奴隷

先程まで威張りちらした監視の男はすっかり意気消沈してオールを持っていた。


お嬢様はその男に一瞥をくれると振り返り言った。

「クイール、ここはお前が案内せよ」とお嬢様が指示をされた。私が口を挟むことなどできなかった。今までこのように堂々としたお嬢様の姿は見たことがなかった。


クイールは漕ぎ手と奴隷の状況を客観的に伝えてくれた。漕ぎ手は100でほぼ2交代で朝から日暮れまでを漕ぎ続ける。風がでれば楽を出来るが、ほぼそんなことはないらしい。特に食糧事情は厳しいものがあり7日の航海の日程のうちでまともの出るのは5日目までらしい。それ以降は出ても全員に回ることはないらしい。カールの説明では一生懸命漕がせるために発破をかける意味合いがあるらしいが、効果の程はカールもよくわからないらしい。


本来なら、進みが早ければ食料が多く支給されるはずだが配膳はさっきのような男に見張りに一任しているため、自分のお気に入りや配下に与えるものだから全く目的通り機能していないとのことであった。


「カール、自分のやっていることがどのような効果を挙げているか確認できないようでは責任者とはいえませんよ。ましてやあのような者に任せてはいけません。」と諭すようにお嬢様に言った。流石に人のうえに立つ身分である。と感心したが、いつの間に身に付けたのであろうか?


「クイール、先程の歌は歌詞は知っているの?」と今度はクイールに尋ねる。

「ええ、一応は歌えます。独特の歌い方で難しいですが、歌詞は意味がわかりません。」


「ふふっ、なら私の後に続けなさい。この歌の意味がわかるわよ。」と悪戯っぽい笑い方をした。私はまさか、こんな場所で歌うのかと思い止めなければと思ったが


「**オーシコーエンヤー**!!』もう歌い出してしまった。腹に響くような不思議な声で通路全体に響き渡る力強さがあった。


私たちはあっけに取られてお嬢様の歌を聞いていた。

「どうしたの クイールも続きなさい。」と和かに促す。前に目を向けると4、5人の男の顔が牢の間からこっちを覗いているのが見える。何が起きたのかと恐る恐るの体だある。


クイールは口をぽっかり開けたまま放心していたようだったが、我に帰ったようにお嬢様に続いた。


二人の声は、まっすぐ伸びたくらい通路によく響き吸い込まれていった。

独特のクセのある歌い回しで、何を言っているのかわからないが、リズムがあった。


すると急に体が後ろに置いて行かれるような感覚になりバランスを崩しかけた。

「!!何が起こった ?」一瞬混乱したが、すぐに気が付いた…船足が上がったのだ!!


しかしなぜ?お嬢様は先程、_この歌の意味がわかる_と言っていたが、船足が上がるような歌など聞いたことがない。実際に、そんなものがあったら魔術や奇跡だ。

しかし、よく注意してみると船が歌のリズムに合わせて進んでいる微かな感覚がある。

微かに体がクイっと前に持って行かれる。


それが漕ぎ手のタイミングに引き起こされていることに気づくのには時間が掛かった。

漕ぎ手の様子を見てみると、最初に見た時と同様に、疲れ項垂れた様子であったが、オールの動きは歌のリズム合っていた。それが隣の牢もその隣の牢も皆同じで合った。


一糸乱れないとは言えないまでも、先程までなんの、取り決めや合図もなく動かしていたオールはほぼ同調していると言っていい。まるで歌に合わせてオールを動かすことは当然と言ったように、漕いでいた。そして明らかに船足が上がった。


お嬢様を見るともう歌ってはいなかった。クイールが歌い数人にではあるが周りから追いかけるように声が響いていた。


「強いても良い結果出るとは限らない。良い結果が出るように環境を整えてあげることも大切よ。お嬢様はカールの方に向き直りそういった。

「はい、勉強になりました。」朴訥として、そう言っただけであったが、お嬢様は軽く頷いた。


「そして、もう一つ大切な環境があるわ。お腹が空いていて良い結果のでた試しはないわ。すぐに食事の準備してください。」とカール告げた。

「お嬢様、その事についてなのですが…」と周りの様子を確認するようにして「少し場所を変えましょう。」とカールは言った。


新しい見張りのイマールに後を任せて、倉庫まで戻りそこで話を聞く事にした。

実は出港の予定が急遽早まったため、奴隷ようの食料が積み込みきれずに出発してしまったとのことであった。上級貴族の来賓の予定が変わってしまいそれに合わせての変更であったが、その割を喰ってしまったのが奴隷であった。こう言った場合弱い立場の人間が不利である。


カールの話では、このことをあの場で告げて暴動が起こる可能性を心配したらしい。案外と周りに気が効く男だと感心した。


「食料なら、ここに大量にあるではありませんか?」とお嬢様はやはり笑み黄金の瞳が怪しい光を帯びていた。

「ここの食料は我々の食料です。それに今夜の晩餐会のもの含まれますので使用するわ家にはいけません。」私は答えたが、お嬢様も百も承知であえて言ったのであろう。


「そうですか…」アゴに手を当てて少し考える仕草をして「漕ぎ手に食事を供するにはどのような事態が考えれますか?カール 」と尋ねた。


「緊急に船を移動するような場合とか、急ぎの荷を運ぶためでしょうか?どちらもあまりないですけど」とカールが答える。

「たとえば大貴族の急ぎの依頼だとか・・・嵐を逃れるためとかでしょうか?」とお嬢様がきくとカールはそうですと頷いた。

「嵐・・・沈没・・・父上に相談しなければいけいないようです。」と小さく呟いている。

「お待ちください!お嬢様!私にも説明をお願いします。」今度ばかりは何を考えているのかを聞かねばと思った。予定がただでさえ変わってしまっている。この上また何かあれば本当に取り返しのつかない事になるかもしれない。

「私の夢はどうも正夢なようです。船が嵐で転覆します。すぐに船を移動させねばなりません。」と平気な顔でいわれた。


「まさか、それを理由に奴隷どもに食事を出すとつもりですか?カールも言ったように食料はありませんよ、まさか祝宴用の食料を回すとでも言われるのですか?」やや語気を強めてエドが答える。


「まあ、エドしっかりわかっているではないですか。それで今から父上を説得しに行くのです。エドも口添えをお願いしますね。」とお嬢様

やっぱりそうゆうことか!


「しかし、先程旦那様にもたかだか夢の話と言われたではないですか?」

「ええ、でも奴隷たちを見ていて、これは正夢だと確信しましたの、船をしずめるわけには行きませんもの」

「私にはお嬢様が、奴隷に肩入れしているように見えますが、なぜですか?」

「そうね、そのことについては説明が必要かもね」少し悲しそうな表情であった。

「でも、エド今は無理なの。もう少し時間を頂戴必ずお話しします。」


「わかりました。無理にとは言いません。」と答える。

「それで、エドは協力してくれるのかしら?」


「ええ、わかりました。協力は致しましょう。どうせ宴では余ってしまうのですから。しかし、解決せねばならないことがございます。」ともう諦めに近いが、食料も余るのは事実だし、お嬢様も言って聞きそうにない。


「なんですの?その解決せねばならないことは?」


「当然、嵐が来ない時のことです。」


「まあ、まるで信じてくださらないのですね。でも、その件は私にお任せください。」

それはそうであろう。

順序が逆である。嵐が来るから船を動かすではなく、船をうごしてみたいから嵐がくるというのである。

このことは口が裂けても旦那様には言えない…と思い軽くため息が出る。


エレーナは笑っている。エドも最後まで見守ることにした。主人を信じて最後までついて行くことも必要だろうと納得させた。


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