第110話 神の御姿
『デミウル様がね、今代の大神官は、歴代大神官の中でも一番デミウル様の力と親和性が高いって言ってたんだぁ』
「そうなの? やっぱり今代の大神官は凄いって噂は本当なのね」
『うん。だから神託も頻繁に下せるんだって~』
あのマイペースショタ神から頻繁な神託。
想像するだけでげんなりした。
「私だったらいい迷惑だけど……。つまりそれって?」
『あの大神官は、人間の中でも特別デミウル様に近い存在ってことだよぅ』
デミウルに近いと聞いて、私は納得した。
だから外見や中身まで、デミウルによく似ているのか。私があのショタ神を思い出してついつい殴りたくなってしまうのも、当然ということだ。
「親和性が高いってことは、セレナにしたみたいに大神官の体に入ることもあるんだ?」
『どうかなぁ? 前はオリヴィアがお願いしたからデミウル様が降臨したけど、基本的にデミウル様は神託を下すのみで、こっちに降りてきたりしないんだよぅ』
「ふうん、そうなの。降りてきたら思う存分殴れると思ったのに」
がっかりした私に、シロが若干あきれたような、引いたような顔をする。
「大神官を殴る神子ってどうなんだろぉ……」
「だってあの大神官、中身までデミウルに似てるんだもん」
私たちがこそこそ話していると、困ったように微笑むノアに「オリヴィア」と呼ばれ振り返る。
誤魔化すように私も微笑み、大人しく席に戻った。一旦プリンで汚れたシロの口元を拭いてやると、そわそわした様子で待っていたシリルが早速話しかけてくる。
「初めまして神獣様! 私は大神官シリル。神獣様に聞きたいことがあるんだ」
シロは澄ました顔で、返事もせず耳だけシリルに傾ける。
簡単に懐く男じゃないんだぞ、とでもアピールするかのようでおかしい。
「神獣様は、デミウル様にお会いしたことがあるんだよね?」
シロがちらりと私を見上げてくる。
こっちを見るな。私も会ったことがあるだなんて、面倒なことになりそうで絶対に口にしたくない。
『……あるっていうか、いつも一緒だけどぉ』
「じゃあ、デミウル様はどんなお姿をしているの? デミウル像と同じお姿? それとも人ではない別の姿をしてる?」
デミウルの姿が気になるとは、やはり大神官もただの人ということか。いや、神職のトップである分、デミウルへの崇拝は誰より強いのかもしれない。
例えはアレだが、アイドルとそのファンクラブ会員番号一桁のファン、みたいなものだろうか。
そんな人に、あなたの推しはあなたとほぼ同じ顔をしていると言ったら、一体どんな気持ちになるのだろう。
ショックを受けるか喜ぶか……と考えていると、シロがぽろりと、
『鏡を見ればわかると思う』
などと言ってしまうので慌てた。
シリルが「え?」ときょとんとした顔をしたので、私は話題を変えようとシロの頭を思い切り床に押さえつけながら笑顔を作る。
「シ、シリル様! シリル様は創造神の神託を何度もお享けになられているんですよね?」
「え? ああ、うん。そうだね。小さい頃から時々ね」
子どもの時からあのショタ神に目をつけられていたなんて可哀想……という本音は心の底にしまいこみ、私は死んだ目にならないよう必死に顔を輝かせる。
「とても興味深いです! 今までどのような神託があったのですか?」
「色々あったよ? 大干ばつがあるとか、魔獣の大量発生が起きるとか。そんな未来の災いに関する預言が多かったね」
私の知らない所では、あのショタ神も一応神らしいことをしていたらしい。
そんな預言が出来るなら、私にももっと有益な情報を与えてくれてもいいのに。
「デミウル様の神託を王宮に知らせることであらかじめ災厄に備えられて、国の危機を防ぐことも出来た。後は……学園に聖女が現れるとか」
私はうなずき、愛らしい主人公の姿(スチル)を思い浮かべる。
「セレナ様ですね」
「そうそう、セレナ嬢ね。昨日親衛隊の子たちから聞いたけど、聖女もオリヴィアの親衛隊員なんでしょう?」
出来れば触れて欲しくない事実をいきなりつつかれ、頬が引きつりそうになる。
「い、一応、なぜか、そういうことに……」
「安心したよ~。神子と聖女が仲が良いみたいで。ほら、神子は王太子の婚約者で、聖女の後見が第二王子って聞いたから。ふたりの王子は仲が悪いんでしょ?」
遠慮も配慮もない、繊細な王族事情について尋ねてくる大神官は、大物なのか大馬鹿なのか。ユージーンがノアの後ろで無表情のまま青褪めている。
ノアは貼り付けたような笑顔をシリルに向けた。
「個人としては、僕たち兄弟の仲は悪くはありませんよ。立場的には複雑ですが」
「そうなんだ? 聞いていた話と違うけど、まあ王族にも色々事情があるよね~。私はとにかく神子と聖女の関係が良好ってことがわかったからよかったよ」
仲良いんだよね? と念を押すようにシリルに聞かれ、私ははっきりとうなずいた。
私は【救国の聖女】のファンとしてセレナが好きだし、オリヴィアとしては彼女を大切な友人だと思っている。
「もちろんです。実はセレナ様にもヨガをお教えする約束をしていたんですが、なかなか……」
「私も聖女には会ってみたいんだけどねぇ。どうも隠されちゃってるみたいで。彼女は王宮では微妙な立場なのかな?」
またもや遠慮のないシリルの質問に、私はノアをちらりと窺う。
ノアもユージーンも答える気はないようで、仕方なく私が知っていることと、それに基づく予想を伝えることにした。
「第二王子ギルバート殿下が、セレナ様をお守りしているはずですので、安全は保障されているとは思いますが……」
あの王妃の陣営に囲われている状況は、微妙と言わざるを得ない。
言葉を濁した私に、シリルは少し考える素振りを見せたあと、ノアに向き直った。
「王太子殿下。聖女に会うことはできないのかな」
「オリヴィアにも頼まれているので、働きかけてはいるのですが……」
「あ、じゃあこうしよう! さっきの晩餐会の話、聖女が出席するなら私も参加を考えるよ」
シリルの提案に、ノアはわずかに驚いた顔をしたあと笑顔になった。
それなら可能性がある、と安心したように。
「ありがとうございます。そのように掛け合ってみましょう」
「うん。でも、王都に長居するつもりはないから、出来るだけ早いとありがたいなぁ」
「承知しまし――」
「だからオリヴィア、そのヨーガはいつやろうか? オリヴィアの家にも行ってみたいなぁ。一緒に街の聖堂に祈りを捧げに行くのもいいね?」
今度は私に向き直り、前のめりであれこれと予定を立てようとするシリル。
その強引さとマイペースさに、右手がうずうずするのが止まらない。
「は、はぁ。あはは……」
もう笑って誤魔化すしかない。
大神官を止められるのは恐らく、現在療養中の国王だけなのだろう。
こうなったら嵐をやり過ごす気持ちで、早く巡礼の旅に戻ることを願うしかない。
どうか――
「その際はぜひ僕もご一緒させてください」
――王都に雷の雨が降る前に。
額に青筋を浮かべながら大神官を牽制した業火担に、これ以上彼が悪化(ランクアップ)しないことを願うのだった。
*****
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