第102話 銀の騎士
夜、王宮から帰宅した父はぐったりと疲れた様子だった。けれど、私の部屋に招き入れると、顔色は心なしか今朝より良くなって見えた。
聞けば、突然大神官が現れ王宮が大騒ぎになったという。
王族にも知らされていなかった来訪だったらしい。
しかもどうやったのか、大神官一行は既に王宮の中にいて、会議の為に宮廷内を移動していた宰相メレディス公爵に「離宮の小神殿に行きたいんだけど、馬車貸してもらえる?」と急に話しかけたそうだ。
前触れのない大神官の登場に、急遽警備だ歓待だ、いやまずは王族との謁見だと貴族たちが騒ぐ中、いつの間にか大神官の姿は消え、更に宮廷はパニックになった。
父からそんな話を聞き、私はあの大神官なら然もありなん、という気持ちになる。
本当にあれは中身が創造神デミウルなのではないのだろうか。
「実は私もノア様とお別れした後、突然フードを被った方に声をかけられたのですが、それが大神官様でした」
「何? お前もか」
「はい。何と言うか、とても自由なお方という印象でしたが……。それで、大神官様はその後見つかったのですか?」
「ああ。勝手に王宮馬車を使い、小神殿に行っていた。既に祈祷も済ませたそうだ。一応王宮にも段取りというものがあるのだが……」
ソファーに腰かけた父は、頭が痛いとばかりに目頭を押さえた。
父にストレスをかけるなんて、あの大神官、本当にデミウルが乗り移っていたのだとしたら一発殴るどころでは済ませられない。
だが、デミウルが自ら小神殿で自分に祈祷をするとも思えない。わざわざそんなことを創造神自身がする必要はないだろう。
だとすると、やはりあれは別人か。今代の大神官がデミウルそっくりなのは、何か理由があるのだろうか。
「小さなことはあまり気になさらなそうな方ですものね」
「そうなのだろうな。古都からほとんど出たことがないというから、色々なことに疎いのは致し方あるまい。さすがに創世教団のトップに難癖をつける愚か者は、王宮内にはいないだろうが……」
「幼い方ですしね。難癖をつけられるより、悪い輩に利用されてしまわないか心配です」
大神官の無邪気な笑顔を思い出す。
古都の箱入り大神官は、人の悪意に晒された経験などほとんどないのではないだろうか。
王妃に利用されでもしたらまずいな、と考えていると、コツコツと窓を叩くような音がした。
振り返ると、窓辺に白い鳥が一羽佇んでいる。その足には筒が括り付けられていた。
窓を開け、鳥を招き入れる。筒から手紙を取り出して開くと、便箋に見慣れた文字が並んでいて自然と頬が緩む。
「王太子殿下からか?」
「はい。大神官にお会いしたと書かれています。それから――……え?」
手紙の内容に、私は驚いて思わず便箋を強く握りしめてしまった。
「お、お父様!」
「どうした」
「陛下が……国王陛下が、お目覚めになられたと!」
私の言葉に、父が勢いよく立ち上がる。
「本当か⁉」
「はい! 短い間ですがお目覚めになられ、少し会話も叶ったそうです!」
良かった。これで国王の環境、宮廷の状況も変わるだろう。
当然、ノアの置かれている状況もだ。
父は脱いだばかりの上着を羽織り直し、執事長レイモンドを呼んだ。そして私を振り返り、少し申し訳なさそうな顔をする。
「オリヴィア。私は総団長と話し合う為に一旦王宮に戻る」
「わかりました。あまり無理はなさらないで下さいね」
「ああ。すまない。行ってくる」
父は慌ただしくまた王宮へと戻っていった。
これで父やノアの状況が落ち着けばいいのだが。私には祈ることしかできない。
「……よし。ノア様に返事を書かなくちゃ」
私は、手紙を用意し机につき、シロを呼び出した。
すると足元にシロが現れるなり、ゴロンとお腹を見せて床に転がる。
「呼んだぁ?」
なんて気の抜ける神獣様の登場だろうか。
私は呆れながらもにっこりと笑った。
「ノア様に手紙を書くから、届けてほしいの」
「またぁ? ボクは伝書鳩じゃないんだけどなぁ」
文句を垂れながら「そこの鳥に任せればいいのにぃ」と、脚でノアの遣いの鳥を指す。
「ノア様のご様子も見てきてほしいのよ。そんなこと、伝書鳩には無理でしょ? 強くて賢いシロだから任せられるのよ」
ちょっと大袈裟に褒めてやると、シロはピクピクと耳を動かし起き上がる。
「まぁね? ボクは優秀な神獣だし?」
「さすがシロ様神獣様! なんて頼りになるのかしら~」
素敵、と拍手を送ると、シロは長い尻尾をユラユラ揺らして胸を張る。
「仕方ないなぁ。帰ってきたら夜食にデトックス料理食べさせてね」
「神獣が夜食って……ンンッ! もちろんよ、ありがとうシロ」
国王が回復したことへの喜びと、学園でも会える時を待っているという内容の手紙を書き、シロに託した。
書くべきか迷ったが、大神官が創造神デミウルに瓜二つだということも一応ノアに知らせておこうと書き加えた。
さすがにこれは誰かに見られるとまずい気がするので、シロなら誰もいない状況で上手くノアに渡してくれるだろう。怠惰だが、やる時はやるポメラ――神獣なのだから。
シロが部屋から飛び立ち、再びひとりになると、私は改めてノアからの手紙を見た。
「どうして国王陛下はお目覚めになったんだろう……」
手紙には、依然として王は衰弱しているが、命の心配はいらなくなったと医官の診断があったと書かれてある。
ほっとしたし喜ばしいことではあるけれど、私が昼間見た国王は、昏睡状態と言っていいほど弱り切っていた。
「セレナ様がかけた魔法で回復された?」
即効性はなかったが、後になってじわじわと効いたということだろうか。
それとも、何か別の要因があったのか。
今日王宮内で大きな変化があったとするなら、大神官が現れたことだが、彼が国王に回復魔法をかけたわけではない。関係はないはずだが――。
どうしても一発殴りたくなる大神官の笑顔を思い出す。その姿は、すぐに別の人の姿に変わった。
揺れる長い銀髪の神殿騎士。トリスタン。
私と、私の母と同じ色を持つ彼が、デミウルそっくりな大神官よりも正直気になっている。
大神官は近いうちゆっくり話そうと言ってくれた。その時に、トリスタンと話すことも出来るだろうか。
話してみたい。彼のことを聞いてみたい。
家族はいるのか、どこ出身なのか。
どうして髪や瞳の色が同じというだけでこんなにも気になるのだろう。
この世界とそっくりの乙女ゲーム【救国の聖女】ではトリスタンのような攻略対象者は出てこなかった。少なくとも、私がプレイしていた中では。
それなのに、なぜ彼の姿が頭から離れないのだろう。
夜空を見上げても、いつもならノアの瞳を思い出すのに、この夜はトリスタンの星の川のような銀の髪ばかりを思い出していた。
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ビーンズ文庫から発売された新刊もですが、大好評連載中のタテスクコミックもよろしくお願いたします!!
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