた。なんて無茶をするんだ」
「ノア様だって、反乱軍と戦争になったと聞いて、私がどれだけ心配したか」
今回はお互い様だと、私が唇を尖らせると、ノアはやっぱり困ったような顔で笑った。
「僕を心配してくれたんだ?」
「いつだって! いつだって私は、ノア様のことを思ってるんですから……」
「ああ、オリヴィア……愛してる」
私だって、負けないくらい、いや、私のほうがきっとずっと愛してる。
再び抱き合おうとした時、
キェアアアアアアアー!!
甲高い竜の泣き声が響き、私たちはハッと空を見上げた。
そこでは濁流のような黒い影と大剣をいくつも操るいつかの大公と、巨大な火球で応戦する火竜が壮絶な戦いを繰り広げていた。
そうだ。ここは戦場で、恐らく今は内戦真っただ中。
幸せに浸っていい状況じゃない。
「番が再会したばかりで悪いが、色気づいている場合ではないぞ」
あきれたように声を挟んできたのは、竜化したトリスタンだった。
「ハッ! と、トリスタン様! 私はなぜここに……」
「お前が仮死状態とやらになった後、火竜に乗ってここまに来た」
「火竜に乗って⁉」
こともなげにそう言ったトリスタンに、私はつい大声で問い返してしまう。
あんなに暴れまわっていた火竜に乗って登場するなんて、何をどうしたらそういう流れになったのか。
私が仮死状態になっている間に、火竜とトリスタンの間で何か話し合ったのだろうか、と不思議な気持ちで上空を見つめる。
火竜は魔族の大公に向かい、火球とともに雄叫びを上げていた。
「……火竜が怒っています。大公がこの国に穢れを広めたって」
ここまで離れていてもビリビリと伝わってくる火竜の怒りに、思わずそう呟いていた。
「オリヴィア。君も火竜の言葉がわかるのか?」
「あ……」
驚いたようなノアに、私はちらりとトリスタンを見る。
どうやらノアには話さずにいてくれたらしい。せっかくの気遣いをムダにしてしまった。
「ええと、どうやら私、竜人の血を受け継いでいたらしくて」
トリスタンと顔を見合わせる私に、なぜかノアが「へぇ……なるほど?」と声をワントーン低くした。
「本当に、君はあと何度僕を驚かせてくれるんだろうね?」
「そ、その話はすべてが終わったあとゆっくりとしましょう。ノア様、今の状況は?」
まずい。業火担が小さなスパークを散らし始めた。
慌てて話を変えようと訊ねると、じとりと私を見つつも答えてくれた。
「見ての通り、反乱軍に圧されている所だ。大公の相手を火竜が引き受けてくれて若干の余裕は出来たが、敵の軍勢は全員魔族に体を乗っ取られている上に、魔獣も放たれていて攻撃の手が止まない」
「魔族に……では、もう彼らは人ではないのですね」
敵軍とはいえ、同じイグバーン王国の国民だ。
国民を魔族に変えるのも、それを同じ国民に戦わせるのも、なんと惨いことをするのだろうか。
考えたのは大公か、それとも王妃か。どちらにしても、あのふたりは必ず倒さなければならない。
国の為、世界の為、そしてノアや大切な人たちの為に。
「このままではこちらの気力体力が尽き、王都内に詰めこまれるのも時間の問題だ」
「そんな……」
王都が、侯爵邸にいるアンたちが、学園の友人たちが、戦渦に巻き込まれてしまう。
最悪を想像して手で口元を覆った時、頭の中に電子音が鳴り響き、目の前にステータスウィンドウが表示された。
「え……?」
そこに表示されていた自分のステータスを見て、私は衝撃を受けた。
(おいこらショタ神! やりすぎでしょこれ!)
奴にとってはちょっとしたサービスのつもりなのかもしれないけどこれは……。
私は脱力し、けれどすぐに覚悟を決めた。
あのマイペースショタ神に振り回されるなんて、もう慣れっこだ。
「……ノア様。前線を後退させ、敵軍と距離を置くことは出来ますか?」
突然そんな提案をした私に、ノアは一瞬目を丸くしたあと、興味深そうに目を輝かせた。
「一瞬なら可能だが……何をする気かな?」
私は悪役令嬢らしくにこりと微笑むと、胸に手を当て、もう片方の手でドレスの裾をつまみ、優雅に一礼して見せた。
「敵を殲滅してご覧にいれましょう」
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