2章 エリクシア
第39話 束の間休息
僕は墓地からグレイブ皇帝を復活させてから300年前の暗殺事件を解決するために、グレイブを皇帝に戻すと約束し、厳しい依頼と信頼によってついにそれを果たした。
グレイブが皇帝に就任してから一ヶ月程が経ち、ノルデン帝国もとい、クラトレス帝国は発展の一途を辿っていた。
ノルデンが支配していた国民や国は全て解放され、全国民の自由が尊重され、開発された抑止力にもなり得る兵器は分解・資源化され、新たに結成された帝国騎士は王と人々を同じく守るという。治安的にもとても良いものとなった。
それからノルデンの従者であり執政官だったヴァン・クラトレスは、そのまま執政官を続けながらもノルデンの支配下に無くなったことに、以前より大きく動く事が可能になり、僕の計画していた家の建築も作業員を増員し、予定より早く完成させてくれた。
そうして僕は完成した家に前々から考えていた家具を買うことが叶い、グレイ達を招待したりした。
あぁ、もう復讐なんてどうでも良いのでは無いだろうか。グレイブが皇帝になってから平和そのものだ。
途中で勇者の光輝達とも出会ったが、これといって情報交換も無く、僕を敵視している王国の動きも無しということを聞き、あまりにも平和すぎることに僕は久し振りに一息ついた。
ふかふかベッドにフローリングの床に白い壁紙。なんとなく服とか買ったりして、クローゼットも買って、調理器具とも充実していて。
必死に稼いだ金で食事付きの宿になんども泊まっていた時が懐かしく感じる。
「あぁ、なんて素晴らしい一日だ。勇者達も早く魔王とやらを討伐してくれればそれこそ万々歳なんだけどなぁ」
そんな最高の日を満喫していると、突如外から真空を切る音がすれば直後、僕の家の壁に大穴が空き、衝撃波によって家の家具という家具が粉々に吹き飛ぶ。
空いた穴は黒く焼け焦げ、周囲は炎が舞い、そして外からは、大勢だと思われる笑い声が聞こえる。
「ひゃははは! 兄貴! 最高っすねぇ!」
「この一撃で吹き飛ばねぇってこったぁ、なかなか頑丈じゃねぇか。それより中の野郎は生きてんのか?」
はぁ、僕はまた面倒ごとに巻き込まれたようだ。次はなんだろうか?
と、大穴から外を覗けば、そこには6人。血のように真っ赤に染まった全身軽鎧を装備した兵士がいた。
全員兜を被っていて顔を見えない。とりあえず挨拶だけしようかな。
「これは珍しいお客さんだ。もっと軽くノックしてくれればいいものを。壁が壊れてしまったじゃないか。それで君達はだれだい?」
「あぁ? テメェ、誰に狙われるのかも知らねえのか? はっ、こいつは御愁傷なこった。
俺らは元、ガラムラルク王国の精鋭部隊だ。今や趣味で集まっているゲリラだと思ってくれていい。
テメェ、今指名手配されてるんだってなぁ? 呑気に帝国解放なんざやってよぉ。もう少し命狙われてるって自覚できねぇのか?」
「そうだね。僕はそんな緊張状態にいるのが苦手でね。あくまでも楽に居させてもらってるよ。
そうだなあ。シュトラール王国の差金とか?」
「んだよ、分かってんじゃねぇか。そんで俺らはテメェを殺すつもりだったが……。
あー……、いまいち盛り上がりに欠けるんだよなぁ。
なんつーかもっと怖がってくれると思いきや。こんなの余裕ですーみたいな顔しやがって」
「んな滅相もない。これでも僕は心臓バクバクだよ。真っ赤な鎧で家に一撃で大穴を開けた集団が僕を殺すとか。普通に考えて怖いでしょ」
なんだか呆気にとられるなぁ。勇者を召喚したシュトラール王国の差金で僕を殺しに来ているのに、どうしてこんなにも呑気に話し込んでいるんだろう。
まぁ、相手の自由さを見る限り楽しけりゃ良いみたいなところあるしなぁ。
「そーかいそーかい。ま、俺らは趣味といえど依頼人の顔くらいは持つつもりだぁ。だから此処で大人しく殺されてくれ……」
「あー僕ってどうしてこんなに面倒ごとに巻き込まれるんだろう。普通に生きていたいだけなのに」
「じゃあいくぜぇ! 往生際よくぶっ飛べぇ!」
赤い鎧のボスだと思われる男は両手を前に突き出すと直後、僕に向かってマグマのように燃えるビームを発射してきた。
そろそろ僕の能力は対策されないものだろうか。そんな事を思いながら時が遅くなる。
僕はそれを大袈裟に横へ回避し、ボスの背後に回り込む。そして軽めに拳を後頭部へ一撃。本気でやったら能力の都合上逝ってしまう可能性がある。
何せ向こうはこちらを殺すつもりのようだが。こっちは、現状を理解できない。
何故狙われているのか分からない以上、相手はシュトラール王国だとは分かっているが、不用意に殺しでもしたら更なる面倒ごとになるかもしれないからだ。
「よいしょっと」
「あがっ!? な、なんだぁ? 急に後ろに回り込みやがって! なるほどなぁ。だから王国はテメェを殺したがってんのか? 危険な存在だと思ったりして」
「さぁ? それならもっと確実な方法があると思うけど」
そう僕は話すと、ボスの背後で轟音が鳴り響く。その光景に僕は頭を抱えた。やってしまった。ボスの攻撃を避けたことで僕の家が燃えてしまった! 壁に大穴を開けられる以上の損害じゃ無いか。
「あ? どうした?」
「うわぁ……一ヶ月以上も作るのに掛かった家が燃えちゃったよ。どうしてくれるのさ」
「いや知らねえよ。あークソ! お前と話してると調子が狂うぜ! でもこっちは失敗なんて王国に伝えたらどうなるか分からねえ。さっさと死ねぇ!」
ボスは僕の態度に狼狽えると、片手に炎を纏わせ、ゼロ距離で突然殴ってきた。かつて戦った黒騎士より弱い。ゼロ距離でも余裕に僕の能力は反応してくれる。
僕は次は少し強めにボスの腹部を殴る。分厚い鎧越しの身体にダメージを与えるにはこれくらいの力が妥当だろう。
「おっと」
「がっは……!? こん畜生がぁああ!」
ボスは次に全身に炎を纏わせる。その際に衝撃波が発生するが、それさえも僕の能力は反応し、事前に後ろへ引くことで避けることが出来た。
何故か周りのボスの部下だろうか。残り5人はボスの様子を見るだけで加勢はしてこない。もしかしてそういうボスの性格なのだろうか。
それならこれ以上過剰に手加減する必要は無い。少しだけ手加減して、赤い鎧を破壊してしまおう。
僕は更に強めに勢いを付けて炎を纏うボスの鎧に向けて拳を振るう。
「せいっ」
「かっは……!? ウソだろ……」
僕の拳の感触に鎧からヒビが入るのが分かった。そうすればボスはなんと白目を向いて吹き飛び、燃えた僕の家に向かって突っ込んでいった。
「兄貴いいいぃ! 大丈夫っすかー!」
なんなんだこの一味は。てっきり殺し屋みたいな組織かと思いきや。部下の軽さと良い、ボスの度々挟む世間話といい、真面目さが一切感じられない。
シュトラール王国に失敗を報告すれば殺されるかもしれないとは思っているらしいが、ただそれだけで僕を殺そうとしているのなら、上手く話せばもしかしたら和解ができるかもしれない。
「はぁ……みんな、あれほどタフな男だ。炎の中でも死にはしないと思うよ?」
「マジで? やっぱり兄貴は強えな!」
「そ、そうだね……」
◆◇◆◇◆◇
僕の家の火は1時間で自然鎮火した。そしてその中で気絶していたボスは予想通り何の火傷もなく生きていた。
「ったぁー! やるなお前。腹殴られた時はマジで意識飛んだわ。そんなひょろっちい体してんのによ。どこからそんなパワーが出るんだ?」
「あー、気が付いた所悪いけどさ。君たちは本当に僕を殺すつもりなのかい? 恨みとかあるの?」
「あ? ねぇよ。俺らは莫大な金で雇われてんだ。成功しねえとやばいんだよ」
「因みにいくらほどで?」
僕の今の所持金は、1億200万6,600オロ。莫大と言えば莫大な資金がある。もしこのボスにシュトラール王国が依頼した金がこれ以下なら買収も可能だ。
話し合いが通じないのなら、金で買収する。最も手っ取り早い和解方法だ。
はは、僕は高校生だったんだ。なのに今は人を買収なんて考えをしている。転移前の僕なら絶対考えなかっただろう。やっぱり金は人を狂わせる。この場合は"変える"かな。
「1,000万オロだ……こんだけありゃあ、俺ら犯罪集団なんて足を洗っちまうぜ?」
「なるほどね。よし、君たちを買収しよう!」
「は? ガキが何言ってんだ?」
「これを受け取ってくれ。それで僕と和解して欲しい。シュトラール王国の話なんて聞く必要は無い。僕と一緒に裏切り者にならないか?」
裏切り者にならないか? そうは言うが僕はただ無能と判断されて理不尽にも追放された身。
だから正確には裏切り者では無い。でも今の立場上裏切り者と言っても同じだろう。
僕はボスに向かってざっと5,000万オロほど別の金袋に分けて、ドサっとボスの目の前に投げた。
「んな!? オイオイオイ……ガキがなんでこんなに金持ってんだよぉ……」
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