第62話 騎士の秘密
授業が終わり学園を出ると、馬車で真っすぐ王宮に向かった。
ヴィンセントとともに王太子宮の応接室に入ると、そこで待っていたのはノアだけでなく、不機嫌顔のユージーンもいた。
ヴィンセントを睨みつけるユージーンは、憎悪の色を隠す様子もない。
「呼びつけてすまない。治癒院のことを詳しく話しておきたかったんだが、なかなか王宮を出られなくてね」
苦笑するノアの前には、書類の山がある。疲労の色の濃い彼の顔を見て、私はテーブルに着きながら首を横に振った。
「それは構わないのですが、私だけで良かったのですか?」
治癒院に行くのは神子と聖女、私とセレナふたりなのではなかったか。
ノアは言いにくそうに「念のためだよ」と答えた。
「彼女は立場上ギルバート側だからね」
「王妃のことを気にされているのですか? でもセレナ様は……」
「聖女が善良であることはわかっているよ。だから、念のためだ。彼女は政治的な事情には疎いようだしね」
「それは……そうですね。用心するに越したことはありません」
セレナに隠し事をしているようで少し心苦しいが、彼女を宮廷のいざこざに巻きこまない為にも、詳しい内容は知らせない方がいいのかもしれない。
マーシャが用意してくれたローズヒップのハーブティーを飲み、心を落ち着ける。
ローズヒップは便通改善・利尿作用のあるデトックスにぴったりのハーブだ。ビタミンCも豊富で肌に良いし、体の抵抗力も上げてくれる。酸味があるためハチミツも加えられていて、デトックス効果が更にアップしていた。お疲れのノアに丁度いいお茶だ。さすがマーシャ。
「最近、王都内で事件が頻発していることは知っているかい?」
お茶を飲んでひと息ついたノアが、そう話し始めた。
「事件……あっ。そういえば、先日ギルバート様に、王都の治安が悪化しているから注意するよう言われました。そのことでしょうか」
先日、セレナとお茶の約束をしていて訪ねたとき、居合わせたギルバートに真面目な顔で言われたことを思い出した。
「ギルバートが……?」
ノアはユージーンと顔を見合わせてから、何か考え込む素振りを見せた。
「ノア様?」
「……いや、そうか。恐らくギルも知っていて、忠告したんだろう」
「忠告……。学園では治安の悪化など噂にはなっていないようですが、一体どのような事件なのですか」
ギルバートに言われてから、学園内でそういった話題を耳にしたことはなかった。そのため忘れかけていたのだが。
「貴族街でも被害があったから、これから噂になるだろう。簡単に言うと、変死、失踪が多発しているんだ」
「変死に、失踪ですか……?」
私が想像していたより、ずっと深刻な話だった。
ゾクリと寒気がして、自分の腕をさする。
ユージーンは私の反応を冷静な目で見ながら、手元の書類をめくった。
「報告が上がった王都内の事件は、先月だけで変死が十二件、失踪は四十七件です」
「そ、そんなに……? 変死というと、死因はわかっていないのですね」
「現在調査中、ということになっております」
淡々と答えるユージーンだが、含みのある言い方だった。
ノアをちらりと見ると、小さな頷きが返される。
「まだ確実な証拠がないだけで、確信はある。王都で連続している変死と失踪は、同じ原因で起きていると。そして、今回オリヴィアとセレナ嬢が治癒院を訪問することになった件も関係しているようだ」
「私たちにも関係があると? 一体どういうことなのですか?」
悪寒が止まらない。何だかとても、嫌な予感がするのだ。
ユージーンは更に書類をめくり、内容を読み上げていく。
「変死体はすべて、全身が石のように固くなり、赤黒く変色していました。そして身寄りがない等で発見が遅れた遺体は、一部が崩れ風化したような状態になっていたそうです」
「風化……」
風化と聞き、頭に浮かんだのは継母だった。
魔族に体を乗っ取られた継母は、最後魔族とともに崩れ消滅してしまった。私の命を狙う敵ではあったが、あの最後には同情する他なく、ジャネットの悲痛な叫びも思い出し、胸が痛くなる。
「このことから、僕とユージーンは失踪者のほとんどは、この風化によって遺体が消えてしまった者ではないかと考えている。貧民街や裏社会からは正確な数字など上がらないだろうから、実際の被害者はもっといると思っていいだろうね」
ソファーに背を預け、ノアは軽く天井を仰ぎながら言った。
「王都で、何が起きているんです……?」
「実は、被害は王都に留まらない。王国全土から情報を集めているが、王都近辺だけでなく、辺境の領でも似たような事例が見つかっている」
「しかも、ほとんどが貴族派、特に王妃の派閥の領でばかりなのです」
私は驚いて、ユージーンの顔をまじまじと見た。
まさかここで王妃の名が出てくるとは。王妃と敵対関係にある派閥に被害が出ていると言われれば、納得できたのだが。
「王妃派が被害に遭っていると? では、今回はあちらの策略ではないのでしょうか……」
私の言葉に、ユージーンはノアをちらりと見る。
ノアは「それはどうだろう」と肩を竦めた。ノアたちはそうは考えていないということか。
「オリヴィアたちが治癒院の訪問を打診されたのは、同じ症状の病人が増えているからだ」
「同じ症状ということは、体が石のようになっていると?」
「体の一部分が石のように固くなり、赤黒く変色する症状です。患部は徐々に広がっており、いずれ見つかった変死体のようになるのではないかと推測されます」
「そんな……」
生きながら、ゆっくりと自分の体が石になっていく恐怖を想像し、言葉が出なくなる。
同時に、頭の中に何か引っかかるものがあったが、それが何なのかはわからないままで、モヤモヤした気持ちにもなった。
「症状の進行には個人差がありまして、それについても調査中です」
「治癒院にいるのは、ほとんどが貴族だそうだ。オリヴィア。どこに行くにも、絶対にヴィンセントを連れて歩くようにしてくれ」
手を握りながら切実な様子で願ってくるノアに、私は黙って頷くことしかできなかった。
私に気をつけろと忠告してきたギルバートは、詳細を知っているのだろうか。聞いてみたかったが、答えてはもらえないような気がした。
ヴィンセントと王太子宮をあとにすると、共に出てきたユージーンが庭園で呼び止めてきた。
「オリヴィア様。王太子殿下はああ言っておられましたが、騎士がこの男では何かと問題があるのではございませんか」
私から隣のヴィンセントに視線を移すユージーン。その瞳は憎悪に満ち、冷たい炎が揺らめいているように見えた。
「ユージーン様、それはどういう意味でしょう?」
私が問うと、ユージーンは一瞬意外そうな顔をして、飽きれと侮蔑を混ぜたようなため息をついた。
「お前、話していないのか」
ユージーンはヴィンセントに話しかけていた。
ヴィンセントは短い沈黙のあと「必要がなかった」と言った。その答えに、ユージーンはハッと乾いた笑いで頭を振る。
「お前のような半魔に護衛されていては、オリヴィア様も気が休まらないだろうに」
半魔。その言葉に、頭の霞が晴れ、鮮やかな色が戻るのを感じた。
そうだ。乙女ゲーム【救国の聖女】でも、ユージーンとヴィンセントは犬猿の仲だった。特にユージーンはヴィンセントを半魔と罵り、忌み嫌っていた。
その理由は、ヴィンセントの眼帯の下にある。
思わずヴィンセントの顔をじっと見つめてしまう。寡黙な騎士は私の視線に気づき、そっと顔を反らした。
「オリヴィア様。この男を信用しないよう、お気をつけください」
ユージーンは私にそう忠告すると、ノアの下へと戻っていった。
庭園に、私たちふたりと、気まずさを残して。
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