第109話 大神官と神獣
次の日、私とノアと大神官で、改めて茶会の席を用意した。
大神官がお忍びで来ている以上目立つのはまずいということで、学園の応接室を借り、昼休みのティータイムを過ごすことにしたのだ。
ユージーンとヴィンセントも私たちの後ろに控えている。トリスタンはいないが、廊下では大神官を警護する衛兵が入り口を守っていた。
「昨日は驚きました。親衛隊の子たちとあっという間に仲良くなってしまうんですもの」
「私はすぐに打ち解けられる自信があったよ。大神殿にいる巫女たちからも可愛がられているからね」
打ち解けるというか、すっかり馴染んで同化しているように見えた。
見た目の可愛らしさもあってか、女子会に違和感なく参加していて、ノアだけが妙に浮いてしまい、非常に居心地が悪そうだった。
「大神官。昨日お話出来なかった、歓迎を兼ねた晩餐会の件ですが……」
「晩餐会ね。王妃様からもそんな誘いがあったけど、そういうのはいいよ~。神官たる者、粗食を尊ばないと。それより、私は神子ともっと色々話しがしたいなぁ」
ノアの額に青筋が浮かんだのを見てしまった。
見た目だけでなく、空気を読まないところも本当にあのショタ神そっくりだ。
ついつい右の拳に力が入った私に、シリルはニコニコと人好きのする笑みを向けてきた。
「昨日君の親衛隊?の子たちが言っていた、デトックスについて気になってさ」
「……! シリル様もデトックスに興味がおありで⁉」
「うん、おあり!」
なんということだろう。こんな所に同志がいた。
視界の端で、ノアが目を瞑り天を仰ぐのが見えたが気づかなかったことにする。
さっきまで殴りたい衝動に駆られていたことなど忘れ、私は前のめりになり大神官に向かって布教を始めた。
「デトックスというのはですね、日々の生活の中で体内に蓄積されている老廃物や有害な毒素を排出する健康法のことです! 食事や運動が主ですが、様々な方法がありまして、とても奥深いものなのです」
「へえ~。何だか難しそうだね?」
「そんなことはございません! 簡単なものもありますよ。もちろんかなり難易度が高いデトックスもありますが。例えばヨガの上級者向けのポーズは私でもなかなか大変で」
「ヨーガ? それもデトックスなの?」
「オリヴィアそれは……」
「よくぞ聞いてくださいました! ヨガとは呼吸や瞑想、全身を使って様々な姿勢を取ることで、体の調子を整え心を安定させる身体技法のことです! 色々な効果がありまして、デトックスはその中のひとつなのですが、興味がおありでしたらぜひ私が――」
お教えいたします、と言おうとした所で「オリヴィア?」とノアに呼ばれハッとする。
声が不自然なほど穏やかすぎて、一気に冷静になった。
「まさか、大神官に悪魔崇拝をやらせるつもりじゃないよね?」
「いえいえいえ! そのようなつもりは微塵もありませんが、何度も言っておりますようにヨガは悪魔崇拝ではなくむしろ神聖なもので――」
「いけないよ、オリヴィア」
王太子スマイルで制されて、私は口を噤むしかない。
しゅんとして椅子に座り直した私に、大神官が首を傾げた。
「よくわからないけど、神子がそんなに勧めるヨーガがどんなものなのか、気になるなぁ」
「……実は私も、以前から気になっておりました」
ノアの後ろでぼそりと言ったのはユージーンだ。
一瞬驚いたけれど、私はすぐに気付く。これは姉のユーフェミアの為に気にしていたんだろうな、と。
シスコンのユージーンは、療養中の姉の為に令嬢たちの流行について調査しまくっているのである。
「ヴィンセント卿。貴殿はオリヴィア様の警護中に、ヨーガを見たことがあるのでは?」
珍しくユージーンに話題を振られ、一瞬固まったヴィンセント。
気を取り直すように咳ばらいをしつつ、嬉しさを隠しきれない様子で答えた。
「何度か見たことがあるが、あれは……精神統一訓練に近いものがあるかもしれない」
「なるほど。神子としての祈りの儀式のようなものですか」
「すごいねオリヴィア! 今度ぜひ教えてほしいなぁ。帰ったら古都でも広めたい」
ユージーンとシリルの感心した様子に、私はこれまでなかった好感触だと嬉しくなる。
さすがヴィンセント。私の専属護衛はよくわかっている、と感動した。
そんな中、ノアだけが遠い目をしてお茶を飲んでいた。
「ヨガよりもっと手軽で簡単なものもございます。例えばお水をこまめに取るだけでも、利尿によるデトックスが期待できるんですよ。ちなみに本日ご用意したこちらのお茶は、レモンバームとリンデンのデトックスハーブティーです。利尿や発汗作用が高く、リラックス効果もあります」
「このお茶を飲むだけでもデトックスになるの?」
「ええ、その通りです! お茶菓子に炭プリンもご用意してますのでぜひ」
いそいそと私が持ってきた箱を開けると、シリルは早速覗きこみ、ギョッとしたように仰け反った。
「わっ! 何これ、すごく黒いよ? 食べられるの?」
「シリル様。炭は最強のデトックス素材なんです。味の保証はうちの食いしん坊がいたしますよ」
シロ、と呼ぶと宙に光の粒子が集まり、大きなポメラ……仔犬……狼が現れた。
随分と眠たそうな顔で、着地すると同時にゴロンと寝そべる。
「なあに~? 僕お昼寝するところだったのにぃ」
不満げなシロに私は軽く肩をすくめた。
「あら。そろそろおやつの時間だと思って呼んだけど、いらないなら戻っても――」
「わーい僕お腹ぺこぺこ! 今日のおやつはなぁに?」
「まったく、眠気より食い気ね……。今日のおやつは炭プリンよ」
用意していたシロの分を差し出すと、微妙な顔をしながらも起き上がる。
「また炭かぁ……美味しいけど、黒いんだよねぇ」
「文句があるなら食べなくてよろしい」
「文句くらい言わせてよぅ。最近週五で炭なんだもぉん」
もうちょっとレパートリーを云々と文句を言うシロを、シリルが興味津々といった顔で見つめていることに気がついた。
そういえば、シリルの前でシロを召喚するのは初めてだったか。
「オリヴィア。もしかして、この大きな犬は噂の……?」
「どんな噂かは存じませんが、これがうちの食いしん坊神獣のシロです」
私が「ほらシロ、ご挨拶」と飼い主としてシロに促すと、炭プリンに鼻先を突っこんでいたシロが顔を上げる。
そして自分を見つめる大神官を見て、耳と尻尾をピンと立たせ飛び上がった。
「わぁ!? デミウーー」
デミウル様、と叫びそうになった口を、私は思わずムギュッとわし掴みして止めた。
シロのこの反応、やはりシリルはデミウルなのだろうか?
私は素早くソファーから立ち上がり、シロを壁際まで引っ張っていった。
「ちょっとシロ、あれってやっぱりデミウルなの? なんでデミウルが下界にいるのよ! こっちの世界には来られないんじゃないの?」
小声で私が抗議すると、シロはちらちらとシリルを見て首を傾げた。
「え~……何か、違うみたい? そっくりだったから驚いちゃったけど、あれ多分人間だよねぇ。うん。神聖力はとんでもなく強いけど、普通の人だぁ。あれ誰なの?」
「創世教団の大神官よ。前にデミウルがセレナの体を乗っ取ったみたいに、大神官の体に乗り移ったわけじゃないの?」
「デミウル様はいないよぅ。そっか、あれが大神官かぁ。だからデミウル様にそっくりなんだぁ」
一人、いや一匹納得して頷いているシロに、思わず詰め寄る。
「それ、どういうこと?」
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