第45話 神子爆誕
意識を取り戻したノアが体を起こそうとするので、しっかりと支える。
「ノアさま、大丈夫ですか? 気分は? 痛みやしびれはありませんか?」
「ああ……」
伸びてきた手に抱き寄せられ、ノアの胸の中に閉じこめれた。
ドクンドクンと、規則正しい鼓動に肩から力が抜ける。
ノアが生きている。助けることができた。
その事実に泣きたくなるほど安堵した。
「オリヴィア……君は僕だけの聖女……いや、神子だ。神に愛され、祝福された神子」
「ノアさま……」
「愛してる」
口づけされそうになり、私は慌てて彼の唇を手で覆った。
不満そうな顔をされたので「吸い出した毒がまだ私の口に残ってるかもしれませんから」と言い訳する。
周りには騎士や貴族たちが集まってきているのだ。そんな中でキスシーンなどとんでもないと思っていると、どこからか「神子……」という呟きが聞こえてきた。
「また王太子殿下を毒からお救いされたのか」
「先ほど侯爵令嬢の精霊が、土魔法だけでなく火や水魔法も繰り出すのを見たぞ」
「精霊フェンリルではなく、神の遣いか何かなのか?」
「オリヴィア侯爵令嬢は、聖女ではなく神子だったんだ!」
ざわめきが広がっていき、やがてそれは「神子さま万歳!」という大合唱となり、王宮の外まで届きそうな勢いだった。
なぜこうなった。どうしてそっとしておいてくれない。
「や、やめて。私は神子なんて立派なものじゃ……」
「諦めろ、オリヴィア。君は神の加護を受け、神獣を従える立派な神子だ」
「ノアさま。でも私は本当にそのような神聖なものではなく、どちらかというと悪役で」
「オリヴィア」
ノアの指が、言い訳を重ねようとした私の唇を止めた。
「聖女ではなく、君は神子だった。ということは——これで“聖女ではないから”と僕との婚約を破棄する理由はなくなったな?」
そう言ったノアさまの微笑みに、逆らえない何かの圧を感じたのは気のせいだろうか。
たじたじになっていると、復活したらしいシロがすり寄ってきて「確かにそうだよねぇ」と人間くさくうなずいた。
「
ひとりと一匹にしみじみ「神子と呼ぶ以外ない」と言われ目眩がした。握りしめた両手がぶるぶる震える。
私は慎ましく平穏に暮らし、細く長く生きたいだけなのに、なぜこんなことになってしまうのだろう。
聖女の次は神子? こんな風に騒がれてしまえば、ますます王妃に目をつけられてしまうではないか。
(っていうか、私は神子じゃなく悪役令嬢なんですけど——)
自分の額を押さえて天を仰いだ瞬間、頭の中に電子音が響いた。
————————————
【オリヴィア・ベル・アーヴァイン】
性別:女 年齢:16
状態:毒酩酊 職業:侯爵令嬢・毒遣いnew!・神子new!
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
《創造神の加護(憐み)》
毒スキル
・毒耐性Lv.2
・毒吸収Lv.1 new!
————————————
(な——なん……っじゃ、そら……!)
あまりにもツッコミどころの多すぎる自分のステータス画面に思考がパンクした私は、そのまま大勢の目の前で卒倒してしまったのだった。
◆
「あー……なんて平和なの」
侯爵邸の緑の間で、私はヨガの『ねじった三日月のポーズ』をしながらしみじみ呟いた。
このポーズは体を大きくねじるので内臓に効き、働きを活性化できる。下半身の筋肉も使うので、血行促進効果もあるデトックスポーズだ。
騒動から約二週間。私は休養という名の優雅なデトックスライフを送っている。
「私の心は全然平和じゃありませんけどね。これ以上新たな悪魔崇拝儀式の形を増やさないでほしいです」
せっせと枕元に増えたデミウル像たちを磨きながら、アンが文句をつけてきた。
何度悪魔崇拝ではないと言っても聞く耳持たない。この国の人たちは、創造神デミウルに敬虔すぎると思う。
(あんな究極マイペースショタ神なのに……)
「それでなくても、お嬢さまは王宮で恐ろしい目に遭われたんですよ? 幽閉されたうえ魔族に襲撃されたと聞いたとき、私がどんな気持ちになったかわかります!? お願いですからおとなしくしていてくださいっ」
「えー。もう、わかったわよ」
仕方なく切り上げ、着替えてアンの淹れてくれたデトックスティーを飲んでいると、部屋に父・アーヴァイン侯爵が訪ねてきた。
「体調はどうだ、オリヴィア」
「もうすっかり元気です。お父さまこそ、具合の悪いところはありませんか?」
実は騒動のあと、父も慢性中毒状態にあることが発覚したのだ。
普段から騎士団の訓練等で鍛えているので、ひどい症状は現れていなかったようだが、慢性的な頭痛や倦怠感にひそかに悩まされていたらしい。
ノアと同じように、父も長年毒を盛られ続けていたのだとわかり、私は自分が毒で狙われたときより強い怒りを感じた。実際父に毒を盛っていただろう継母はもういないので、怒りのぶつける先がないのがまた腹立たしい。
そういうわけで、父も私と一緒に休養をとっている。デトックスティーや料理を父にも勧め、シロが作ってくれた離れの温泉にも案内した。私の持つデトックスの知識に、父は「お前がここまで苦労していたことにも気づかず私は……っ」と激しく後悔していたが、過ぎたことだ。私は父と一緒にデトックスができて、いまとても楽しいのだ。
降ってわいた父娘水入らずの時間は、私にとって穏やかで幸福なご褒美となっていた。
「お前のおかげで、私ももう健康だ。実は客が来ているのだが、オリヴィアは動けるか?」
「問題ありません。それで、お客さまとは?」
「王太子殿下だ」
「えっ」
若干嫌そうな顔で言った父に、ギョッとしてしまう。
王族の訪問など一大事ではないか。こんなのんびりデトックスティーを飲んでいる場合ではない。
「急いで準備をします!」
「急ぐ必要はない」
「ええ……? ですが」
「待たせておけばいいのだ。まったく、時期が来たらこちらから王宮に上がると言っているのに……」
何やらブツブツと仏頂面で言っている父を部屋から追い出し、素早くドレスに着替えノアの待つ応接室に移動する。
するとそこで待っていたのは、両腕いっぱいの花束を抱えた麗しの王子だった。
「ああ、オリヴィア! やっと会えた。体の調子はどう? 顔色はいいね」
花束か霞むほどの華やかな笑顔。その眩しさに目がつぶれるかと思った。
「の、ノアさまもご健勝のこと……」
「堅苦しい挨拶は僕らの間で必要ないよ。ほら、もっとよく顔を見せて。なんてことだ。数日合わずにいたら僕の婚約者がますます美しくなっているじゃないか」
「わ、わかりました。とりあえず座りましょう。ね?」
そうしないと、横で見ている父がいまにもブリザードを起こしそうだ。
「今日は君の顔を見に来たのもあるが、婚約の儀の日取りを知らせようと思ってね」
少し拗ねたような表情でノアは言った。
私が父の隣りに腰かけたのが不満なようだ。だが実父の前でイチャイチャするのはさすがに恥ずかしいので我慢してもらいたい。
「正式に決定したのですか」
「ああ。これで侯爵も、僕がオリヴィアに会いに来るのをもっと許してくれるな?」
むっつりとした父の横顔を見て「まさかノアの訪問を拒んでいたのか」と驚く。
手紙は毎日届いていたがノアが顔を見せないのは、魔族襲撃騒動の事後処理が大変だからだとばかり思っていた。
私はドレスをぎゅっと握り締め、意を決しずっと気がかりだったことを尋ねた。
「ノアさま……。本当に、私と正式に婚約してよろしいのですか?」
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