第30話 ロイヤルな悲劇
ステンドグラスに囲まれ、立派なデミウル像を祀る講堂で行われたセレモニーはすごかった。何がというと、王子ふたりの人気がだ。
はじめは厳粛な雰囲気のなか式は進行していたのだが、新入生の代表としてふたりが壇上に立った瞬間、講堂が震えるほど沸いたのだ。女子生徒だけでなく男子生徒も歓声を上げていた。
生徒の中でも既に派閥があるのか、それとも純粋にふたりの人気が二分されているのかはわからないが、競うようにノアとギルバートの名が叫ばれていたのが意外だった。
(ま、ギルバートが人気だろうと今回の人生では私には関係ないわ)
本来のストーリーで私は聖女とギルバートの仲を邪魔する悪女だが、いまの私は王太子の婚約者候補で、ふたりの邪魔になりようがない。ギルバートは好きなだけ聖女とイベントでイチャイチャすればいい。
そう思っていたのだが——。
セレモニーが終わり教室に移動したあと、席につき私は内心で震えていた。
(何で私がこのクラスに入るかな……?)
王立学園は二種類のクラスが存在する。ひとつはほとんどの貴族の子息子女が入るノーブルクラス。そしてもうひとつは王族やそれに連なる者、他国から留学してきた貴人、希少な能力者など、つまり要人のみが入れるロイヤルクラスだ。
私は一度目の人生では一般的な貴族子女が入るノーブルクラスにいた。ギルバート王子の婚約者ではあったが、私には加護がなかったからだ。
加護がないということは、精霊と契約し魔法を行使する適性がないということ。ロイヤルクラスの生徒は魔力が高く、高位の精霊と契約する者ばかりだ。そんな中にいたら、きっと肩身の狭い思いをしていただろう。
学園には一度目の人生と同じ、加護なしと申請していた。当然今回もノーブルクラスになるだろうし、そうなればこちらからロイヤルクラスに近づかない限り、攻略対象者と関わることもほぼないだろうと若干余裕すら感じていたというのに。
「これから毎日オリヴィアと過ごせると思うと、幸せすぎてデミウル神の元に召されてしまいそうだ」
煌びやかな笑顔で言ったのは、私の隣りに座ったノア王太子殿下だ。
教室は後方が階段状になっており、それぞれの段に長い机が置かれている。生徒は自由に席を選び座るというスタイルだ。
私は二段目の窓側の長机につき、なるべく目立たないよう気配を消そうと試みたのだが、ひときわロイヤルな輝きを放つノアが邪魔をしてくる。
「ノアさま……なぜ私がロイヤルクラスにいるのでしょう?」
「君は僕の婚約者だ。当然だろう? ああ、君の申請書に加護がないと誤って記載されていたから、水の加護がありすでにフェンリルと契約していると訂正しておいたよ」
なんと、私をロイヤルにぶちこんだ犯人は王太子殿下だった。
というかなぜ彼が私の申請書の内容を知っているのだろう。しかも勝手に訂正してクラス変更までしたようだ。
(さすが強火担……執着が怖い)
「それよりオリヴィア、ここだと黒板が見にくくないか? 真ん中の前にいる者と席を替わってもらおうか」
「い、いえ。わざわざそこまで……」
「オリヴィア嬢は目が悪いのか? 以前眼鏡をかけていたことは?」
突然隣りの机からそう会話に入ってきたのは、ギルバート第二王子殿下だ。
なぜお前が入ってくる、と思いつつも無視をするわけにはいかないので作り笑顔で「ございません。視力は昔から良好です」とはっきり答えた。
私は分厚い眼鏡の地味な王宮メイドではない。この男もなぜあんな地味なメイドのことを何年も覚えているのか。王子というのはみんな執着強めな生き物なのだろうか。怖い。
「ギルバート。おかしなことを聞いて僕の婚約者を困らせるな」
「ちょっと聞いただけだろう。だいたい、まだ婚約者候補なんじゃないのか?」
「婚約式をまだ挙げていないだけで、彼女はまちがいなく僕の婚約者だ」
(なぜ私を挟んで火花をバチバチ散らす?)
どうやらやはり仲が良いというわけではないようだ。
兄弟げんかは他所でやってほしい。周囲の生徒も異母兄弟の王子たちの様子に戦々恐々としている。
こっそり席を変えたいと思っていると、教室の入り口からざわめきが聞こえた。
そちらに目をやると、金の髪のひと際輝きを放つ美少女、この世界の主人公セレナが教室に現れたところだった。
「ねぇ、ご存知? あの方平民出身なのですって」
「まぁ。なぜ平民がロイヤルクラスに?」
「光の加護を持ってて、子爵家に養子入りしたらしいぞ」
「光の加護持ちは貴重だからな」
「平民がロイヤルクラスだなんて。辞退するのが当然では?」
「一緒に学ぶ私たちの品位まで落ちてしまいそう」
平民出身というセレナの立場はすでに学園内で知れ渡っているらしい。あちこちから彼女を批判する囁きが聞こえてくる。
セレナ自身の耳にも届いているだろうに、彼女は居心地悪そうにしながらも、俯くことなく教室に入ってきた。そしてキョロキョロと辺りを見回すと、なぜか私たちのほうを見て視線をぴたりと止めた。
(なんか、嫌な予感……)
セレナはほっとした顔でこちらに向かって歩いてくると、なんと私に話しかけてきた。
「お隣、座ってもよろしいでしょうか?」
「えっ。あ、ええ……どうぞ」
断るわけにもいかず、そう言うしかなかった。
なぜここに座る、と思ったけれど、よく周りを見ると席はほぼ埋まっていた。それにこれ見よがしに嫌な顔をしたり、鞄を机に置き彼女が座れないようにしている生徒もちらほらいる。
セレナが座ると、さらに教室がざわついた。「平民が王族の隣りに座るなんて!」などと言っているのが聞こえてくるが、私は王族ではない。あくまでも王太子の婚約者候補だ。大事なことなので間違えないでほしい。
「あの、私、シモンズ子爵家のセレナと申します。よろしくお願いします」
緊張したように自己紹介をするセレナ。
周りの悪意ある陰口や視線にも負けず気丈に振舞うその姿は、まさに主人公といった感じだ。健気で、思わず悪役令嬢である私も応援したくなった。
「はじめまして。私はアーヴァイン侯爵家のオリヴィアです」
「こ、侯爵家の方でしたか! 大変ご無礼を……」
「へりくだることはありません。ここでは同じ学生ではありませんか」
主人公なんだし、とつい頭を下げるのを止めてしまったが、「オリヴィアさま……」と呟くセレナの感動したような表情に、しまったと思った。
変にいい人ぶって好かれても困る。悪役令嬢が聖女に近づけば、その先にあるのは【死】だ。
「あー、そうだ、ご紹介しますね。こちらはノア王太子殿下です」
私が紹介すると、よそ行きの笑顔を作ったノアを見て、セレナがピシリと固まった。
「え……お、おう、王太子、殿下……?」
「ついでにそちらはギルバート第二王子殿下です」
「ひぃ……! だ、第二王子殿下!?」
「おい。ついでって何だ。ついでって」
不満そうな顔でこちらを睨むギルバート。
そんな恐い顔をしていないで、さっさと主人公セレナに王子様スマイルのひとつでも見せたらいいのにと思う。
「ギルバート王子殿下はとても気さくでいらっしゃるので、困ったことがあれば何でもお聞きになるとよろしいかと。きっと力になってくださいますわ」
「は、はあ。……ありがとうございます、オリヴィアさま」
戸惑いながらも律儀にお礼を言う主人公、尊い。
きっとギルバートもあっという間にセレナの魅力の虜になる——。
「俺が気さくって誰から聞いたんだ。お前は俺の何を知っている」
身を乗り出し、なぜかセレナではなく私に話しかけてくるギルバート。本当になぜだ。今世のギルバートは攻略キャラとしてポンコツなのだろうか。
そこまで考え、ハッとした。
(まさか、ギルバートが王太子ではなく第二王子になったことで、攻略対象者ではなくなったとか!?)
だとすれば、代わりに攻略対象者となるのは——。
「ん? どうかしたか、オリヴィア?」
勢いよく隣りを見ると、私を見つめる青い瞳とぶつかった。
セレナに惹かれている様子は見て取れず、ほっとして首を振る。
大丈夫だ。ノアは私と同じで毒殺の危機に晒され続ける悲運キャラだ。メインキャラにはなりえない。
「何かあれば、オリヴィアは僕に言うように。僕が気さくなのは君にだけだからね」
私の髪をひと房手に取り、キスを落としながら言ったノア。
そのセリフに教室中の女生徒が黄色い悲鳴を上げた。「なんて素敵なカップルなの!」「おふたりとも美しすぎる……!」「オリヴィアさま、応援しております!」となぜか私が応援されることに。
帰り際には親衛隊を作ってもいいかと数名の生徒に聞かれ困惑したが——。
(これってもしかしてデトックスを布教するチャンスなのでは?)
平穏とデトックスを天秤にかけた結果、親衛隊結成を了承してしまい、ノアに「悪魔崇拝は布教しないように」と笑顔で釘を刺されるのだった。
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