第47話 悪役令嬢の周囲の人たち
馬車を降りた私を待っていた光景に息をのんだ。
学園の入り口に集まっていた生徒たちが、こちらに向かって一斉に最上級の礼をして見せたからだ。
あまりにもそろい過ぎた動きに言葉を失ってしまう。
「創造神デミウルの御使いであらせられる、神子オリヴィアさまに拝謁します」
「貴女さまを排そうとした愚かな我々に罰をお与えください」
「心を入れ替え、学園の生徒一同、誠心誠意神子オリヴィアさまにお仕えいたします」
「どうか憐れな信徒の尊奉をお許しください」
生徒たちの必死な訴えに感動——するどころか、私は恐怖した。
(何これ、こわっ! 何でいきなり私なんかを崇め奉ろうとしてるわけ⁉)
傍らのシロが『うむ。苦しゅうない』などと言って偉そうに歩き出そうとするので、思わず彼の口をムギュッと鷲掴んでしまった。
硬直する私の肩を抱き、ノアが囁く。
「オリヴィアが休養している間に、学園にも王宮での騒動の顛末が広がってね。君が神獣を従える神子だと知り、生徒たちは今日まで戦々恐々としていたのさ」
「だからと言ってここまでします?」
「この世界を作り給われた神の遣いを敵に回して、平穏無事でいられるわけがない。……と誰もが思ったんだ。やらせておけばいい」
ノアの黒い微笑みに、私の顔が引きつった。
どうやらノアは、私を偽聖女だと貶めた生徒たちを許してはいないらしい。気持ちはありがたいが、同級生やクラスメイトにもこんな風に仰々しく接せられるとやりにくいことこの上ないではないか。
私は悪役令嬢なのに、と内心愚痴を吐きながら「皆さまどうか顔を上げてください」と声をかける。生徒たちがハッと息を呑むのが伝わってきた。
「私は誰のことも恨んではおりませんので、今後も以前と同じように気安く接していただけるとありがたく思います。あとこれはとても大事なことなのですが、そもそも私は神子というよりは——」
悪役令嬢なんです、と宣言しようとした。ステータスには神子と思い切り表示されてしまっているけれど、自分的にはまったく神子ではないのだと。だがそれより先に、目の前にいた生徒が感動したかのように叫んだ。
「そ、そんな……!」
「なんて慈悲深いんだ!」
「聖女を超えた神聖なるお方だわ!」
「え、ちょ、待っ——」
止める間もなく、生徒たちが「神子さま万歳!」と歓声を上げ始めた。
「神子オリヴィアさまに祝福あれ!」
「王太子殿下と神子さまの未来に栄光あれ!」
両手を高く掲げ、涙を流す生徒たちの群れに、私はぼう然とするしかない。
まるで自分が英雄か本物の聖人にでもなってしまったかのようだ。いまごろ創造神デミウルがこの状況を見て腹を抱えて笑っているのではないだろうか。
ただただ気が遠くなり現実逃避をし始めた私の肩を抱き、ノアが愛想よく手を振っている。王太子殿下の鋼のメンタルを見習いたい。
「オリヴィアさま~!」
「ケイト!」
学園のエントランスに入ると、ケイトたち親衛隊が涙でぐしゃぐしゃな顔で駆け寄ってきた。
「ご、ご無事で何よりですわオリヴィアさまぁ」
「衛兵に連れて行かれたと聞いたときは、私たち生きた心地がしませんでしたわ」
「王宮で魔族に襲われたと聞きました! お怪我はございませんか?」
「心配かけてしまったのね。ありがとう、みんな。見ての通り私は元気よ」
泣くほど心配をかけてしまったのか、と申し訳なくなると同時に、心がほっこり温かくなった。
損得抜きに私の心配をしてくれる友人ができたことが本当に嬉しい。
「今度、皆でお茶会をしましょう。約束していたデトックスの話もしましょうね」
「オリヴィアさまぁ~!」
余計にケイトたちの涙は止まらなくなってしまったが、皆笑っているのでよしとしよう。
親衛隊にハンカチを貸してまた大げさに感動されていると、正面の階段を駆け下りてくる足音が。
顔を上げると、聖女セレナと第二王子ギルバートがこちらに向かってきていた。
「オリヴィアさま! もう大丈夫なんですか?」
「ごきげんよう、聖女さま。もうすっかり良いです。聖女さまのお加減は?」
「私はピンピンしてます! ……良かった。またこうして、オリヴィアさまと学園でお会いすることができて」
本当に嬉しそうに笑うセレナは、まさしく主人公といった愛らしさだった。
こんな可愛らしい人の護衛として四六時中そばにいれば、きっと簡単に落ちたにちがいない。そう思いギルバートをそっと窺ったが、なぜか若葉色の瞳はじっと私のほうに注がれていた。いや、本当になぜだ。
「……聖女さまにあのとき回復魔法で助けていただいたこと、心より感謝しております。改めてお礼を言わせてください」
「えっ。や、やめてください。私はできることをしただけで、それにすぐに力尽きてあまりお役に立てませんでしたし」
「そんなことは——」
「あと! そ、その……できれば、聖女ではなく、セレナと呼んでいただけませんか?」
「え?」
「創造神デミウルさまの遣いであられる神子さまに、さま付けで呼ばれては落ち着けませんし。それに私、オリヴィアさまともっと親しくなりたいと言いますか……」
もじもじしながらそんなことを言うと、セレナは親衛隊たちに視線を向けた。
「私もオリヴィアさまの親衛隊に入りたいなって……」
「えっ」
冗談ですよね、と言おうとしたのだが、ケイトが「まぁ!」と感激したように身を乗り出したのでタイミングを逃してしまう。
「聖女さまもオリヴィアさまの美を崇めたいということですのね!」
「大歓迎ですわ! 一緒にオリヴィアさまの美を崇めましょう!」
「いいんですか!?」
「もちろんですわ! オリヴィアさまの素晴らしさのわかる方なら誰にでも、入隊資格があるのですから」
キャッキャとセレナとケイトたちが盛り上がり始めてしまい、「さすがにそれはちょっと……」と言える雰囲気ではなくなってしまった。
(聖女が悪役令嬢の親衛隊員になるって……ないわー)
そしてノアがじっと親衛隊たちを見ているのも恐い。青い瞳が若干羨ましげに見えるのは気のせいだろうか。気のせいだと思いたい。
どうしたものかと考えていると、それまで黙っていたギルバートが「すまなかったな」と言ってきたので驚く。
「なぜギルバート殿下が謝るのです?」
「……お前に大きな迷惑をかけてしまっただろう。あの古塔で魔族に襲われたことも聞いた。本当にすまなかった」
苦渋に満ちた顔に、なんとも言えない気持ちになる。
ギルバートは何も悪いことはしていない。きっと彼は、今回の騒動の裏にいるのがエレノア王妃であったことを察したのだろう。母の罪を、息子として代わりに謝罪しているのだ。
(よく考えると、可哀想な人だよね……)
逆行前はそんな風にはとても思えなかったが、いまは彼の境遇に同情できた。権力のある欲深い母親がいて、その所業に気づいていながら止める力がなく、苦悩が増すばかり。
そう考えると、ひねくれずにここまできたことは奇跡かもしれない。三年前に王太子宮で泣いていた彼の姿を思い出し、褒めてあげたくなった。
「ギルバート殿下が私を救おうとあの古塔に来てくださったことは忘れません。心細い中、殿下の優しさに励まされました。本当にありがとうございます」
私が笑ってそう言うと、ギルバートはぐっと何か感じ入ったような顔になった。
「お前は……」
「ギルバート殿下……?」
「俺が、先に出会っていれば——」
ギルバートが何か言いかけたとき、ぐいっと強く肩を引かれた。
気づけば恐い顔をしたノアに抱き寄せられていた。親衛隊観察はもういいのだろうか。
「ギルバート。わかっていると思うが、過去には戻れない」
「兄上……」
「お前がするべきなのは、未来を見ることだ。……今回は互いに婚約は断ったようだが、お前の婚約者の第一候補が聖女であることは変わっていない。護衛として彼女を大切にすすように」
兄弟の火花再び。
以前も思ったが、私がそばにいるときに火花を散らすのはやめてほしい。
「もう、ノアさま。そんな風に睨み合っていると不仲だと噂が——」
噂が立ってしまいますよ、と嗜めようとノアの手を肩から外し嗜めようとした。
そのとき、ほんの少しグローブから出ていた彼の手首に指先が触れてしまい、頭の中に電子音が鳴り響く。
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【ノア・アーサー・イグバーン】
性別:男 年齢:16
状態:怒り
職業:イグバーン王国王太子・オリヴィアの婚約者・オリヴィア業火担同担拒否
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(な、なんか
親衛隊をじっと見ていた理由はもしかして——と、ノアの私への愛に震えが走ったのだった。
◆
それから二ヶ月後。
王宮内に建つ聖堂にて、私とノアの婚約の儀が執り行われた。
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