第56話 三人目の攻略対象者


 学園での昼下がり。私は親衛隊のケイトたちと中庭でお茶をしていた。

 中庭の東屋の下で、可愛らしいご令嬢たちとティータイム。なんて優雅で平和なひとときだろう。


「オリヴィアさま。これは紅茶でしょうか?」

「紅茶のような色ですが、渋みがほとんどございませんね」

「これはルイボスティーよ。おっしゃる通り、渋みがなくほのかな甘みがあって、抗酸化……体を若々しく健康に保つ効果があるの。ミネラルも豊富でデトックス作用の高いお茶よ。今回はビタミンたっぷりのローズヒップとブレンドし、美肌デトックスティーを目指してみたの」


 ルイボスは前世では特別な環境でしか育たない植物だったので、この世界で見つけたときは驚いた。

 前世の世界に寄せているのか、ショタ神の計らいかは知らないが、デトックスに使えるものなら何でも利用させてもらう。

 ケイトたちは私の説明に「デトックス!」「美肌!」と喜んでいる。


「これを飲めば、私もオリヴィアさまのように美しくなれるでしょうか」

「さすがにそれは難しいと思いますけれど、少しでも女神の美貌にあやかりたいですわね」

「本当に。あやかれなくても、オリヴィアさまの教えてくださるお茶はいつも美味しいです。セレナさんもご一緒できれば良かったのに」

「仕方ありませんわ。セレナさまは聖女としてあちこちで引っ張りだこですもの」


 セレナは本当に私の親衛隊に入ってしまった。聖女が神子の親衛隊員になるのはどうなのだ、と思ったのは私だけのようで、ケイトたち他の親衛隊員はセレナを歓迎し、一隊員として扱っていた。

 セレナも嬉々として親衛隊活動に参加しているが、聖女とお近づきになりたいご令嬢からの誘いも多く、親衛隊の茶会に不在なことも多い。「オリヴィアさまとご一緒したかったのですが……」とうるうるした目で残念そうに言うセレナだが、交友関係が広がりそれはそれで楽しそうに見える。

 私としては親衛隊員としてより個人的なお付き合いをしたいので願ったりなのだが……それは言わないほうがいいのだろう。


「そうね。人気者の聖女を私たちが独占するのは申し訳ないわ」


 主人公には主人公らしく人気者になってもらわなければ、と思って私が言うと、なぜかケイトたちが慌て出す。


「もちろんオリヴィアさまも大変な人気者です!」

「え?」

「その通りですわ! オリヴィアさまの人気は、聖女さまを凌ぐ勢いなのですから!」

「ええ……?」

「ただ、皆畏れ多すぎてオリヴィアさまにお声がけするどころか、近づくこともできずにいるだけです!」

「そんなまさか……」

「もし女神さまが降臨されたら、その神々しさに直視することも憚られ、私ども愚民はただただ平伏するばかりになりますでしょう? そういうことです!」


 いや、どういうことだ。

 私は女神ではなく悪役令嬢だ。平伏されるような立場では絶対にない。


(でも……そうか。そういうことよね。セレナは主人公、私は悪役令嬢。だから聖女と神子という似たような立場だけれど、セレナは人気者で私は遠巻きにされるんだわ)


 遠巻きにされて困ることは特にない。悪役令嬢は悪役令嬢らしく、距離を置かれるのがベストだ。ケイトたちはどうしたって離れてくれそうにはないが。


「いいのよ。私にはあなたたちのような、素敵なお友だちがいるんだもの」

「お、オリヴィアさまぁ……!」


 ケイトたちが感極まったような声をあげたとき、校舎の回廊から中庭に降り立つ人たちがいた。


「ノアさま?」


 私の視線を追った親衛隊たちは、ノアの姿を見てそろって席を立つ。

 ノアの後ろにはユージーンの姿があった。早速側近として学園でもそばについているようだ。何やら随分と不機嫌な顔をしているように見えるが、気のせいだろうか。


「すまない。邪魔をしたな」


 ノアが親衛隊たちに声をかけると、ケイトが代表して「とんでもないことです」と頭を下げた。


「私たちは下がらせていただきます」

「いや。すぐに済むからそのままで構わない。オリヴィア。紹介したい者がいるんだ」

「私に、ですか?」

「ああ。先日、専属騎士について話をしただろう?」


 まさかもう決まったのかと驚いていると、ノアとユージーンの後ろから男子生徒が姿を現した。

 上級生なのだろう。長身で体格もいい。艶のある短い黒髪に琥珀色の涼し気な瞳。印象的なのは、右目が黒い眼帯で覆い隠されていることだ。

 研ぎ澄まされた刃のような美丈夫と目が合った瞬間、私は雷に打たれたような衝撃を受けた。運命を感じたとか、一目惚れ、なんて意味ではない。私の衝撃の理由は——。


「彼はヴィンセント。第一騎士団長ブレアム公爵の子息で、学生の身ながらすでに騎士として叙任されている実力者だ」


 眼帯の彼はノアから紹介されると、騎士らしく胸に手を当て頭を下げた。


「お初にお目にかかります、神子さま。ヴィンセント・ブレアムと申します」


 慇懃に挨拶をするヴィンセントに、私は白目を剥いて倒れたくなった。



(専属騎士も攻略対象者なんかい……!)



 呪われた騎士と呼ばれるヴィンセントは、乙女ゲーム【救国の聖女】の攻略対象キャラのひとりだった。前世ではギルバートとユーザーの人気を二分する勢いだったヴィンセント。かく言う私もヴィンセント派で、ヴィンセントルートはいちばんやりこんだ記憶がある。

 だがゲームでも逆行前でも、ヴィンセントは主人公である聖女セレナの専属騎士だった。悪役令嬢オリヴィアの専属騎士では決してない。


 ユージーンに続いてヴィンセントまで、聖女ではなく私の近くに来るのか。これはまさか創造神の陰謀か何かなのでは。それとも私の毒殺エンドへの序章、もしくはフラグなのか。

 私は極力関わらないようにしようとしているのに、攻略対象のほうから次々駆け足でやってくる。一体どうしたらいいのだろう。


「ヴィンセントをオリヴィアの専属騎士にしたいと思うが、どうだろう?」

「な、何と言ったらいいのか。その、大変光栄なこととは存じますが……」

「彼では不満かい?」

「い、いえ! 不満などというわけでは! ただ……とても才ある方だと聞いておりますので、私などの護衛には勿体ないのでは、と」


 悪役令嬢の騎士ではなく、主人公の騎士であるべきだ。聖女の騎士、という肩書がヴィンセントにはしっくりくる。

 いや、でもこれでヴィンセントとセレナの接点がなくなれば、ギルバートルートはほぼ確定ということになるのではないか。いやいや、まだ登場していない攻略対象キャラはいるからそうとも言い切れない。だがしかし……。


 私が悩んでいると、おもむろにヴィンセントが目の前で跪いた。

 ケイトたち親衛隊が「キャッ」と妙に嬉しそうな声を上げる。私はというと、予想外の彼の行動に固まってしまった。


「不肖の身ですが、誠心誠意オリヴィアさまにお仕えする所存です」


 そう言うと、ヴィンセントは私の手をとり、甲に自分の額をそっと押し当てた。

 今度は悲鳴と言っていい声が親衛隊たちから上がる。私も悲鳴を上げて倒れたい。


 騎士が相手の手の甲に額をつける行為には、忠誠を誓うという意味がある。

 たったいま、私は攻略対象キャラに忠誠を誓われてしまったのだ。悪役令嬢なのに! 悪役令嬢なのに!


「どうか、御身をお守りする栄誉を」


 凛々しく美しい騎士に上目遣いで懇願され、私ができたのは……。


「よ……よろしく、お願いいたしますぅ……」


 涙を堪えながら了承することだけだった。それ以外いったい何が出来ただろう。


 すぐに私の業火担が「触れすぎだ」とヴィンセントの手を払いのけたが、ヴィンセントは気にした様子もなく立ち上がり、早速無言で護衛の位置についた。

 逆行前もあまり彼が喋っているところを見たことがない。ゲームでも寡黙キャラだったはずだ。


 少しずつではあるが前世の記憶を思い出せたことにほっとしていると、ノアの後ろで控えていたユージーンが、ヴィンセントをじっと見ていることに気が付いた。

 呪いの騎士を見つめるその目は、怖ろしく冷たい色をしていた。


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