第38話 真代皇帝

 僕はグレイブと岩井君とでノルデン帝国が荒れに荒れる中、ついにこの時が来たかと王の間に入る。

 そこには玉座に片肘を付いてだるそうに座っているノルデン皇帝がいた。


「これはお前らの仕業だったか......良くも俺の庭を荒らしやがって。俺の親父の名を勝手に名乗って俺の座を奪うとかほざきやがって。もういい、ぶっ殺してやる。王直々に処刑してやるから感謝しろ......」


 ノルデン皇帝は心底不機嫌そうだ。玉座から立ち上がると腰から剣を引き抜き、構えればノルデン皇帝の周囲の空気がバチバチと電流が走り始める。


「どうやら皇帝様は僕たちと一言も交わす気も無いようだね。こっちのグレイブもその気だったから話が早くて助かるよ」


「あぁ! いつでも掛かってこいノルデン!」


「クソ雑魚がああああ!!」


 そうお互い叫ぶと先に仕掛けたのはノルデンだった。僕から見ればノルデンはバチッと閃光を走らせると、目の前から消えていた。


 時が遅くなる。あれ? この固有能力は自分に危険が及ぶ時だけの発動じゃないのか? いや僕の考えは正しかった。正確に言えば僕に対する攻撃ではないけど、ノルデンが放つ雷が衝撃波となって僕をも巻き込むようだ。

 恐らく肉眼でノルデンの動きを見れば雷の如く速さを持ってグレイブに突進攻撃を仕掛けているんだろうけど。僕の目には、ゆっくりとグレイブに向かって突進するノルデンから広範囲に電流が伸びているのが見えた。多分これを避けてくださいって固有能力【回避】が発動したんだろう。


 なので僕は流石にこの速さはグレイブでも防ぎきれるどうか分からないので、ノルデンとグレイブの間に入って、ノルデン顔面に向かって拳を合わせた。

 殴るつもりは無い。こんな速いもの殴ったら衝撃で僕の腕が吹っ飛んでしまう。

 だから合わせるだけ。勢い余ったノルデンは僕の拳が障壁となって衝突するはすだ。


 時が動き出す。僕の狙い通りになった。


「ぐぼぉあっ!?」


 あまりの速度と質量のせいで僕の腕は少しだけ軋むが、その反面、ノルデンは僕の拳をメリメリと顔面にめり込ませて、一気に勢いを消されたノルデンは白目と鼻血を噴いて、倒れはしなかったが大きく退く。

 ノルデンはそれからヨロヨロと一歩二歩三歩と後ろへ下がると、垂れる鼻血を押さえながら叫ぶ。


「ヴァン! アレを持って来い!」


 そう叫べばどこかの通路につながるであろう扉の奥から返事が聞こえ、その声の主は奥へ消えていった。


「クックック......あれが届けば俺は無敵になれる。その時にはじわじわと苦しませて殺してやる。それまで耐えられればの話だがなぁ! うおおおぉ!  鳳凰・爆炎剣!」


 次はノルデンは剣を頭上に上段の構えを取ると、ノルデンの頭上に炎を纏う鳳凰が召喚され、剣を振り下ろせばノルデンも激しい炎を纏って突進してきた。


 全身が高熱だから触ることは出来ないということかな。でも僕はこれでも殴れると思った。理由はヒューラック大墓地の時だ。能力発動中の僕の拳は不定形物の幽霊のような物まで殴れるんだ。

 つまり、炎もそれと同じだろう。僕は炎を纏って近づいてくるノルデンに対し、能力が発動されれば、ノルデンではなく、その炎を殴るつもりで思いっきり拳を振り抜いた。


「ぐはぁっ!?」


 僕の拳は見事命中。ノルデンを纏う炎を吹き飛ばし、その拳はノルデンの腹部にクリーンヒットした。

 ノルデンは空中に吹き飛び、玉座の処まで戻される程だった。


「ふざけるな......ふざけるなぁ!! 俺は王何だぞ! 俺に逆らうやつは許さない! 絶対に!」


 ノルデンは腹を押さえながら立ち上がると、ヨロヨロしながらも叫ぶ。

 そこで横からどこか見たことのある金髪の青年がノルデンに青く光輝く薬を渡しにきた。


「はぁ......はぁ......! やっときた! 見ろお前ら! これは世界でも未だに調合の成功例が無いという幻の秘薬。エリクシアだぁ! これを飲めば俺は300年という年月以上の不死身の力を得られる! これで俺は永遠の王だ! ふはははは! さらばだクソガキ共!」


「何だよアレ! 不味い早く止めないと!」


 僕はそのエリクシアの効果を知っていた。というか僕に薬製作を教えてくれたお爺さんに依頼された薬。いつかあれを作って、その時には死んでいるであろうお爺さんを蘇らせるんだ。なのにあんな王に飲まれたら!

 僕は咄嗟にノルデン皇帝を止めようと前にでるが、後ろから岩井君に止められた。


「影君、止める必要は無いよ。ただの自滅行為だ」


「なんだって?」


「ふはははは! これでお仕舞いだぁ!!」


 ノルデンは口を大きく開け、不老不死になれる幻の秘薬。エリクシアの瓶の青い液体を口へ流し込む。そしてごくりと喉の音が王の間に静かに響く。


「はっはっは……これでお仕舞いだぁ! あがっ!? こ、これでお仕舞い......どうして、何が起きて......!?」


 エリクシアを飲み干したノルデンは最初はゲラゲラ笑っていたが、突如瓶を床に投げ捨て様子がおかしくなる。

 何故息がし辛くなったのか、苦しみ始め、次になんとみるみるとノルデンの体が老人のようにしわくちゃに縮んで行き、目は窪み、歯はボロボロと欠け崩れ、体が痩せ細っていく。


「やめろやめろやめろ! 俺はまだ死にたくない! どうして!? 何が起きている!?」


 次に更に身体は痩せ細り、段々と腐り始める。次第に骨まで見え始め、遂にバランスを保てなくなったノルデンは地に伏せる。

 此処で岩井が説明してくれた。


「幻の秘薬エリクシア。それは確かに一滴垂らせば傷は全快し、一升飲めば不老不死になると言われている。

 しかし、それと同時にエリクシアは回復薬の中で最も"神聖"で、如何なる呪いも掻き消すことが出来るんだ。

 つまり、帝国はまだ完成例がどこにも無いエリクシアをどうやって手に入れたのかは知らないけど、ノルデン皇帝の体は300年というとある呪いの魔式で生きながらえた身体が、エリクシアの効果で不老不死の効果が与えられる前に呪い打ち消しの効果が優先されたんだと思う。


 もし平均的に300年生きていられるエルフとかなら飲んでも大丈夫だったとは思うけどね。ノルデン皇帝の人間の体には300年はちょっと長すぎたのかもしれない」


「へぇ〜何でそんなことを知ってるんだい?」


「僕の固有能力だ。覚醒したんだよ」


 そうして段々と身体が腐っていくノルデンは最後の声を絞り出す。


「ヴァン! 貴様! 謀ったのか! これを知っていたんだろう!」


「まさか。私が知る訳が無いでしょう。いつかの時の為にずっと保管してはいましたが……まさかこんなことになってしまうなんて。

 まぁ、怪我の功名ですね。清々はしましたよ。今までお疲れ様でした。ノルデン皇帝」


「き! 貴様! クソがああああぁぁッ────」


 ノルデンはそうヴァンに怒りと確かな恨みを持って叫び散らせば、腐り果てた体は灰塵となって消え去っていった。

 ノルデン皇帝。なんて酷い最期なんだ。恨みを持ったまま消えてしまった……。例え私腹を肥して生きていた最悪な皇帝だとしてもこれは後味が悪い。

 因みにヴァンという男は、僕に家の建築をサポートしてくれた人のことだ。まさか執政官でありながらノルデンの従者だったとは。


「さぁて、遂に皇帝は消えた。グレイブ。後は君の仕事だ」


「あぁ、そうだな」


 グレイブはノルデンが塵となって消えた後、玉座に向かって歩き、玉座の前で他の兵士に向き直り、大声を上げる。


「我が名はグレイブ・クラトレス。300年の時を経て帰ってきた! この名を知らぬ者はこの場にいる殆どがそうだろう。

 しかしこれより我はノルデン皇帝に代わり新皇帝となり、真の皇帝になることを宣言しよう!

 皆はこの名を知れ! そして広めろ! クラトレス王族、真の皇帝が復活したと」


 そう叫べば、兵士や今までの従者は騒めく。こんな若者が皇帝なんて信じられない、ふざけているのかと。

 しかしグレイブはそんな嘲笑う兵士を叩き潰すように続ける。


「これより我がクラトレス王族の名に則り、我が命令は絶対とする。これより今此処にいる兵士は全員即刻解雇・国外追放に処する。

 以降、それでも国へ戻ってきた者は容赦なく処刑。国民を殺害してきた罪は重い。

 しかしこれはノルデンに命令されたからという理由の下であることから王からの最大限の慈悲だ。

 これより我は新たな帝国を作る!」


 そう言えば、兵士の殆どは驚いた表情を見せるととぼとぼと宮殿から去っていった。そしてグレイブは次の命令を下す。


「これまでノルデンに仕えていた従者は、これからは我がグレイブ皇帝に仕えよ。急に若人の皇帝に仕えるのも思う所はあると思うが、暫くは給料を増やし、生活は全力でサポートする。

 さて、ハク。後はお前だな。約束していた報酬を渡そう。よく私が皇帝に就くまで一緒にいてくれた。お前への報酬は我が宝物庫から1億オロを出す。本当に良く頑張ってくれた」


「太っ腹だね。有り難く受け取ろう。これだけあればかなり長い間は自由に暮らせると思うよ」


 こうしてノルデン帝国はクラトレス帝国に改名され、グレイブは皇帝に就任。これから帝国の300年の空白時間が塗り替えられようとしていた。

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