第21話 開幕

 「皇帝に必要なもの? なんだいそれは」


『民の信頼だ。いくら武力で支配してもそれには必ず限界がある。現に帝国はまだ、軍人と民に差を付け、逆らう者は反逆罪に問われ、それもまた皇帝の気分次第で決まるという最悪極まりない状態だ。

 もっとも民がいくら暴動を起こそうとも軍には決して勝てないだろう。しかし、勝てないだけでそれがいつまでも続く訳じゃあない。こんな帝国に耐えられず自ら逃げ出していく者が現れるだろう? 罪で殺せば民も減るだろう?

 いくら武力で支配しても本来上手く行くはずであろうことは、民の意思に尊重されるんだ。

 つまり、いつまでもこんな状態が続けば帝国は間違いなく近い内に滅ぶだろう』


 なるほどなぁ。まぁ、要は人の心の持ち方ってやつかな。人間が本当に真摯な気持ちで幸福を得ながら働けば、やる気もでて、いつも以上の結果を生み出す。

 でも、逆にストレスが積み重なって疲労が溜まりまくれば、あくまでも帝国の決めたノルマを達成することはできるかも知れないが、出来なければ罪になる。なれば予想した結果しか生まれず、帝国の凡ゆる経済状況は膠着状態となる。

 だからこそ民の信頼はどれだけ大事かってことだよね。


 いくら兵士の信頼があってもそれは、帝国の戦力にしかならず、民の代わりにはならない。


「ははー、流石は先代皇帝だ。今は記憶も姿も王子だけど、考えることは皇帝に相応しいようだ。でも、今の時代。王子の顔を知る者は居ないんだろう? どうやって信頼を得るんだい?」


『言ったろう? ゴミらしく生きれば良いって。と言ってもこれは帝国内でのみ伝わる比喩だけどね。軍人は帝国民をそこらの廃棄物としか思っていない。

 なら一層のこと私もゴミの仲間入りにさせてもらおうかと思ってね』


 その言葉に王子の背後を歩いていたロープを着た男が大笑いする。


「はっはっは! コイツは王子だからなのかねぇ? 皇帝の座にいたらこんな考え決して通らなかっただろうよ。皇帝が身分を捨てゴミとして生きるなんてよぉ?」


 そこにエリナも続く。


「そうだな。もし皇帝の父上がそんなことを言えばその時の私なら全力で止めたと思う、だが今は王子と言える歳。私のことを娘だと認識するのも今では苦しいだろう」


 ゴミの仲間入りねぇ。で、結局何をするんだろうか。グループでも作るのか?


『ありがとう。私はこれから、冒険者になろうと思う! 冒険者とは最も民と近い存在であり、民が作り出した集団なのだろう? ならばそこで功績をあげ、後に先代皇帝を少しでも知る人間を集め、帝国を元に戻す革命を起こすんだ。

 帝国民が皇帝に対して大きく出れば、ゴミとして扱っていた皇帝も民達のことを無視は出来なくなる筈だ。恐らくそれに伴って多くの犠牲も出る。

 しかし、帝国に第一必要な民を全て敵に回して、それら全てを排除するなんて馬鹿な考えはしないだろう。帝国は必ず近い内に滅ぶ。そうなる前に私達、民の力で帝国を変えてやるんだ!』


 なるほど革命か。いやはや、まさかちょっと小遣い稼ぎに受けた依頼がここまで大きな話になるとはねぇ。というか、革命ともなれば僕はそれに確実に巻き込まれることになるだろう。

 僕は帝国出身では無い。でも革命を起こすということになれば、軍に逆らう民の暴動は100%起こる。そしてそれを鎮圧しようとする軍の粛清も必ず起こる。つまり、僕の命はより一層危険に晒されるってことさ。

 やだなぁ、死にたくないなぁ。


◆◇◆◇冒険者ギルド◆◇◆◇


 という訳で僕は王子を冒険者登録させるべく冒険者ギルドへ向かった。それと、ヒューラック大墓地の異常調査依頼失敗の報告だ。よりによってあんまりお金が無い時にペナルティーとか。あるのかなぁ……。


「依頼の失敗報告をしに来たよ。いやぁ、済まないねえ。急遽目的が変更になっちゃってさぁ。どうせペナルティーとかあるだろう?」


「依頼の失敗報告。カゲリ・ハクさんですね。確認します。少々お待ち下さい」


 王子はこれから革命を起こすとか言ってるし、冒険者になるなら報酬を山分けとかしてくれ無いかなぁ。


 少し待つと受付の人が何かに安心したような表情で戻ってきた。


「ハクさん。安心して下さい。今回の依頼報酬です。一緒に手紙も届いていますよ」


「え?」


 なんと依頼の報酬が約束よりすこし増された45万オロと、鎮魂のお守りがあった。大墓地の墓を全て破壊したという冒涜極まりないことをしたのに何故? さらにそれを教えてくれそうな手紙も付いていた。

 僕は恐る恐る手紙の内容をみる。


『冒険者様へ。

本来なら大墓地の墓を全て破壊したことに留まらず、先代皇帝の墓を破壊するという大罪極まりないことにこの依頼は失敗になる所ですが、私は確かに先代皇帝の姿と、その意気込みを聞き入れました。

 きっと先代皇帝を蘇らせる為に魂を捧げた霊達は本望だったでしょう。なのでどうか、今まで亡くなっていった帝国民を報いる為に、先代皇帝の力で帝国を変えてください。

 こちらの報酬は冒険者様と先代皇帝様の軍資金としてお使いください』


 これはこれはなんと結果オーライってやつじゃ無いか。本当に失敗してペナルティー受けるつもりだったのに。いやー安心した。

 さらに少しだけ足された報酬は美味しすぎる。これで僕の所持金は、一気に59万オロ。大分丁度良いお金だ。


 さて、次にやることは先代皇帝の冒険者登録だ。これからは先代皇帝とも王子とも呼ばずにグレイブと呼び捨てにしよう。冒険者になるからには自分の社会的地位なんて気にしていられないからね。


「あーそれと、新しく冒険者登録をしたい人がいるんだけど……こっち、見える?」


「え……? むむむ……はっ! こ、これは幽霊ですか?」


『グレイブだ。よろしく』


「は、はいよろしくお願いします。ではこちらに必須事項を記入してください」


 まさか、冒険者ギルドは幽霊も受け入れるってのかい。まぁ、確かに害はなさそうだが……場合によっては魔物のゴーストみたいな。そんな扱いされてもおかしく無いはずなんだけど。


『名前、グレイブ・クラトレス。ノルデン帝国出身。職業は記入しなくてもいいかな? ちょっと公にできない物なんだ』


「はい。かしこまりました。こちらの情報でプレートを作りますね。……はい。完成しました。とりあえず職業は無職にしておきました。どういった理由があるか分かりませんが、職業が不明では時によって困りかねないので、あくまでも無職と書かせて頂きました」


『ありがとう』


「じゃあ、後の冒険者のルールは僕が教えておくよ」


「かしこまりました」


 こうして先代皇帝であるグレイブ・クラトレス王子は帝国で革命を起こす為に冒険者となった。そして僕は、日常を求めるはずがどんどんと非日常に巻き込まれることに、自分の選択を後悔した。

 途中で他の国へ移動するのも良いけど、報酬もきっと大きいだろうしなぁ。それと純粋に帝国がどう変わるのかも気になる。それでもやっぱり後悔するね。

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