第44話 あなたの毒は私のもの


 継母の体を乗っ取った異形の魔族の爪が、真下にいる父と義妹に襲いかかる。

 ここからでは走っても間に合わない。私はとっさに叫んでいた。


「シロ、お願い!」

『言うと思った~!』


 わかったよもう! と前に飛び出したシロが前脚をダンッと強く地面につくと、一瞬で地割れが起き、父たちの目の前に巨大な土壁が出現した。

 土壁は毒の爪の攻撃を防いだが、耐え切れずガラガラと崩れていく。


「お父さま!」

「オリヴィア!? なぜここに——」

「いいから、ジャネットを連れて逃げてください!」


 騎士団長の父であっても、ジャネットを守りながらではまともに戦えないだろう。

 父もそう判断したようで、うずくまるジャネットを担ぎ王宮の建物内へと駆けていく。

 その背中にほっとしたとき、再び異形の魔族が不快な声で咆哮した。ビリビリと夜の空気が揺れる。

 次の瞬間、魔族の赤い瞳が私を捉えた。

 ぞわぞわと悪寒に襲われ動けなくなる私に向かって一気に急降下してくる。


『オリヴィア!』


 頼まれても文句ばかりでなかなか動かないシロが、何も指示をしていないのに異形の魔族の首に噛みついた。

 だが魔族の勢いは止まらない。巨大な爪がまた私に襲いかかる。

 目を瞑りその衝撃に耐えようとした私だが、ガキン!と金属のぶつかる音がしてハッと顔を上げる。


「ノアさま……!?」


 目の前にノアの背中があった。

 彼は剣で異形の魔族の爪を受けとめていた。そのまま剣を振り払うと、魔族がバチバチと走る電撃に怯んだようと飛びのく。だがノアは追撃し雷の剣を異形の魔族に突き刺すと、とどめに天の鉄槌のような雷を落とした。

 異形の魔族が凄まじい光にのまれながら断末魔を上げ、やがて閃光が終息していくとともに異形も消滅していた。庭園に残ったのは焼け焦げた地面だけ。

 継母の体ごと、異形の魔族は跡形もなく消え去ったのだ。

 歓声が上がる。騎士たちのノアを褒めたたえる声が響き渡ったが、彼は聞こえていないかのように私を振り返った。


「オリヴィア、怪我はないか!?」

「わ、私は大丈夫です。ノアさまが守ってくれたから」

「そうか。良かった……」


 突然ガクリとその場に膝をついたノアを、慌てて支える。

 ノアの手から剣が音を立ててこぼれ落ちる。急激に顔色が悪くなり、呼吸が荒くなっていくノア。


「どうしたんです、ノアさ——」


 汗の浮かぶ彼の額に手を当てたとき、頭の中に電子音が響いた。



————————————————


【ノア・アーサー・イグバーン】


 性別:男  年齢:16

 状態:急性中毒(黒蟲霧:毒Lv.3)  職業———


————————————————



 ノアの体を確認すると、確かに右の袖が裂かれ血が流れていた。傷から魔族の毒が入ってしまったのだ。


「どうして! 私は毒では死なないのにっ」

「それでも……君を二度と、傷つけたくなかっ……」

「ノアさま!」


 レベルの高い毒は急激に全身に広がっていくのか、もうノアは言葉を発することもできない状態になっていた。手足が震え出し、目も虚ろになっていく。


「シロ……!」


 助けを求めようとしたが、シロは魔族がこちらに向かってくるのを防ごうと様々な魔法を繰り出し応戦していたせいか、力尽きたように地面に伏していた。

 他に誰かいないか。医官が残っていないか見回したが、いるのは騎士たちばかりで、みな重傷を負っている。


「誰か……誰か助けて! ノアさまが!」

「お、オリヴィアさま……」


 背後から声がして振り向くと、聖女セレナがふらふらとした足取りでこちらに向かってくるところだった。


「良かった! ノアさまが魔族に……! 聖女さま、どうか回復魔法をお願いします!」

「はい……やってみま、す……っ」


 ノアに手をかざした聖女だったが、弱々しい光が一瞬出ただけですぐに消えてしまう。


「聖女さま?」

「す、すみません……魔力切れ、みたいです」


 申し訳なさそうに言うと、聖女も地面に崩れてしまった。


(そんな、嘘でしょ……どうしたらいいの)


 私に回復魔法は使えない。シロの力で傷口を洗うこともできない。

 ノアは活性炭を持ち歩いているはずだが、あれは消化器官に入った毒を吸収するものだ。傷口から入った毒には使うことができない。

 何が毒スキルだ。こんなとき、何の役にも立たないなんて。

 他に何か、毒をくらってしまったときの対処法はなかったか。前世ではどんな風に対応を——。


(そうだ、いちばん古典的な方法を忘れてた!)


 私はドレスを引き裂き、それを包帯にしてノアの腕を強く縛った。

 毒ヘビなどに噛まれた場合、縛る、水で洗う他に、吸い出すという方法があったではないか。

 迷うことなく、いまだ血の流れているノアの腕の傷に吸い付いた。思い切り吸い上げると、芳醇な果実酒のような味が口いっぱいに広がる。


(これがレベル3の毒の味……!)


 それは天上にも昇るような極上の味だった。毒の混じったノアの血だというのに、思わずそのまま飲みこんでしまいたくなるほど。

 理性を総動員し口の中のそれを吐き出そうとしたとき、予想もしていなかった電子音が鳴り響いた。



【毒を吸収します】



(え——?)


 ノアの体が強く輝く。傷口から一気に極上の味が私の中に流れこんでくる。

 どうすることもできず、私はそのまま受け入れるしかない。過ぎた美味は快楽になるのか、私はその感覚に幸せな心地になった。

 毒の味に酩酊したようになり、ようやくノアの傷から口を離した。光が終息すると、顔色が回復し呼吸も正常になったノアがそこにいた。



【毒の吸収に成功しました】

【経験値を200獲得しました】



(ど、毒の吸収って……なに——!?)


 まさかノアの体内の毒を私が吸収したというのだろうか。自分の体内に入ったときは無効化に失敗して仮死状態になったのに、吸収は成功するとはいったいどういう理屈だ。

 しかも他者の毒を解毒できるならまだしも吸収するとは。


(何だか私、どんどん人外じみてきてない……?)


 毒に酔った頭ではうまく事態が飲みこめず混乱していると、ノアのうめき声が聞こえハッとした。

 長いまつ毛が震え、星空の瞳がゆっくりと現れる。


「オリヴィア……?」

「ノアさま!」

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