第60話 本来の運命


 専属騎士というものは本当に常時傍にいるのだということを、私はここ数日で身をもって知ることになった。

 ヴィンセントがずっといる。いない、と思っても必ずいる。大抵は私の斜め後方、不測の事態が起きてもすぐに剣が届くような位置にいる。


 先ほど学園の敷地内にある演習場で、契約精霊の魔法の実践授業をしていたところ、魔法の行使に失敗した生徒がいた。

 火魔法が暴走し、火球が四方に放たれた瞬間、なんとヴィンセントが空から降ってきた。

 恐らく隣接する校舎から飛び降りたのだろう。ヴィンセントは私の目の前に着地すると、流れるように抜いた剣で飛んできた火球を真っ二つに切り裂いた。


 私と同じく周囲の生徒はぼう然としていたが、やがてヴィンセントの華麗な剣さばきに歓声が上がり、演習場は拍手の音に包まれた。

 お怪我は、と無表情の騎士に聞かれ、あなたこそ、と答えそうになったが、騎士にその返しは失礼だろうと笑顔で飲みこんだ。


 ヴィンセントは何事もなかったかのように去っていったが、どこへ向かったのだろうか。教室に戻るのか。いや、そもそも彼は授業を受けているのだろうか。まともに受けているとしたら、どうして私に向かって火球が飛んでくることがわかったのか。

 いくら騎士として既に叙任されているとはいえ、授業を受けないのはまずいのでは。

 公爵家のご子息が落第したら、完全に私のせいである。考えるだけで胃が痛い。



「オリヴィア様、大丈夫ですか?」

「とてもお疲れのようですね」


 昼食後、聖女セレナやケイトたち親衛隊に誘われ中庭を訪れた私は、東屋の下のテーブルに着くなり大きなため息をついてしまった。

 セレナたちに心配され、慌てて笑顔を作る。


「何でもないの。ちょっと気疲れしてるだけ」

「もしかして、ヴィンセント卿のことでしょうか?」


 小声で聞いてきたケイトに、苦笑いで頷く。

 ヴィンセントは東屋から少し離れた位置に立っていた。無表情のまま周囲に視線を巡らせている。


「まだ専属騎士というものに慣れなくて……」


 品を作って言ってみる。自分でも似合わないなと思ったが、ケイトたちは力強く頷いた。


「それはとてもわかります!」

「え?」

「ヴィンセント卿のような素敵な男性が専属騎士だなんて」

「別の意味で気が休まらなそうですもの~」

「あー……」


 ヴィンセントを見つめ頬を赤らめながら、キャッキャと盛り上がるケイトたち。

 麗しの騎士様は聞こえているのかいないのか、無反応だ。


「四六時中ご一緒なのでしょう?」

「危ない輩から、ヴィンセント卿が身を挺して守ってくださる……」

「私でしたら、息もまともに吸えなくなりそうです!」


 興奮するケイトたちに気圧されながら、私は納得した。

(なるほど。普通のご令嬢なら、ヴィンセントのような美形騎士に守られるとこういうに思うのね)


 寡黙でミステリアス。美丈夫で身分も高く、既に騎士として叙任されているほど才もある。年頃の令嬢たちにとっては憧れのひとりなのだろう。


「私、婚約者がおりますけれど、ヴィンセント卿が専属騎士になった日には、心が揺れてしまうと思います」

「わかりますわ」

「私もです」


 とても彼女たちの婚約者には聞かせられない話だ、と苦笑いしていると、ケイトがハッとした顔で私を見た。


「もちろん! オリヴィア様はそんなことはございませんでしょうけども!」

「えっ?」

「当然ですわ。なぜならオリヴィア様のご婚約相手は」

「イグバーンで一番美しく、聡明で尊いお方なんですもの~!」


 キャーっとケイトたちが興奮したように叫ぶのを、私は複雑な気持ちで聞いていた。

 確かにノアはこの国で一番素敵な男性だけれど——。


(実は既に何度も動揺しちゃってるのよね、私……)


 もちろん愛しているのはノアただひとりだ。

 だがこうも長い時間傍で守られていると、私の意思に反して胸が高鳴ってしまうことがままある。おまけにヴィンセントは無自覚に攻略対象キャラの魅力を振りまいてくるので、たまったものではない。

 私がヴィンセントのかっこよさに何度もときめいているなんて知られた日には、業火坦により王都は火の海と化すか、もしくは雷の雨が降り注ぎ壊滅するだろう。恐ろしいことに、これは比喩ではない。


「私にとって、ヴィンセント卿は忠実な頼れる騎士様ですから」

「ですよね!」

「存じておりましたわ!」


 精一杯誤魔化す私に、ケイトたちは当然だとばかりに何度も頷く。

 このときめきは気の迷い。墓まで持って行こうと決めた。

 ふと、セレナが笑顔のまま黙っていることに気づき、声をかけてみる。


「セレナ様はいかがですか?」

「え? わ、私ですか?」

「ヴィンセント卿のこと、どう思われます?」


 先日セレナにヴィンセントを紹介したとき、ヴィンセントは無反応だった。

 元々無表情で寡黙な彼は、考えがまるで読めない。攻略対象キャラが主人公に会ったのだから、何かしら感じるものはあるはずなのだが、ヴィンセントがそれを表に出すことはなかった。

 だったら主人公であるセレナのほうはどうかと聞いてみたのだが——。


「そうですね。素敵な方だと思います。ちょっと恐そうですけど……」

「えっ。そ、そうですか? そんなことはないと思うのですが」


(ヒロインまで攻略対象キャラに何の反応もない、だと……?)


 更なる動揺に顔が引きつってしまった。それを見たセレナが慌てて謝ってくる。


「すみません! オリヴィア様の騎士の方に対して失礼でしたよね!」

「い、いいえ。騎士というお立場ですから、威圧感のようなものはございますよね」


 申し訳なさそうなセレナをフォローし、その後はヴィンセントのことを話題にするのは止め、デトックスやメイクの話で盛り上がった。

 ヴィンセントは聖女を気にするどころか、始終無表情で宙を見ていた。





 帰宅後、私は思い切ってヴィンセントに直接尋ねてみることにした。

 ヴィンセントのようなタイプには、ストレートに聞くのが一番だ。


「ヴィンセント卿。聖女セレナ様にお会いして、いかがでしたか?」

「いかが、とは?」

「何か感じませんでした?」


 ティールームでヴィンセントに紅茶を勧めながら聞くと、彼は少し考える素振りを見せたあと、軽く首を振った。


「……特に何も。要注意人物ですか」

「い、いいえ! そういうわけじゃなく! 何というか、こう、運命的なものとか……」

「運命」

「ええ。運命」


 私たちは見つめ合ったまま、しばらく沈黙した。

 何だか自分が言ったことがものすごく恥ずかしく思えてきた頃、ヴィンセントは再び首を横に振った。


「申し訳ありません。そういったものは信じていないので」

「あ……そう、ですか」


 主人公と攻略対象キャラなのだから、会えばお互い惹かれる何かがあり、ヴィンセントも私ではなくセレナを護衛したくなるはず。

 という私の期待はあっさりと裏切られ、あとには何とも言えない気まずさだけが残ったのだった。


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