第101話 創造神の降臨!?


 フードの下から現れたのは、お人形のように整った顔の少年だった。

 それがあまりに見知った顔に似ていて、その人物がこんな所にいるはずがないのに私は思わず叫んでいた。



「デミウル⁉」



 そう。この世界の唯一神、創造神デミウルにそっくりな少年だったのだ。

 だが、デミウルによく似た少年も、この場にいる他の三人も、全員ギョッとした顔で私を凝視した。

 ハッとして、私は何とか誤魔化そうと咳ばらいする。まったく誤魔化せていない気もしたけれど。


 この世界の人々にとってのデミウルは、前世で言う聖母マリアのような姿だ。

 長いローブを身に纏い、男性とも女性ともつかない優しげな顔立ちで、地上の人々を見守っているデミウル像が、人々の共通認識なのである。

 本当のデミウルはただの落ち着きのないショタ神だということは、何度かあちらの世界でデミウルと邂逅している私しか知らない真実だ。



「オリヴィア様、何をおっしゃっているんです?」


「ご、ごめんなさい。何でもないの。聞かなかったことにして」


「聞かなかったことにするにはあまりにはっきり叫んでいましたが……。まあ、いいでしょう。それよりも——」


 ユージーンはニコニコと愛想よく微笑んでいる少年に向き直り、恭しく礼をとった。


「創世教団のシリル大神官様とお見受けいたします」



(大神官……⁉)


 数多くいる神官の中でも、創造神から特別寵愛を受けているとされるのが大神官だ。神官の頂点であり、神力が非常に高く、度々神託を授かることがあるという。

 私は目の前の少年を、まじまじと見た。

 緩い巻き毛のプラチナブロンド、瞳は大きな紫水晶のように神秘的に輝いている。

 色白で、線が細い。私と同じくらいか、少し年下だろうか。白い神官服姿なこともあり、全体的に真っ白に発光しているように見える。


(うん。ものすごい既視感……)


 改めて見てもやはり非常に似ている。あのショタ神に。

 デミウルはずっと小柄で髪も真っ白で、もっと人間離れした輝きを放っていたけれど、本当によく似ている。見ていると一発殴りたくなってくるほど、似ている。



「うん。私は創世教団の大神官、シリルだけど……どこかで会ったことがあったかな?」」


「申し遅れました。私は王太子殿下の側近を務めております、ユージーン・メレディスと申します」


「ああ。メレディス公爵の。何度か面会の申し入れをしてくれていたんだったよね。ごめんね、会ってあげられなくて。教団のお年寄りたちがあれこれうるさくてさ」



 大神官の随分フランクな話し方に、ユージーンは一瞬硬直し、私は増々既視感を強めた。

 この軽い感じ、まさにマイペースショタ神だ。実は本人なのでは、と疑ってしまう。セレナの時のように体に乗り移ったりしているのではないだろうか。



「ありがたきお言葉。祈祷をお願いしていたのは姉の為でしたが、姉は現在回復しつつあるのでお気になさらず」


「そうなの? それは良かったね。ヴィンセント卿は久しぶりだね。眼帯をしていないようだけど、もしかして魔法の効果が切れちゃった?」



 私の背後に移動したヴィンセントに話しかける大神官。

 そうだ。ヴィンセントの眼帯に眠りの魔法をかけていたのは大神官だった。



「お久しぶりです、大神官様。俺の目はこちらのオリヴィア様に治していただいたので、もう眼帯は必要なくなりました」


「へぇ。それはよかったね! あの目を治せるなんてすごいなぁ」



 ニコニコと笑いながら、大神官はまた私の顔をのぞきこんでくる。

 興味津々、といった表情だ。



「じゃあ、君が例の神子・オリヴィアなんだね?」


「は、初めまして。オリヴィア・ベル・アーヴァインと申します」


「よろしく、オリヴィア。私はシリル。ただのシリルだよ。神官は神殿入りした時点で家名を捨てて、神様の僕になるからね」



 えっ。神官って家名捨てるの? とドン引きしてしまった。顔には出さなかったけれど。

 あんなショタ神の僕になんてならんでも、とつい不憫に思ってしまったけれど、私に不憫に思われても大神官も心外だろう。

 私なんて勝手に神子にされ、毒スキルなんてものを与えられ、今では称号が【毒王】だ。世界一不憫なのは恐らく私である。



「大神官様は、」


「シ・リ・ル」


「……シリル大神官様は、国王陛下の治療にいらしたのですか?」



 大神官が巡礼に出ることは聞いていたけれど、すでに王都に入っていたとは驚きだ。父からも何も聞いていない。もしかしてお忍びで来たのだろうか。



「いや、元々は巡礼の一環で、ここの小神殿で祈祷の予定だったんだ」


「離宮のある、湖の小神殿ですね」



 広大な王宮の敷地の奥に、歴代の王妃が好んで利用していた離宮がある。

 目の前には大きな湖があり、その中央に小神殿が建っているそうだ。

とても美しい所らしく、ノアがいつか見せたいと話してくれたことがある。



「でも道中、陛下が倒れたって報せを聞いてね。向かおうかと思ったんだけど、案内の人がどこかに行っちゃって戻ってこなくて。暇だから神殿騎士のトリスタンと散歩していたら、君たちを見つけたんだ」



 トリスタン、と呼ばれたのは銀髪の男だ。

 長い銀髪を頭の高い位置でひとまとめにした彼は、純白の騎士服を着ていた。真っ黒なヴィンセントとは対照的だ。あれが神殿騎士の制服なのか。

 トリスタンは私をちらりと見て目礼する。騎士とは無口な人にしかなれない職業なのだろうか。いや、ブレアム公爵はよく喋るし、関係はないか。



「そうでしたか。……実は、私は先ほど陛下にお会いしたのですが、聖女様の回復魔法も効かないようでした。病気でも、毒でもないようで、原因がわからず……」


「ふぅん。聖女の魔法が効かないんじゃ、私が魔法をかけた所で意味はなさそうだね」



 やっぱり小神殿での祈祷を優先しようかな。

 そう言うと、シリルはくるりと踵を返した。トリスタンもそれに黙って続く。

 まさかもう行くのか、と私は慌てて「お待ちください!」と声をかけ止める。



「意味がないかはわかりません。どうか陛下に光の御手をお差し伸べください、大神官様」


 私の懇願に、振り返った大神官は邪気のない笑顔で笑った。


「神子にお願いされちゃ断れないね」


「あ、ありがとうございます!」


「いいよ。近いうちゆっくり話そうね、オリヴィア」



 じゃあね、と手を振り、今度こそデミウルそっくりの大神官は去っていった。

 トリスタンは無言だったけれど、最後まで彼の視線を感じていた。私が彼に親近感のようなものを覚えたのと同じように、彼も私に何かを感じたのだろうか。



「驚きましたね。まさか大神官がもう王都入りしていたとは」


「ユージーン公子もご存知なかったんですね。王妃は把握しているのでしょうか」


「どうでしょう。教団を巻きこむほど愚かではないと思いますが……」



 何かが起こる予感がする。

 揺れる銀の髪を見送りながら、そう思った。



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