ソントレー
ソントレー家の嫡子ジオは騎士の家系に相応しく筋骨逞しい偉丈夫であった。しかし、その性格は奔放であり、放蕩息子だとか親不孝だとか言われていた。
彼の父は高齢ではあるが、頑強であり真面目であった。そんな父ではあったが不思議とジオに対して何かを言うことはしなかった。
このことが、災いしたのかジオは名門貴族の嫡子でありながら南朝で、自らの店を経営している。それも、その手腕は付近の大店の店主も一目置くほどであった。
この日は、幼馴染で兄貴分のレオポルドのご息女エレーナの乗船式に招待されていた。
「昔から老け顔だったが、レオもついに御隠居か」と視線は少し虚空うを漂う。その顔は涼しげでどこから見ても非の打ちどころはなかった。そして、所作も洗練されていた。どこか実務的な雰囲気のあるレオポルドとは対照的であった。
「なるべく、レオには自分の年齢と老いを理解させてやろう」少し意地悪く微笑んだ顔もどこか優雅であった。普段は着ないような流行の最先端の煌びやかな服を用意さえていた。しかし、その準備に時間を取られて出港が遅れてしまった。
時間厳守は商家の鉄則でああるが、この男には貴族出身のためかどこかルーズなところがあった。
そのためか、集合のためにレオポルドの船から上がっている狼煙を見つける頃には、少し陽も傾き始めていた。
しかし、そのまま接船して乗船する事ができずにいた。レオポルドの船が突然動き出したのである。
ソントレーも慌てて後を追い出した。
「あいつ、何かの冗談か?勝負でもしようというのか?」と内心で幼な馴染みのレオポルドの事を思い楽しく思っていた。
初めのうちは、従者や船長より報告を受けいていたソントレーであったが、その報告の内容が悪い方向へ、つまり追いつけないとの内容が重なってくるといてもたってもいられずに甲板に立って様子を伺っている。
時刻は夕暮れ時であり、追っていた船はもはや目視では船体を確認することは難しくかろうじて狼煙を確認できるほどの離されていた。
こちらは、商船に移動するだけの船で小型ではあるが、積荷もなく高速と言って過言ではない。それでもあの商船に追いつけないのである。
「あいつ、何かしているな!面白い!!」と自然にジオは喜色を浮かべた。
その後、一度完全に見失ったが何とか追いついた時には当たりは完全に夜空だけであった。流石に夜はレオポルドも停泊したようである。
ソントレーの船も船長は危険だからと停泊させようとしたが、沈没したら全額補償するからと無理に船を進めさせて追いついたのであった。
ソントレーはせっかく用意したイヤミな服(ソントレー自身もそう言っている。)を着ることも忘れてレオポルドの商船に飛び移った。
突如、暗闇から現れた偉丈夫に驚いた様子であったが、船員はそれがソントレーであると理解して、取り次に行った。どうやら、レオポルドから含み置かれているようであった。
「レオめ、私が着いていないことをわかってやったのか…」ジオは幼馴染の悪戯に童心に帰ったような心の弾むのを感じていた。ただ、この幾分堅物のレオポルドにしては解せない行動に疑問も抱いていた。
しばらくすると、メスト{レオポルドの執事}が出迎えてくれた。どうやら、祝宴の前に当主が挨拶をするらしい。
当然だ。定刻を過ぎていたとは言え、来賓を待たずに出発したのだ非礼であった。そのことに腹は立てている訳ではないが、レオポルドがそうした行動にでた理由には興味があった。
応接室に通されるとレオポルドがすでにいた。
彼はもやは何も映らない窓を眺めているように立っていた。
数年ぶりの再会ではあったが、その立ち姿には娘に家督を譲るような衰えはなかった。
「よくきた。ジオ」レオポルドの声は幾分暗く沈んでいる。
「ああ、久しぶりだな!レオよ。」ジオは務めて明るく声を張り上げる。
「それにしても、ずいぶん手こずったよ。この船の速さったら全く追いつけない。」そこには言葉ほどの困惑や怒りはなかった。
「そうだな…すまなかった。」俯きつつレオポルドは答える。まるで非はこちあらにあるから罰は甘んじて受け入れるといった姿勢であった。
少なくともジオにはそう見てとれた。
「別に責めているわけではないさ。当然わけがあるんだろう。まさか速力を見せるためでもなかろう。」
「そうだな、ジオならば話してもよかろう…メストお茶を用意してくれないか」レオポルドは幾分か肩の力を抜いて深く椅子に身を沈めた。
ジオにも椅子を勧める。逆にジオは浅く座った。この男の性分で落ち着いて座っていることは苦手らしい。
「ああ、それはいい。追いかけるためにずっと甲板にいたから随分と喉が渇いた。まずは酒より水が飲みたい気分だ。」
「お前が甲板にいなくても良いのではないか…」
「こんな面白いこと見逃せるものか!」と勢いよく言った。
何でも、貨物船で小型船を振り切るような事ができるはずも無いとのことで、そのありえないことを自身の目に焼き付けたかった。とのことであった。
「それにしても、わざわざ招待状は実家に送っておいたのに、貴族側ではなく大店として参加とは…父上を泣かせるようなことを…」レオポルドは呆れるを通り越して悲しみを覚えていた。
「なぁに、父はわかってくださるさ。」と当のジオはニベも無い。
レオポルドから、ため息が漏れる。幼い時より付き合いであるが、この男の奔放さは昔から変わらない。
誰でも、二面性はあるものである。それは、人に見える部分もあれば、全く心に秘めてわからない者もいる。ジオの父はまさに後者の部類の人間であった。
彼は若いとこより、非常に評価された人物であった。
騎士としての政務に真面目に取り組むだけでなく、勤勉でありその知識を他人に並べ立てるような傲慢な態度も一切なかった。特に部下に対しては誠実であり、信頼されていた。それゆえに年長者には少しばかり持て余すようなこともあったが、彼自身の誠実さ、正直さにより足を引っ張られるようなこともなく近衛騎士団長にまで昇進した。
周囲の人物は、彼は騎士の中の騎士であり天職に就き、成功を手にれた人物であると評価されていた。しかし、そのような彼にも頭痛の種がある。それが彼の息子のジオである。と皆考えていた。もちろんそのことを口に出していうことはなかった。
それは、彼の妻をしても同じであった。
だから、彼の心内に触れた時驚いた。それは、彼が心労により倒れた時であった。いくら職務能力に長けていても彼もすでに高齢と言って良い年齢に差し掛かっていた。この時は、年末の式典の準備で深夜にまで仕事が及ぶこともあった。そんな折りに倒れたのであった。屋敷のものたちは初めての事態に非常に慌てたが、当の本人は落ち着いたものであり、ただ1週間の休養により職務に穴を開けたことを恥じていた。
それは、倒れた翌日の午後のことであった。状態はすっかり落ち着いた様子でこの頃には妻をはじめとした家内の者たちも落ち着きを取り戻していた。
彼はベッド横になり、外を眺めていた。その横には妻が座っていた。幾分その顔には疲れの跡があった。
「すまなかった。」彼のその灰色の瞳は、まだ窓の外を向いている。この日は冬には珍しくどんよりと雲が覆っていた。まるで、彼の瞳の色を写したようにk暗く光を帯びていた。
「何を言います。ご無事で何よりでした。ご心労が触ったのでしょう。」妻が応えると、ようやく顔を妻に向けた。その顔には皺が深く刻まれているが、肉は締まっており衰えは感じさせない。
「その…差し出がましいようですが、ジオを呼び戻してはどうでしょうか?ご政務の一部でも任せれば、ご負担も減るとは思いますが…」妻は俯きながら尋ねる。彼女にしてみれば、嫡男はただ一人しかいないのである。貴族の家にとっての最大の頭痛の種である跡目の争いがないのである。何を迷う事があろうか?遠に家督を譲り隠居しているものと思っていた。孫の顔も見ていてもおかしくはない。まさかこの年齢まで近衛騎士団長夫人として社交界に通っているとは思わなかった。
「本性というものが有る。お前は今の生活に不満があるか?」彼女の夫は静かに語りかける。
「全く不満がないとは言いませんが、十分に幸せですよ。」突然の質問に疑問を感じたが、彼女は答える。彼女も夫に似て誠実な人柄で多くを望むことは決してないかった。
「その不満というのは、お前の 力だけどうにか解決できるものか?もしくはその努力をしようと思うか?」と先程と同様に静かではあるが、妻の目を見つめて質問をする。
「そうですね…もうどうにかしたいとは、思わないようにしています。そのことには目を瞑っていると言ってもいいでしょうけど、もう歳もありますでしょうね。」夫の真面目な雰囲気を外すように、明るく答えた。
「それは、今の生き方が君の本性…性に合っているのだよ。私はそう考える…」
「性ですか…」突然の話に次ぐ言葉が出ない。
「私は若い頃騎士になどなりたくないと思っていた。今もそういう思いはないとは言えない。ただ、もうどうこうしようとは思わない。」
夫は一息ついて若い頃の話をした。
妻も結婚以前の夫の話はほとんど本人から聞いたことがなかった。ただ、周囲の人からの評判や働きぶりを聞いただけであった。
妻も夫が周囲の評価が高い割に、婚期が遅いことに少し疑問はあった。しかし、縁談の話が来た時の実父の喜び様を見ているとそんな疑問を口にすることはできなかった。彼女は幼い時より病弱の上に、下級貴族であったため縁談は良い話がなかなか出なかった。そんな中に名門のソントーレ家との縁談、それも嫡男であったので、多少の疑問も吹き飛んでしまった。
当時の夫は、寡黙で女性の扱いにも慣れている印象はなかった。しかし、実直で誠実、思いやりもあった。婚約結婚は順調に進み、ジオも2年後の夏に生まれ夫も出世を重ねた。その夫が騎士に不満を抱いていたなど、考えたこともなかった。
妻は夫の告白を驚きを覚えたが、真剣に聞いた。
夫マーカス・ソントーレは代々続く騎士家系の名家であった。そして、家名を継ぐ長子であった。それは、彼にとって不幸なことであった。彼には2歳下の弟がいた。その弟は天賦の才を持っていた。剣術は同年代は元より、大人でも下を巻くほどの腕前であり、マーカスの父も弟が、長子でないことを惜しんでいた。少なくともマーカスの目にはそう見えていた。
ザドでは家督争いを防止する目的で、長子が家督を相続する事が定めれていた。ただ、貴族相手の法で有るため、それほど強力に縛り付けるわけにも行かず、特に上級貴族では抜け道がいくつもあったし黙認されていた。
その法に従えば、マーカスは家を継ぐ事になり、弟は時期が来れば南朝の学院に出され良くてザドの法官や神官、悪くすればそのまま南朝で暮らしていく事になる。
実直なマーカスは、その事実に自身の才を責めた。
そして、ただただ修練を重ねた。父もそのことを褒めた。しかし修練を勧めたり強制をしたりしなかった。父には分かっていたのだ。どんなに技を磨いても届かない壁があると、そして最後まで弟には届かなかった。
弟は16の歳に南朝に留学にいった。
そして、その航海で船は座礁して弟は亡くなった。
マーカスはこの時初めて自分の才を呪った。そしてその運命を呪った。
もし、自分が長男ではなく次男ならと…
もし、才に失望し自殺をしていればと…弟は死ぬことはなかった…
「この時、自身の運命に抗おうと決心したよ。」年老いたマーカスは優しく語った。
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