第61話 慰問依頼


 運命は信じない、というヴィンセントの言葉にも私は諦めなかった。


 なんとか主人公セレナとヴィンセントの接点を増やそうと、セレナをお茶に誘ったり、学園の移動の際もセレナと行動するようにした。

 しかし一向にセレナもヴィンセントも互いを意識する様子がない。

 私というイレギュラーのせいなのか、それともギルバートルートに確定したということなのか。



「シロ。どっちなの?」


 次の授業までの空き時間、教室で私が呼ぶと、足元に寝そべった状態で現れたシロは、面倒そうな目で私を見上げた。


『知らないよぅ。デミウル様に聞いて~』

「そのデミウルが全然現れないから聞いてるんでしょ」

『ほんとに知らないってばぁ~』


 ゴロンとお腹を見せて手足をジタバタさせるシロ。


「デトックス料理、食べたくないの?」

『その聞き方はズルいよぅ。ほんとに知らないから答えられないもーん』


 ゴロンゴロンと床を転がったあと、シロは勝手に消えてしまった。

 デミウルの所に行ったのだろうか。シロが仲介役になって色々教えてくれればいいのに。


 ひとりため息をついたとき、隣りにセレナとギルバートが座った。


「オリヴィア様、元気がないようですね。王太子殿下がいらっしゃらないからですか?」

「そんなことで? お前、そこまで兄上に依存しているのか」


 ギルバートに呆れたように言われ、ムッとしてしまう。


「いえ。ノア様のことではなく……」


 ちらりと廊下に目をやると、やはり出入り口のところに立つ、黒髪長身の後ろ姿があった。


「ああ。ヴィンセント卿ですか? そういえば、専属騎士にまだ慣れていないとおっしゃっていましたもんね」


 いや、あなたとヴィンセント卿の関係に悩んでいるんです。

 と正直に言えたらスッキリするのに。いや、スッキリはしないか。そんなことを言ったら新たな問題に発展しそうだ。


「は? 騎士の存在がそこまで気になるものか?」


 益々呆れたような顔をするギルバート。この男は本当に感じが悪い。


「生まれたときから騎士に護衛されている殿下にはわからないのでしょうね」


 つい私も感じ悪く言い返すと、ギルバートは気にした様子もなく私に指を向けてきた。


「お前だって、アーヴァイン侯爵家の嫡女だろ。護衛のひとりやふたり、いたはずだ」

「そうかもしれませんけど……」


 物心つく前、母が生きていた頃はそうだったかもしれない。だが、継母が来てからは離れに軟禁されていた私に、護衛はいなかった。父と和解してから護衛はつくようになったが、専属というわけではない。


「かもしれない、とはどういうことだ」

「昔のことは、あまり覚えていないので」


 何せ母についての記憶すら少ないのだ。騎士について覚えているはずもない。

 私が素っ気なく返すと、セレナがギルバートを肘で突いた。


「何だ」

「もう! ギルバート様ってばデリカシーがなさすぎです!」


 プンプンと可愛らしく怒るセレナに、ギルバートは不可解だと言いたげな顔をする。


「なぜ俺にデリカシーがない、なんて話になる?」

「だから——」

「オリヴィアは専属騎士を重荷に感じているんだろう? しかもヴィンセント卿たった一人に」


 どことなく棘のある言い方だった。

 ギルバートを見ると、怒っているわけではなさそうだが、何か言いたげな目をしていた。


「何がおっしゃりたいんです?」

「お前、婚約式も済ませたのに、未来の王妃になる自覚が足りないんじゃないか?」


 ギルバートの言葉に、思わずといった風にセレナが首を振る。


「ギルバート様!」

「王妃、いや、王太子妃でもかなりの人数の騎士がつくことになる。たったひとりの騎士に慣れないなどと言っていたら、兄上も不安になるだろう」


 痛い所を突かれ、私は何も言い返すことができない。

 ノアも似たようなことを言っていた。王族にとって、騎士を従えるというのは至極当然のことであり、義務のようなものでもあるのだろう。


「私だって、聖女の自覚なんてまだありません!」


 私をかばうようにセレナが叫んだ。


「癒しの女神の力もまだ上手く使えないし、聖女と呼ばれることにも慣れないんです。もちろん騎士様の存在にも全然慣れていません。オリヴィア様が戸惑われる気持ち、よくわかります」


 テーブルの上でギュッと小さな手を握りしめるセレナ。その手をギルバートの大きな手が包んだ。


「選択肢のなかったお前とオリヴィアはちがうだろう」

「え……」

「お前はパナケイアを召喚した時点で、聖女と確定してしまった。拒否することもできず、いまも王宮に強制的に留められている。自ら王太子妃になる選択をしたオリヴィアとはちがう。そうだろう?」

「ギルバート様……」


 何やら突然いい感じの雰囲気に突入したふたりを、私は空気になったつもりで眺める。


(私も最初は半強制的にノアの婚約者になったんですけどね……)


 だがいまは違う。最終的にノアとの婚約を選んだのは、私だ。私は私の意思でいまの立場を選んだのだ。

 だからやはり、私は覚悟が足りていないのだろう。ギルバートの言う通りだ。


 まだ見つめ合っているふたりを見て、これはギルバートルートで確定かと思ったとき、教室が一瞬ざわめいた。

 ノアがユージーンを連れ教室に現れたのだ。


「ノア様? 今日は来られないかと思っていました」

「オリヴィア。なかなか学園に来られず、寂しい思いをさせてすまない」


 私の目の前まで来ると、ノアは跪いて私の手を握った。

 その仕草と王子様スマイルに、教室にいた女生徒たちが黄色い悲鳴を上げる。


「さ、寂しいとは言っておりません」

「寂しくなかった? 僕は君に会えないと、いつだって寂しいよ」


 星空の瞳が切なげに揺れる。

 捨て犬のような目で見上げられると弱い。


「それは……私も、そうですが……」


 周りからの生温い視線にハッとして首を振った。


「何を言わせるんですか! ここは教室ですよ!」

「僕はどこだろうと君へ向ける愛は惜しまないよ」

「少しは惜しんでください!」


 業火担はもう少し自重すべきだと思う。

 ドキドキする胸を押さえていると、ギルバートがこれみよがしにため息をついた。


「我が兄ながら、よくこんな恥ずかしいことをスラスラと言える」

「素敵じゃないですか! 気持ちを言葉にするって大事なことですよ。言葉にしないと伝わらないことだってあると思います」

「俺には無理だな」


 言い切ったギルバートに、セレナが少し悲しそうな顔をするのを見てしまった。

 やはりセレナはギルバートを意識しているのではないだろうか。


 ふたりの様子を見ていると、まるでよそ見をするなというように、ノアが手を握る力を強めた。


「実は、このあとすぐ王宮に戻らなければならないんだ」

「そうなのですか……?」


 お茶をする余裕もないらしい。本当に忙しいようだ。

 残念に思っていると、ノアはなぜか嬉しそうに微笑んでから立ち上がった。


「ああ。今日はオリヴィアと……セレナ嬢。ふたりに話があって来たんだ」

「私たちに、ですか?」


 ノアは顔を引き締め、ひとつ頷いた。


「王都治癒院から、神子オリヴィアと聖女セレナに慰問依頼があった」

「慰問……」

「依頼……?」


 私とセレナは顔を見合わせる。

 どうやらお互い初耳のようだ。


「最近、ある共通する症状に苦しむ民が増えているらしい。ふたりにそれを回復させられるかは不明だが、神子と聖女に見舞ってもらえれば、病人たちも励まされるだろう」


 どうだ、と問われ、私たちはもう一度顔を見合わせうなずいた。


「もちろん、行かせていただきます!」

「君たちならそう言うと思っていたよ」


 ノアは礼を言うと、来たばかりだというのに早々に王宮へと戻っていった。まだ公務が残っているのだという。

 無理をしていないだろうか。倒れてしまわないか心配だ。


 教室を出る直前、ユージーンがヴィンセントを冷たい目で睨みつけていた。


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