第5話 奴隷たち


ゆっくりとカールが閂を引くぬく。カールは筋骨逞しい浅黒い男であったが、閂が重いため引き抜くだけどふらついていた。看守といっても飯を配膳口から渡す(落とす)だけで中に入って奴隷を監督はしていないらしい。


奴隷と一口に言っても様々だ。戦時に捉えられた捕虜、借金の方、人攫いの被害者や孤児たち国や年齢も話す言葉も違うが、ここまで違う背景を持ってはいるが、見た目はほぼ違いない。痩せて汚く死にそうな顔をしている。区別なんてほとんどつかないしつける必要もなかった。

ザッドの貴族はほとんどの場合、奴隷商人から調達した。

言葉の通じないもの同士や敵国同士などわざわざ仲間意識が出来にくいもの同士を選んだ。さらに、比較的従順なものを監視役に任命したり、違反行為の密告を奨励したりして奴隷同士で相互不審に陥るように仕向けた。作業効率は落ちるだろうが、使い捨てなので気にもしていない。


過去にはもっと管理が緩い時代もあった。使用人のように館の中で住まわせたり、奴隷だけで荘園を運営させたりしていとこともあったが、度重なる反乱や暴動ににより徐々に縛り付けるようになりついには領主より奴隷の取り扱いと雇い主の義務についてルールが発布さて、現在のような扱いになっている。

~この法律には奴隷の人数や年齢国籍の制限、監視役の人数などの管理方法と暴動が発生した場合の責任の所在などが定められている。~

お嬢様が言われたように、現在の奴隷の管理体制は、まさに恐れと怯えから出たものであった。


いよいよ、その重い扉が開いた。

中は暗く先を見通すことができない。まさに異世界への扉であった。


中へカールを先頭に入ろうとすると、お嬢様が声を発した。

「待って。」ここにきて怖気付いたのか?入らなくと良いのかと早合点し安心してしまったが、全く違った。

「このまま全員で中に入って、何かあったらこの扉から奴隷たちが船内に押し入る事になりかねませんわ。エドはここに残って閂をかけてください。」と言われた。


「と・とんでもございません。私がお嬢様から離れるわけには参りません。何かあったらどうするのです!」となんとか言った。行かなくて良いのはありがたい事だが、ただでさえ本当に何かあったら職まで失い兼ねないが、お嬢様の元を離れていたとあっては、旦那様からのお怒りも買うことになる。


カールはカールでブレッドの命令のため、何があってもついていくと譲らない。本当に取り付く島もない。

この男、話していても惚けていうようなことがあるが、命令だけは何があっても愚直に実行する。なんとゆうか融通の効かない男だ。


仕方がないので倉庫番の男を呼んで外から閉めてもらう事にした。しかし、閂が重すぎて持つことができないため持っていた掃除道具の柄を使って代用した。


本当に中で暴動が起きてしまったらなんの役にも立たないだろうが、無いよりはましな程度の代物だった。


中に入ると、かなりの臭いがあった。

汗と腐敗臭が混ざり合って強烈だ。そして明かりが全くなくかなり薄暗い狭い通路だった。通路自体はかなり短い、少し階段を登ると格子扉があった。こちらは杭が刺さっているだけで鍵らしいものはなかった。


私もここは初めて見たが、扉の先は狭い通路が一本あり、何より天井がかなり低い中腰でなければ進めないような高さしかない。ここまで来ると匂いもかなり強烈で目が痛くなるほどだった。流石のカールも鼻と口周りを押さえている。私も足を止めてなんとか吐きそうなものを堪えた。「なんだこの匂いは・・・」


お嬢様は歩を一瞬緩めはしたが、何事も感じないように歩いてゆく。この臭いに何も感じないことなどあるだろうか?と思ったが、私とカールはお嬢様に置いて行かれないようにすぐに追いかけた。


格子扉を開けると腰をかなり折り曲げて前に進む。

上にも荷室があるため、船内を有効活用する工夫らしい。また、屈んで移動するので移動も制限され暴動が発生した時も都合が良い。漕ぎは座り姿勢なので立つ必要もないという訳である。


通路の左右には格子になっておりまるで牢屋のようであった。中には用を足す桶と藁とがあるだけで、小窓からオールが出ていた。

そのような部屋が左右に延々と続いていた。一番手前の部屋には中には二人の奴隷いた一人オールを漕いでもう一人は隅で蹲って動きもしない。死んでいるようだった。漕いでいる方も痩せて、日に焼けた皮膚は剥けて年齢もよく分からない、目も空で漕いでいる。


奥の方から男が歩いてきた。

「カール様どういたしました?」年齢は中年過ぎの、顔には薄ら笑いを浮かべているように見えた。随分と低姿勢というか、媚びる感じが鼻に付くやつだ。

「ああ、お嬢様がご見学とのことだ」とカールが言った。

「これはなんですの?」とお嬢様が言った。どうやら嫌いらしい。


「見張りです。奴隷は奴隷ですが、従順なやつは見張にして奴隷がちゃんと働くように見張っているのです。」と私が伝える。

「フン」とお嬢様が鼻を鳴らした。どうも相当この手の人間が気に食わない様子だ。

あまり人の好き嫌いが態度にでることは無かった。本当に人が変わってしまったようである。


細身のお嬢様は、見張りの男の脇を抜けて先へ行ってしまった。

私とカールも後をついて行こうとしたが、見張りの男が邪魔で先へゆけずに戸惑ってしまった。

「エレーナ様少々お待ちください。」と声をかけたが、ズンズンと前に行って、通路の暗がりに消えて行く。


後ろへ前へ押し合いへし合いしながら巨漢のカールが前に抜けることが出来たので、後を追って前の方へいくと、お嬢様が一部屋の前で呆然と立っていた。

微かに鼻歌聞こえる。


「お嬢様、勝手に行かれては困ります。」と声をかけるも反応がない。

牢の中を見たまま動きがない。


「なんで・・この歌・・・」とお嬢様が微かに言っている。どうやらその鼻歌に興味を惹かれているようであった。


「私も聞いたことのないメロディーですね。おそらく外国のものでしょう。」

「おい、そこの男」と声をかける。男は私たちを見て平伏した。

「もうしわかりません。」どうやら言葉は通じうるようである。

「顔をあげなさい。話をしたいだけだ名は?その鼻歌はなんだ?」と聞くと、男は平伏したまま答えた。名前はクイール18歳で褐色の肌をしている。奴隷の割には痩せておらず目にも活力があった。


歌は南朝の奉公先で教わったものらしい。

聞けば南朝の貧しい村の出で身売りされて下男として働いていたが、奉公先の主人が不始末により失地して奴隷として売り飛ばされたとのことであった。

「船乗りの歌」」とのことで、その主人は色々な歌を教えてくれたそうだ。

その主人は時より物思いに耽ることがあり、見たこともない難しい文字を書いて時間を潰していたこともありあったようだ。


「クイール、そのあなたの主人はまだ南朝にお住まいなのですか?」とお嬢様が優しく尋ねた。

「わかりません。名前はコーヨイ様と言っておりましたが奴隷に身を落としてからはほとんど南朝におりませんでしたので・・・」と奴隷にしては、まともな言葉遣いをしている。お嬢様との会話を横で聞きながら感心した。


「おい!お前何をしているか」突然声がした。先程の見張りの男が声を張り上げてこちらに来ていた。

クイールは男の声を聞いた途端に部屋の奥に引っ込んでしまった。男がクイールの檻へ近づき「奉仕を怠るとは何事か!」と吠えた。その声は妙に高くまさに犬であった。


「申し訳ありません。躾がなっていませんで」と男はこちらを振り向くと下卑た笑みを浮かべた。私もこの手の男は嫌いだ。

しかし、間髪入れずに鋭い声が響いた。「控えろ下郎!ジョウシの話に口を出しとは何事か!」お嬢様の声であった。迫力というか威圧感のようなものがあり、私まで何もいえない。

男はそのまま崩れるように平伏した。「申し訳ありません。何卒ご容赦を」と言った。もはや声が震えていた。

「奉仕というならお前が見本を見せよ。クイールと代われ」とお嬢様がどこまでも冷たく突き放す言い方で言った。

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