第46話 騒動の結末
「何を言うんだオリヴィア」
そう言って私を見るノアの瞳は、怒っているような悲しんでいるような色をしていた。
私以外の婚約者などありえない、と彼は態度で示してくれる。それが嬉しいのに、同時にとても心苦しいのだ。
私がノアを救ったから、彼は私を婚約者にと考えた。それは義務感ではないかもしれないが、刷り込みのような効果はあったにちがいない。そう考えると申し訳なくなる。
「私は毒スキルなどという、安全かどうかもわからない怪しげなスキルを持っているのですよ? しかもそれを秘密にしていました。殿下にも、家族にも、誰にも言わずに私は……」
「オリヴィア。私はお前が何か私の知らない力を得たことには薄々気づいていたぞ」
父がそう言って私の肩を抱くので驚いて隣を見上げてしまう。
「お父さま……どうして」
「お前には元々加護がなかった。魔力はあっても、それを行使する適性がなかったのだ。それなのに突然フェンリルと契約したというのだから、何かあると思うのは当然だろう」
「やはり、お父さまはご存知だったのですね」
悪役令嬢オリヴィアは何の加護もなく、精霊と契約もできず魔法が使えない。逆行前の人生で、そんな私は能無し令嬢などと影で言われていた。父も私を家門の恥だと思っていたはずだ。——いまとなってはわからないことだが。
「気にすることはないよ、オリヴィア。君はいま、創造神の加護という最上級の加護を受けているじゃないか」
(正確には、創造神の加護(憐み)ですけどね……)
「それに五大属性の魔法を使える神獣を従えている」
(従えてるというか、餌付けしてるだけというか……)
「毒スキルという響きが気になるかもしれないが、実際は誰かを害するものではなく、逆に君自身や僕を助けた素晴らしい力だ。誇りこそすれ恥じることなど何もない」
(今後どんな能力が解放されるか不明だし、レベルアップのために毒を食べなきゃいけないのはとても自慢できるようなことじゃないやつ……)
ノアさまの言葉につい真顔になってしまう。
やはり私はふさわしくないのでは、と考えたとき、ノアが眩いばかりの笑顔でこう言った。
「何より、僕ら以上に似合いのふたりがいるだろうか」
「う……っ!」
王子の輝きを発するノアに、私は何も言えない。
もう私の負けだ。降参だ。
だいたい、ノアを好きになってしまった時点で結果は決まっていた。好きな相手に乞われて、嬉しくないはずがないのだから。
「ノアさまには敵いません……」
「はは! それは僕のセリフだな。僕は永遠に君には勝てない。喜んで愛の下僕になろう」
「もう、何を言って——」
不意に隣から咳ばらいがあり、ハッとした。
そうだ、父が真横にいるのだ。危うくイチャイチャしてしまうところだった。
内心汗を拭っていると、私の肩をつかむ父の手に力がこもった。
「ところで殿下。ジャネットは……義理の娘はどうなりましたか」
(ジャネット……)
父の口から出て来た名前に体が緊張した。
王宮での騒動のあと、ジャネットは騎士団に拘束され聴取を受けていた。一度も侯爵邸には戻ってきていない。
継母のジャネットは魔族とともに消滅したが、公的には魔族と契約し殺されたことになっている。狙いは私や聖女を亡き者にし、娘のジャネットを王族に嫁がせるためだった、と。
魔族に取り憑かれた末に消滅した事実が明るみに出ると、『創聖教団』の管轄になり厄介なことになる。王宮と教団の関係は良好とは言えないので、教団の手が伸びることをよしとしなかったのだろう。
しかも継母は王妃エレノアの遠縁にあたり、頻繁に交流があった。そちら側への配慮、または圧力があったのかもしれない。
何にせよ、今回の件では黒幕であるだろう王妃への追及は叶わず、継母の単独行動ということで決着がつくようだ。
義妹のジャネットは、王妃の手が及ばぬよう命を保証することを条件に、聖女毒殺未遂は自分の犯行だと自供したらしい。北の極寒地にある修道院へ送られることが決まったと、ノアが教えてくれた。
そこは一生外に出ることを許されない監獄のような場所ではあるが、外部からの接触も難しい閉ざされた院なので、王妃に口封じのため殺されることにはならないだろうという。
逆行前も含め、ジャネットにされてきたことは忘れられないが、継母の変わり果てた姿に泣いていた彼女をこれ以上憎む気にはなれなかった。
ちなみに義母妹たちは後妻とはいえアーヴァイン侯爵家の者でもあったため、父も何のお咎めもなし、というわけにはいかない。
ただ、妻に毒を盛られていた事実が判明しているので計略とは無関係だったとされ、十日間の謹慎、それから領地の一部を王家に返上するだけで済んだ。私がノアの婚約者で、かつ被害者であったことも影響しているだろう。
「とにかく、王妃の派閥の者から犯罪者が出たんだ。これで王妃の勢力が多少削がれた。しばらくはおとなしくしているだろう」
ノアの言葉にほっとしていると、父が私の手をとり「すまなかった」と言った。
「オリヴィア。お前には長い間つらい思いをさせてしまった」
「お父さま。それは以前謝ってくださったじゃありませんか。もういいでしょう? これからはお父さまと私だけの生活に戻って、穏やかに暮らせるんですから」
「そうだな。今後もし王家から縁談の話があったとしても、すべて断る。私にはシルヴィアとの思い出と——オリヴィア、お前がいてくれればそれでいい」
「お父さま……」
父からの愛情あふれる言葉に感動し見つめ合っていると、今度はノアが軽く咳ばらいをした。
ちなみにシロはノアのそばの床に寝そべりあくびをしている。王宮での騒動で活躍してくれたシロに乞われるままデトックス料理を食べさせていたら、すっかり肥えてしまった。
いくら健康的なメニューでも、食べ過ぎれば体に障る。さすがに神獣は肥満が原因で死んだりはしないだろうが。
「まったく……舅といい弟といい、邪魔が多いな」
「聞こえています殿下。誰が舅ですか」
「いずれそうなるだろう?」
バチバチと視線で火花を散らせるふたりにあきれる。
基本父は王族に礼儀正しく忠実だが、ノアに対してだけは当たりが強い。これもコミニュケーションのひとつなのだろう。段々とふたりが仲良しに見えてくる私だった。
「弟とは、ギルバート殿下のことですか?」
「ああ……ギルバートが正式に、聖女セレナの護衛につくことになった」
「護衛、ですか? 婚約ではなく?」
あの王妃のことだ。ギルバートを次期国王に押し上げるために、聖女を完全に囲うだろうと思っていたのだが、護衛とはなんとも中途半端な対応だ。
「当然婚約の話が先に上がったが、ギルバートと聖女の双方が拒否してね。護衛という形に落ち着いたんだ」
「拒否? そんなことが許されるのでしょうか……」
「拒否したのがどちらか片方であれば難しかったかもしれないが、両者が拒否しているからな。王家が聖女を蔑ろにするわけにもいかない。結局、護衛と対象者として距離を縮めさせ、時間を置いて様子をみることにしたようだ」
さっさと聖女を娶っておけばいいものを、という憎しみがこもったようなノアの呟きにギョッとする。
父の耳にも届いたはずだが、聞かなかったことにしたようで「賢明な判断でしょう」などと平然と返していた。
仕方なく「おふたりの距離が縮まるといいですね」と調子を合わせておく。私は空気の読める悪役令嬢なのだ。
それにしても、逆行前とはちがい、聖女はギルバートルートを選択しなかったのだろうか。私というイレギュラーな存在のせいで、物語の流れが変わってきているのは間違いない。聖女の選択にもその影響が出ているとしたら——。
(私としても聖女とギルバートがさっさとくっついてくれたほうが安心だけど……人の心は思い通りにできるものじゃないし)
ギルバートルートが確定してくれれば、この先の対策も練りやすい。ふたりが思い合うようになるのを願うばかりだが、なんとなくそう上手くはいかない予感が。
「オリヴィアが彼らを気にする必要はない。それより僕らの婚約の儀のことを考えよう」
ノアの有無を言わせぬ笑顔に「そうですね」と答えたが、不安に似た何かは私の胸に居座り続けるのだった。
◆
次の日。父の許可を得てノアのエスコートで学園に向かった。
偽聖女だとまた生徒たちに白い目で見られるのでは。馬車の中でそう考えていた私だが、学園に着きポーチに降り立った瞬間、そんな不安は一気に吹き飛ぶことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます