第20話 説得

 僕は大墓地に眠る先代皇帝の魂を、大きな魔式を用いて復活させることが出来た。しかし、魂は蘇ったは良いものの、それは皇帝ではなく王子だった。

 いや先代皇帝であることは確かなんだけど、歳が当時の王子なんだよね。


「なんてこった。命懸けで復活させたってのに記憶と姿が先々代皇帝の子供かよ!」


「私はエリナと申します。グレイブ王子、唐突に申し訳無いのですが、王子の父の名は?」


『私の父の名は……すまない。知らないんだ。私の父は私が生まれる前から既に亡くなっていると聞いている。だから母は私を女手一つで皇帝になるまで育ててくれているらしい。だから私は何故王子なのか未だに理解出来ていない。……所でこの浮遊感。私はいつ死んだのだろうか?』


 んーどうしようか。皇帝だった時の記憶は全く無く、若い頃記憶だけが残ったまま不自然に霊体化しているのか。はて、貴方は皇帝ですって言っても分かるかな。


「グレイブ王子。それについてはこれから話します。王子にとっては突拍子も無い話だとは思いますが、どうかこれから話す内容は全て事実だと聞き入れて下さい。

 今の帝国には王子が必要なのです」


 エリナは王子に跪くと、王子に、いや今の王子の未来で起こるべき、既に起こっている話をし始める。

 王子は現在、現皇帝より先代に当たる皇帝だと。エリナは先代皇帝の娘であり、その次に生まれたのが息子のノルデン。

 そして先代皇帝はノルデンの謀りにより暗殺され、ノルデンは現皇帝となり帝国を好き勝手に支配していると。

 そしてエリナと目の前にいる僕とロープを着た男が先代皇帝の墓より魂を蘇らせたと。


『なるほど。だから私に今までの帝国を取り戻して欲しいということかな?』


「妙に飲み込みが早いね?」


『いや、確かに今聞かされた話はとても信じ難いのだが、どうもエリナやノルデンという名前に懐かしさを感じるんだ。知らない名前の筈なのになぜだろう?』


 本来なら残っているはずの記憶が霊体化したことで消えた。でも霊体が皇帝の時ではなく王子の時という本来なら生きている時代で復活したため、王子にとっては有り得るはずのない記憶が混合しているようだ。

 ただこれは好都合だ。ノルデンという息子の記憶とエリナから教えられた知識が有れば、恐らくグレイブ王子の一言で現在の帝国の支配力はひっくり返るだろう。


 はぁー結局壮大でとんでもないことに首を突っ込んじゃったけど、軍人と冒険者にあからさまな上下関係があった帝国の支配が、ストレスフリーになるのは正直に言って悪くない。

 それにこれが上手くいけばもしかしたらグレイブ王子基い、グレイブ皇帝から優遇されるかもしれない。そうなったら僕の生活は一気に潤うことになるだろう。


「一先ずこれで準備は整ったね。例え今の姿が王子だとしても、ノルデンとは親子関係だってことに変わりは無いでしょ」


◆◇◆◇ノルデン帝国◆◇◆◇


 大墓地の管理人に訳を話して小屋で夜を過ごしてから、僕はノルデン帝国へ向かった。

 帝国の正門は首に掛ける通行証で通過するが、未だに霊体のままのせいか、門番や門を通ろうとする者にグレイブ王子の姿は全く気付かれ無かった。多分、僕が霊体の王子の存在を認識しているのは、しっかり『見ている』からだろう。

 つまり、現在の王子は限りなく影が薄い。まるで転移前の僕の様だ。


 そしてそのまま帝国の王城前。

 当然見張りの兵に止められる。


「そこの者止まれッ! この先はノルデン皇帝が居られる宮殿である。許可無き者は通すことは出来ん! ……ってか、てめぇらゴミ共を通す気なんざまず無えけどなぁ? 皇帝のクソガキに言われてんだよ。決してゴミだけは中に入れるなってなぁ」


 嘘だろおい。皇帝と兵士の上下関係おかしくない? 皇帝をクソガキ呼びって……これは尚更、更正させないといけないなぁ。

 これ、今の王子が聞いたらどんな顔するだろうか?


 僕はふと背後に立つ王子の表情を伺う。


『なんということだ……ここまで堕落しているとは予想以上だぞ……! 現皇帝も皇帝だ。帝国民のことをゴミと呼ぶなんて。本当に私がいつか育てる息子だというのか?』


 大層ご立腹でした。

 まぁ、そりゃそうだよねえ。自分の息子である現皇帝が、自分が志す皇帝の姿と真反対なんだから。


「あーごめんね。でも僕たちはどうしても皇帝様に会いたいんだ。一見ゴミに見えるけど、帝国内にあるゴミにしては妙なゴミだと思ってねえ。一応報告したいなーって」


「あ? てめぇらのことがゴミだっつってんのが分かんねえのか?」


「そう。僕はたちはゴミさ。だからこそ伝えて置きたいんだ。ゴミはゴミでも危険なゴミなら危ないだろう?」


「は、それはてめえらが危険だって言っているような物じゃねぇか。なんなら一々皇帝に確認を取るまでも無えよなぁ? あ?」


 んー埒が明かないな。まぁ、兵士と話しても意味ないことは最初から分かっていたつもりだけど。


「言われてみればそうだね。んーでも君だけの判断じゃあ、確認不足になるかも知れないだろう? このようにね」


「……? がっ!?」


 僕は徐に兵士の顔面掴み、王城正門の角に後頭部をぶつける。あーあ、ゴミでも気を緩くすると足を掬われるよぉ。


『な、ハクくん。兵士を殴るとは何をしているんだ!』


「いや、だって交渉の埒が明かないじゃん。それに王子だって霊体だから気づかれないでしょ?」


『む。確かにそうだったね。すまない』


 という訳で僕は王城に一度入れば、あくまでもゴミ扱いされてるからね。巡回兵に睨まれはしたけど、一切止められることなく皇帝前まで到達した。

 で、初めての帝国皇帝との面会。現皇帝であるノルデン皇帝はまさに僕とほぼ歳が変わらなかった。確か300年生きている筈だけど、これも生殺与奪の魔式が所以かな。


「ッチ……おい。そこのクソガキ共は何者だ? たしか側にいるのはクソ親父の娘だったか? で、なんで俺様の従者であるてめぇも娘の近くにいるんだ? そしてもう二人は全く顔も知らねえ野郎だな。一人は何故か親父の顔に似てなくも無いが……」


 王子の姿を一瞬で認識するとは。これも姿も記憶も若返ったとしても血の繋がった親子だからかな?


「僕はカゲリ・ハク。冒険者をやっている。で、僕はどうでも良いとして、こっちの霊体様が君にお話があるようで。少々強引に入らせてもらったよ」


『私はグレイブ・クラトレスだ。この姿では分からないと思うが、私はお前の暗殺から生き返った。お前の父親だ』


「はぁ〜? なに? 親父の名前を出せば話が通るとでも思ったのか? 馬鹿じゃねぇの? それも、他人の親父の名前を名乗るったぁ良い度胸じゃねぇか」


 どうやら全く信じていない模様だ。だが此処からは王子の発言に全てが掛かっている。


『あぁ、度胸もなにも私はお前に殺された張本人だからな。単刀直入に言わせて貰おう。

 これは、先代皇帝の命令だ! 今すぐ皇帝の座から降りろ!!』


「つまんな。くっそつまんねぇなおい。それだけを言いにきたのか? は、万が一てめえが俺の親父だとして、どうせ記憶とかねえんだろ? 霊体になったら歳が二十前後に戻る上に、記憶も全部そこまで消えるからなぁ!? ヒャハハハ! まさか蘇ってくるったぁ驚きだぜぇ。 それも王子まで戻ってさぁ! ギャハハハハハ!」


 いやぁ凄まじい程にクズっぷりがでる名演技だ。僕もそんな笑い方したらキャラがぶっ壊れるだろうか。


「で? 何のようだよ。玉座を降りろ? んなことする訳ねぇだろ。あのなぁ、一つ言っておこう。てめえの権威なんてものは此処にはもう無いと思え。だってあれからもう300年が経つ。先代皇帝のそれも青年期の顔なんて知る人間なんてこの帝国中いくら探してもいねぇよ! 

 例え生きていたとしても歳は300年を余裕に超える。エルフでもねぇ限り無理だろうなぁ? 


 そ、し、て、今のてめえが二十前後となると、まだその時にはエルフとの関係を持っていない時だ。てめえがエルフと関係を持ち始めたのは、皇帝に就任して他種族との交流を始めたのがきっかけだって聞いたぜぇ?

 おいおい八方塞がりだなぁ!? やっべ、腹が捩れるッッ!」


 伊達に300年生きてないって所かな。どう見てもクズ皇帝にしか見えないけど、ちゃんと父親がどんな人間だったかは把握済みってことか。

 いや、まさかこうも話が通じないとは。

 んーこれじゃあ僕の報酬は無しってことかな。あーこれは盲点だった! 現皇帝を説得するには記憶が古すぎる! どうしよう。本当に八方塞がりじゃん。


『ハクくん。済まない。これ以上の話は全て無駄だろう。王城を出よう。ついでに一つだけ案がある』


「え?」


 王子はニヤついた。先代皇帝だとは思えない悪い笑顔で僕に言った。


『ゴミと言われるなら、ゴミらしく生きようじゃないか。これは別に自棄になっている訳じゃない。確かに説得には失敗したが、現皇帝も気づいていない盲点がある。

 それは皇帝という座に付くにおいて最も重要なことだ』

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