第2話前編 蟹の月の4日午後。《先輩との交流・学園探索》

 心地良い気分に包まれる。ふわふわとした、まるで浮いているような。どこまでも落ちて行く、心地良い気分。











 促されるままに落ちて行く。どこまでも。どこまでも。











 もっと。もっと。











 どこまでも落ちて行きたい。











 欲望の赴くままに手を伸ばしーーー













 そのまま床に思い切り落ちた。











 ……おでこ痛い。






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 さて。荷物整理をした後すぐに寝てしまったようだ。と言っても2時間程度なのだが。

現在時刻は午後2時。何をするにしてもちょうどいい時間である。学園の探索をしてもいいが……せっかくだし、先輩達と交流を深めるとしよう。聞いておきたいこともあるし。

思い立ったが吉日、という事で早速扉を開けようとした所で気がついた。






……私、先輩達の部屋知らないんだけど?






 どうしよう。リエット先輩もクレタ先輩も2階に部屋があるのは確実なのだが、2人の部屋の番号が分からないのだ。さっき聞いておけばよかった。 うーん……片っ端から調べていくか?でも知らない人の部屋だったらそれはそれで嫌だしなぁ……。

 ……とりあえず1階のロビーに降りてみよう。掲示板も気になるし、もしかしたら部屋番号と名前の記入された名簿がどこかにあるかもしれない。

 廊下に出て階段を目指す。なんか途中、どこかの部屋から叫び声が聞こえた気がするけど、多分気の所為だろう。

 階段を降りていき、2階に差し掛かった時。



「む……」

「あっ」



 先程ロビーでリエット先輩と喧嘩していたエルフの人……たしか、ロウ先輩だったっけ。とばったり遭遇した。



「確か……レイ、だったか。先程は見苦しい所を見せてしまったな」



 言うやいなや頭を下げてくるロウ先輩。喧嘩していた時の刺々しい雰囲気はどこへやら、である。



「大丈夫ですよ、気にしていませんから」

「そうか。申し訳ないな、今度何か詫びさせてくれ」



 そう言ってまた頭を下げるロウ先輩。失礼だが、本当に同一人物か疑わしくなってくる。「くだらん」とか「生まれ直したらどうだ」とか言ってた人と同じとはとても思えない。



「これからどこか行くのか?」

「いや、せっかくだし掲示板でも見てみようかなーと……」



 リエット先輩とクレタ先輩に会いに行こうかと思ってましたーとか言ったら怒りそうなので言わないでおく。



「そうか。あれは行事連絡やちょっとした依頼など様々な物が書かれているからな。眺めているだけでもかなり面白いぞ」

「そうなんですか?」

「あぁ。時にはただの愚痴が書いてあったりな」



 意外だ。ああいうのどうでもいいって感じの人かと思っていたのだが。



「何かあったら掲示板に書いてみるのもいいだろうな。俺も暇があれば力になろう」

「ありがとうございます」

「なに、気にするな。可愛い後輩の為ならいくらでも力になろう」



 そう言って廊下を歩いていくロウ先輩。自室に戻るのだろう。



「そうだ、リエットとクレタの部屋は28番と24番だ。あの二人、お前に部屋番号教えなかっただろうしな」

「えっ、あっ、ありがとうございます」



 振り向かず手を振りながらそのまま歩いていくロウ先輩。まさかロウ先輩が教えてくれるとは教えてくれるとは思わなかった。クレタ先輩はともかく、リエット先輩の事は嫌っているだろうし口にも出したくないだろうと思っていたのだが。案外いい人なのかもしれない。

 教えて貰った事だし早速向かってもいいのだが、とりあえず1回掲示板は見ておこう。ロウ先輩が言っていたように、何かあるかもしれないし。






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 1階のロビーへと降り立ち、早速掲示板へと向かう。カレンダーが貼ってあり、今日の日付に赤丸と共に"入学式"と書かれてある。なになに……2週間後の16日に"テスト"って書いてあるな。科目は……【魔術科】かぁ。【魔術科】の授業を受講している3年生のみって書いてあるし、私には関係ないかな。後は……蟹の月の終わりに、"新入生交流会"と言うのがあるらしい。後で先輩に聞いてみよう。

カレンダーを一通り見た後、次に3枚の貼られたメモ用紙に目を移す。

 1枚目は具材や調味料の割合などがつらつらと書いてある。何かの料理のようだ。誰が書いたんだろうこれ。2枚目には"依頼の手伝いをお願いしたい。興味のある者は40号室まで"と書かれている。40号室……1階か。ということはこれを書いた人は4年生か5年生だろう。上級生との繋がりもできるし、話を聞くだけ聞いてみるのもいいかもしれない。

 3枚目は……"私の部屋を片付けたのは誰だ"?……一体どういうことだろうか。

……何故だろう、気にしたらダメな気がする。






うん、3枚目は見なかったことにしよう。






 ついでだし、例の倉庫も覗いていこうかな。確か、階段下だっけか。お、本当に扉がある。開けてみよう。



「……うわぁ」



 開けるんじゃなかった。大量に積み重ねられた古びたソファや椅子、机などの家具類によく分からない大量の実験器具や乱雑に積み上げられた本。更には錆び付いた剣やひび割れた水晶と、意味のわからないものが大量に置いてある。いや、置くというよりは放り込まれている、と言った方が正しいだろう。ここを片付けるのは骨が折れる……というか、片付く気がしない。道理で誰も手をつけていないわけだ。何が出てくるか分かったもんじゃないぞこれ。



「……見なかったことにしよう」



 そっと扉を閉じる。【灰雀】寮……何らかの問題を持った生徒が集められるだけあって、寮自体も結構触れてはいけない部分が多いのかもしれない。




……うん、気にしたら負けだな。




 階段を上がり2階へ。先程ロウ先輩からリエット先輩とクレタ先輩の部屋番号は聞いたので、早速向かうとしよう。近いのは……クレタ先輩か。






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 24号室の扉を叩くと、はーい、という返事の後扉が開けられる。



「あら、レイちゃん。どうしたんですか?」

「あぁいえ、せっかくだし先輩と友好でも深めようかなーと……」

「いいですよ。私もレイちゃんと仲良くなりたいと思っていたんですよ〜」

「あ、ありがとうございます……」



 少し散らかっていますけど、と言って部屋へ入れてくれるクレタ先輩。私の部屋とは違い薄いベージュ色の壁と天井、ピンク色のベットにマフラーを巻いた兎のぬいぐるみや女の子の人形など、編み物の数々。それら全てがきちんと整えられていた。これを散らかっているというのなら世の中の殆どの部屋が散らかっていることになる。

 ベットには縫い掛けの物がそのまま放置されている。作業の邪魔だっただろうか。



「クレタ先輩って編み物が趣味なんですか?」

「そうなんですよ!ほら、このうーちゃんのマフラー!これも私が編んだんですよ」

「うーちゃん……?」

「兎だからうーちゃん。可愛いでしょう?」

「そうですね」



 兎だからうーちゃん。なるほど、安直だが可愛い名前だ。



「それにこのお人形さんを見てくださいよ!誰かに似てると思いませんか?」

「えーっと……」



 赤髪のツインテールに、金色の瞳に、学園の制服……もしかして



「リエット先輩……?」

「そう!これ、リエット先輩を編んでみたんです!我ながら中々良い出来だと思うんですけどどうですかね!?」



 確かにそっくりだ。なんならこのまま売りに出されていても違和感なく売れるかもしれない。趣味でこの出来とは。



「凄いですね。売り物みたいです」

「えへへ……。昔、お母様に教えて貰いながらマフラーを初めて編んだんですけど、面白くてそれ以降ハマっちゃいまして。今じゃ暇さえあれば編み物をしてますね」

「へぇ……。じゃあ、服とかも自分で縫ったりするんですか?」

「そうそう!お買い物とかに行っても着たい服がないなーって時は自分で縫ったりしますね!」



 そう言って楽しそうに話すクレタ先輩。これでしかも料理もできるというのだから凄い。女子力の塊だ。女子力など遠の昔に投げ捨てた私からしてみれば雲の上の存在のような人である。



「そういうレイちゃんは何か自分で縫ったりしないんですか?」

「あー……料理とかは辛うじてできるんですけど、縫い物はてんでダメでなものでして……」

「確かに難しいですもんね。マフラー程度ならある程度のコツさえ掴むことが出来たら縫えると思うんですけど……」

「昔、そのマフラーを縫ってみようとしたんですけど、失敗してなんかよく分からない毛むくじゃらの塊を作ってしまいまして……それ以降触ってないんですよね」

「あるあるですねー。私も始めたばっかの頃はお母様のお助けがないと毛玉を無駄にしてしまってばっかでしたし」



 今ではいい思い出である。少なくともあれ以降縫い物をしようと思った事は1度もない、というかなんであの時の私は編み物をしようと思ったのだろうか?謎だ。



「そうですね……今度レイちゃんが良かったらですけど、何かお洋服縫ってあげましょうか?」

「うぇっ!?」



まさかの展開である。



「い、いいんですか……?」

「はい。特に急ぎの用事もありませんし、採寸とかをしないといけないのでレイちゃんの余裕のある時でいいんですが……」

「全然、むしろお願いしたいくらいです」

「良かったぁ〜。レイちゃん可愛いから、色々似合うと思うんですよ!」



 歯に衣着せないとはこの事である。ここまでストレートに褒められると気恥しいものだ。



「じゃあ今度色々お洋服のカタログ用意しますので、学園での生活に慣れたらまた来てくださいね」

「はい」



 その後、クレタ先輩の部屋でクッキーと紅茶を頂いた。滅茶苦茶美味しかったんだけど、クレタ先輩本当に何者……?







 ……あっ、しまった。聞きたいこと沢山あったのに全部聞くの忘れてた。






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クレタ先輩に見送られて部屋を後にする。次に向かうのはリエット先輩の部屋、つまり28号室である。途中の26号室から怨嗟の声が聞こえてきた気がするが多分気の所為だろう。




……既視感を感じる。




28号室の前に立ち、扉を叩く。



「はーい…… って、レイじゃない。どうしたの?」

「いえ、ちょっと気になることがひとっ……いや、ふたっ……5つばかしありまして……」

「……考えてみたらさっき質問とか一切受け付けなかったものね……いいわよ、中で話しましょう」



 申し訳なさそうに眉を寄せるリエット先輩。なんか、そんな表情されると……うん。



「その……すみません」

「あっ、えっ、こっちこそごめんなさい……」



 なんとも言えない雰囲気がその場に漂ってしまった。罪悪感に弱い人間同士が同じ場所に集まるとこういう事になるという典型例である。




ほんとごめんなさい。




 そんな雰囲気のまま入ったリエット先輩の部屋は、先程のクレタ先輩の部屋と比べると装飾品は少ないがしっかりと整理整頓されており、リエット先輩の整然とした性格が現れているような気がする。机の上を見ると先程クレタ先輩の部屋でも見たリエット先輩そっくりの人形と、これまた先程クレタ先輩の部屋で見たようなマフラーを巻いた馬のぬいぐるみが飾られている。多分クレタ先輩の手作りなんだろうなぁ。



「あぁ、それ?クレタが渡してきたのよ。捨てるに捨てれないからそのまま飾っているのだけれど」

「……ちなみに馬の名前って……」

「ウーちゃん、らしいわ」



 兎のうーちゃんと、馬のウーちゃんか。……区別が文字でしかつかない名前をつけるのはやめた方がいいと思う。クレタ先輩、実はネーミングセンス無いのでは……?



「それで、聞きたい事って?」

「ええ、いくつか質問があったんですよ。本当ならさっき案内してもらった時に聞くべきだったんでしょうけど、すっかり忘れていたものですから」

「いいわよ別に。私も説明しないといけないことの幾つかを言い忘れていたしね」



 案内して貰った私が言うのもなんだが、それは案内役としてどうなのだろうか。



「えっと……まず1つ目なんですけど、私以外に【灰雀】寮に入寮した1年生って何人いるんですか?」

「レイを案内した後にもう4人来たわよ。3人は外出中だけど、1人、まだ寮にいるはずよ。今夜顔を合わせる事になるけど、その前に自己紹介しておくのもいいんじゃない?」

「名前教えてくれたりする訳では無いんですね」

「そこまで世話は焼かないわよ。自己紹介くらいは自分でしなさい」



 どうやら寝ている間に4人来たようだ。というか全員別々に案内したのか。効率悪っ。まさか私だけハブられたとかはないよね?



「そういえばリエット先輩たち以外の先輩を見かけないんですけど……」

「休みの日は大概みんな外出中よ。寮に残っている人もいない訳では無いけど残っている奴はみんな引きこもりとかばっかだから」

「……つまり、リエット先輩も引きこもりってことですか」

「べべべっべべつにともも友達がいない訳では無いわよ!?ただまぁみんな予定が空いてなくて今日暇だったから1年生の案内役を引き受けただけだから!別にぼっちって訳ではないから!」

「あっ、はい」



 リエット先輩……コミュ力高そうに見えて友達いないんだ……。



「まままぁまぁわたくしの休日の過ごし方は別によろしいのですよ他になにか質問はないのなんでも質問してもいいのよなんせ先輩なんだから!」

「先輩口調がめちゃくちゃですよ。落ち着いてください」



 動揺しまくりである。午前中といい、分かりやすすぎてちょっと心配になる。将来大丈夫なのだろうか。



「んんっ……ちょっと混乱したわ。とにかく、誰かと交流を深めたいんだったら自分から積極的に関わりに行くしかないわ」

「……【灰雀】寮ってコミュ障の集まりなんですか?」

「コミュ障っていうよりは……他人に興味がないって言った方があってるわね」

「今の所先輩たち3人としか話した事ないのでそんなイメージ無いですけど……」

「まぁね。というか、【灰雀】寮に限らなくても、誰かと仲良くなりたいんだったら自分から話に行く方がいいわよ」

「ですよね」



 やはりと言うべきか、【灰雀】寮の人達はそこまで社交的ではないらしい。まぁ、私も積極的に仲良くなりにいこうとか微塵も考えていないのでそういう意味では【灰雀】寮への適正が高いのかも知れない。



「後は何か聞きたい事ある?」

「あー……4学科の内容とか、商業施設の詳細とかですかね」

「んー……教えてあげてもいいけど、私【戦闘科】はたまにしか受けないし、【教養科】とか行ったこともないから分からないわよ?商業施設にしたって私全然行かないし。多分自分で見に行った方がいいと思うけど。4学科にしたって直接行けば担当の教師が説明してくれるだろうし」

「なるほど?」

「4学科それぞれ講義室があるから、そこと商業施設の場所は教えてあげるわね。まだ夕食までは時間があるんだし、行ってみればいいんじゃないかしら。生徒手帳貸して」



 言われるままに生徒手帳を渡してみると、何枚かページを捲った後リエット先輩はペンを手に取り、何かに丸を付けて返してくれた。見てみるとどうやら学園の地図が記載されていたようで、4学科の講義室と商業施設の場所に丸印が付けられている。しっかり読んでいなかったから地図がある事すら知らなかった。今度からちゃんと活用しよ。



「後なにか聞きたい事ある?」

「んー……」



 そうだな……正直聞きたいことはあらかた聞いたのでそろそろお邪魔してもいいのだが。何かあっただろうか。






……あっ、そうだ。






「ロウ先輩となんでなか「もう質問はないわね?」まだ言いか「じゃあまた夕食の時にでも会いましょう」ちょ、まっ「またね?」



 言い切る前に遮られた挙句部屋から追い出されてしまった。地雷だとは思ったがやはり聞くべきではなかったか。しかし、先程のロウ先輩の態度から見るとロウ先輩からはリエット先輩を嫌っているって感じがしないんだよなぁ……だからといってリエット先輩が一方的に嫌っていると言うにはロウ先輩の対応がキツめだったしなぁ。なんなんだろこの2人。不思議だ。

 2人の問題だから私が首を突っ込むのはお門違いなんだろうけど、せめてなんで喧嘩していたのかとか、嫌う理由は知っておきたい。無自覚に地雷踏むのは嫌だし。また今度クレタ先輩から聞いてみようかな。多分あの人が1番2人の事情に詳しそうだ。

 とりあえずリエット先輩が印をつけてくれた所に行ってみるか。初日だし、学園探索も兼ねて出発進行だ。

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