10話

この命令には、どの程度の規模が必要であるか記載はなかった。つまりは、可能な限り多く必要であるとの意味が含まれている。


軍議はすでに増援を最大限出すことで進められていた。


守備隊は2000人に迫るが、未だ戦闘には参加していない。その上、増援を出し渋り対岸の火事を眺めていたのでは、その後の首脳部への心象は最悪となる。大体の意見はこんなところで、戦術や戦略などは皆無であった。


特に、まだ若い司令官はこの意見に強く賛同している様子であった。

マーカス隊も随行するよう要請をしてきたときには、マーカスもまずいことになったと思った。

彼が守備隊には合流せずに付近で遊撃隊として待機していれば、まだ、敵の陽動に乗らずに済んだものを、これでは、わかっていながら乗るしかない。


2段の陽動…敵は相当にキレる。そうマーカスは思う。


もちろん、マーカス隊は守備隊の指揮下にはないことは司令官もわかっており随行の要請ではあるが、マーカスが固辞すれば、その分の人員を守備隊から割かれるだけである。司令官の頭の中には倉庫の守備には300人と決まっており、その頭数がどこに所属していようが、関係はなかった。


こうなれば、乗るしかないか…とマーカスは考えた。商業区の混乱を早急に抑え即座に取って返せば逆に敵を封殺できる可能性も大いにある。

と思いついた作戦に、賭けの要素が多すぎて自嘲する。


マーカスは、司令官に増援への随行承諾の旨を伝え、同時に一つの提案をした。こちらも一つ弄してはどうかというわけである。


その日のうちに、総数1600人の救援部隊は南地区を目指して出立した。それと後を追うようにして、大量の荷台や荷馬車が北の方面の方面へ向かった。この輸送部隊はわずかに50人であった。


救援隊は一度外壁の外へ出て南地区を目指す。

街中を進むと西地区の入り口に大門があった。しかし、そこが敵の手に落ちていると判断し迂回する事にした。


マーカスは当たりが暗くなるにつれ、進路方向が徐々に明るさを増していることがわかった。それが南地区の火の手であることが状況の悪さを物語っていた。


南地区には一度、市街を周り港地区より侵入した。この地区は、かなり火の手が上がっており、逃げ惑う市民や泣き叫ぶ子供に暴徒が襲いかかっていた。

マーカスは今まで感じだことない熱い感情を覚えた。




時を、ほぼ同じくして、北の森で戦利品を運ぶ集団があった。その数は二百名を超えていた。

この森は市街と教区を隔てる森で北の山脈からの湧水によりこのザドの水源としての役割もあった。

この森は、この地方には珍しい針葉樹の森で暗く冷たかった。


「くそっ嵌められた!!」この一団を率いるグレンは悪態を吐く。

この物資を兵士は、こちらの存在に気づくとすぐに兵を引いて逃げていった。

その逃げた方も醜態そのもの、物資をほとんど置いて逃げ去った。


後の調査で明らかになったことではあるが、この強奪者の一団を率いていたのは、グレンと言い、もとは盗賊の頭目であった。

この強奪自体は元々の作戦ではなく、倉庫を襲撃する直前に、荷駄隊が倉庫より出立したとの報告を受けて急いで後を追ってきたのであった。

もちろん、この反乱を組織している者には報告も出来ていない。時間的な余裕もなく現場の判断だけで、ことを進めた。正確に言えば、計画通りにことがは事が運ばない事につても指示は出されていた。


『もし、物資の強奪が叶わないような事態が起こるようであれば、貯蔵庫を物資もろとも焼き尽くせ』


これが、グレンが聞いた指示であったが、彼の盗賊としての性がどうしてもそれを許さなかった。


そして、そのグレンの判断が間違いであったことが、今しがた明らかになった。


彼の頭には、強奪が成功した場合の行動も入っていた。物資の確認は後回しにして一先ずその場から離れるのである。


その場で確認していては、持ち主が取り返すため、仲間や警備隊をつれてくる場合もあるし、物資の中身によっては分配で言い争いや反乱が起きては収集がつかなくなる可能性もある。このため、なるべく安全な場所、できればアジトまで戻るのが鉄則であった。


そして、更に敵地から離れるために森を奥に進み、辺りを確認する。

森は暗く、静かで冷たかった。


グレンはおもむろに剣を抜くと、荷台の袋に一突きした。

彼の予想に反した感触が剣を通りして右手に響いた。

「ガリッ」

それは石の感触であった。

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