第103話 攻略制限キャラたち


 次の日、学園に向かう為馬車に乗りこむ時、手を差し伸べエスコートしてくれたヴィンセントにふと尋ねた。



「ノア様から、学園に来られる等何か連絡はありましたか?」


「いえ、特には」


「そうですか……」



 顔には出さないよう気をつけたつもりだったのに、ヴィンセントに「王宮に遣いを送りましょうか」と珍しく気遣われ、苦笑してしまう。



「そこまでする必要はありません」


「……申し訳ありません」


「なぜヴィンセント卿が謝るのです?」



 少し悲しげに目を伏せたヴィンセント。

 シュンと垂れた耳と尻尾が見えるようで、私は慌ててしまう。



「俺は気が回らないので、こういう時に何を言えばいいのか、どうしたらいいのかわかりません」



 あまりにもバカ正直に言われ、ポカンとしてしまった。

 しかし言った本人は真剣に落ち込んでいる。その姿に思いのほか癒された私は、自然と笑顔になっていた。



「ヴィンセント卿が謝ることは何もありません。それに私は、そんなヴィンセント卿が好きですよ。どうかそのままでいてください」


「はあ……」



 それでいいのか、と不思議そうなヴィンセントに笑いながら馬車に乗りこんだ。

 馬車が動き出し、ヴィンセント卿が黒い馬に乗って並走を始めるのを眺めながら、小さなため息をつく。

 揺れる馬車の中で「気が早すぎね」と独り言を呟いた。

 今日ではなくても、国王の容態が落ち着いたのなら、近いうちにノアが学園に戻ってくるかもしれない。

 さすがに疲労が溜まっているだろうから、一日二日は休息が必要だろう。

 むしろ私の為に無理をして出てきそうなので、しっかり休むよう連絡をしておくべきか。

 見舞いの名目でこちらから出向くのはありだろうか。

 昨日会ったばかりなのに、理由をつけて会いに行こうとする自分に笑ってしまう。



「……大神官たちは、王宮に寝泊まりしてるのかしら」



 王宮に行けば、また会うことが出来るだろうか。大神官と、彼を守る銀の騎士に。

 馬車の揺れに眠気を誘われ、目を閉じる。

 まぶたの裏に浮かんだのは、流れる銀の髪と、凪いだ湖面のような水色の瞳だった。



***



 学園に着くと、エントランスの前が騒がしかった。

 人だかりが出来ていて、道が塞がれてしまっている。



「どうしたのかしら。もしかしてノア様がいらしたとか」



 自分でも声が弾むのがわかる。

 ヴィンセントが前に出て「ここで何をしている」と低い美声で生徒たちに声をかけると、皆驚いたように振り返った。



「ブレアム先輩だ」


「ってことは、神子様も……」


「おい、皆道を開けろ! オリヴィア様がいらっしゃったぞ!」



 いやいや、そこまでしなくても。王族でもあるまいし、とツッコミを入れる前に、人の壁が割れ道が出来てしまった。

 私はモーゼか、と前世の聖人を思い出し頬が引きつったのは一瞬だった。

 道の先に見えた銀の輝きに、呼吸を忘れ目を見開く。


 頭の高い位置でひとつにくくられた、長い銀の髪。

 揺れると太陽の光を反射させ、白く輝くその髪は、先ほど馬車の中で思い出していたそれだった。

 その人がゆっくりと振り返る。

 凪いだ湖面のような瞳と目が合った瞬間、時が止まったように感じた。


 神殿騎士トリスタン。なぜ、彼がこの学園にいるのか。

 しかも昨日着ていた神殿騎士の服ではなく、簡易的な神官服に学園の教師が着用するマントを羽織っている。

 どういうことだ、と頭が混乱した時、トリスタンの背後からひょっこりと小柄な人影が現れた。

 ふわふわとしたプラチナブロンドに、紫水晶の瞳を持った彼は――。



「大神――んむっ⁉」



 大神官様、と叫ぼうとした口を、後ろから伸びてきた大きな手にふさがれた。

 素早い動きで私の口を塞いだヴィンセントが、真顔で首を横に振る。



「やあ、神子様。また会ったね」



 デミウルと瓜二つの美少年、シリル大神官が無邪気な笑顔で駆け寄ってきた。

 ざわりと周りが一層騒がしくなる。「オリヴィア様と親しいの?」「一体何者?」「一緒にいるあの人は新しい教師か」「神子様に似てるような」とたくさんの声が聞こえてきて、私は慌ててシリルの背を押し校舎の中に入った。


 ひとけのない所まで来て、周りを気にしながらシリルに詰め寄る。



「なぜ大神官様がこんな所に?」


「シ・リ・ル」


「え?」


「シリルって呼んでって言ったでしょ、オリヴィア」



 きゅるんとした大きな瞳で見つめられ、私は一度口を閉じる。

 愛らしい人だと思う。無邪気で、人懐っこくて、古都ではさぞ愛され大切にされてきたのだろう。

 だがしかし。私はどうしてもこの顔を見ると殴りたくなってしまう。

 可愛いとは思うけれど、背後にあのショタ神の姿がちらついて、憎らしいという気持ちのほうが上回ってしまうのだ。

 そうなるのも仕方ないことだと思う。私は悪くない。悪いのはすべてあのマイペースショタ神だ。



「……シリル様。なぜ、大神官であるあなた様が学園に? しかもお召しになっているのは、学園の制服ではありませんか」



 そうなのだ。シリルは大神官の厳かな神官服ではなく、学園の男子生徒が着る制服を身に着けていた。

 しかも、まるでオーダーメイドのようにぴたりとフィットして見える。



「えへ。似合う?」


「ええ。殴りたくなるほどに」


「うん?」


「いえ、何でも――っ」



 似合いすぎて、まるで一枚のスチル絵のようだと思った時、ズキンと頭が痛み、次の瞬間霧がサッと晴れていくような感覚を覚えた。



(そうだ……思い出した! シリル大神官は四人目の攻略対象者じゃない!)



 ギルバート、ユージーン、ヴィンセント。この三人のルートを攻略した後にルートが解放される四人目の攻略者。それがシリルだ。そして――。



(神学教師、トリスタン。彼もまた、五人目の攻略対象者!)



 服装がゲームと同じになって初めて思い出すなんて。

 わざとそういう仕様にしたんじゃないだろうか、とショタ神を疑ってしまう。



「せっかく王都に来たから、学生として短期入学することになったんだ」


「た、短期入学、ですか」


「うん。護衛のトリスタンは教師としてね。ちなみに、私が大神官だってことは秘密だから」


 さっきは良い判断だったよ、とヴィンセントを褒め、シリルは上機嫌に笑う。


「短い間だけど、同級生として仲良くしてね、オリヴィア!」



 波乱の予感しかしないシリルの言葉に、私は引きつった笑顔をなんとか返すので精一杯だった。

 トリスタンはそんな私を、凪いだ湖面の瞳でただ静かに見下ろしていた。



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